日本耳鼻咽喉科学会会報
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日本人における臨床的ならびに組織学的耳硬化症
坂井 真
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1971 年 74 巻 7 号 p. 1103-1118

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抄録

1. 臨床的耳硬化症とstapedectomy
白色人種では発生頻度の高い耳硬化症は日本人にはきわめて少ない. 著者は過去約3年間に24人の臨床的耳硬化症患者を発見し, これら患者の一側又は両側耳の合計37耳に対してstapedectomyを行ない次のような結果を得た.
1) 日本人における臨床的耳硬化症の発生頻度は耳疾患々者の約0.25%であり, コーカシア人種, アリアン人種よりもはるかに低い発生頻度である.
2) 男女性別の発生頻度はほぼ同率であり, 女性に多い白人種の発生頻度とは異なる.
3) 日本人の耳硬化症は遺伝的関係が少ない.
4) 日本人のあぶみ骨の固着や病理変化は白色人種に比してきわめて軽度なものが多い.
5) stapedectomyは臨床的耳硬化症に対してきわめて有効な術式であり, 術後聴力像では気導骨導差を9db以内に短縮出来たものは37耳中70.3%であった. 又81.1%の症例では術後聴力がいわゆるsocial level以上に好転した.
6) 各種のあぶみ骨代用物のうちではgelfoam-wire prosthesisがやや優れていると思われる.
7) 手術により75%の症例で耳鳴が消失又は減少した.
8) 37耳中2耳で術後に聴力低下を認めた. 術後の内耳性難聴の発生をさけるためには前庭窓閉鎖に充分注意しgelfoam-wire prosthesisの使用に際してはwireの先端を前庭窓中央部に置くことが必要である. 又術後は騒音性難聴の発生に注意せねばならない.
2. 組織学的耳硬化症
臨床的に全く症状をあらわさず, 側頭骨の病理組織像によってのみその存在が確認される組織学的耳硬化症は, 白色人種では10人に1人の割合で存在する. しかるに日本人に於いては今日まで組織学的耳硬化症の存在が確認されたという報告はない. 著者は病理解剖屍体82症例の側頭骨を病理組織学的に検索し, 次のような結果を得た.
1) 82症例中に1症例 (155側頭骨中2個) の組織学的耳硬化症を発見したが, この発生頻度は1.29%である.
2) 患者は死亡時57才の女性で, 生前聴力障害はなかったと推測される.
3) 病変は両側々頭骨に認められ, 両側とも前庭窓前方部と蝸牛窓辺縁部の2ヶ所に認められた.
4) いずれの病変部位もhematoxylin-eosinで赤染し, 正常なるendochondral layerとは凹凸不整な不明瞭な境界線で分けられていた. 新生骨組織は硬化度の比較的強い, いわゆるモザイク状又は層状をなす骨組織で, 血管骨髄組織に乏しく造骨細胞, 破骨細胞は認められなかった. あぶみ骨底板と輪状靱帯には病変の波及を認めない. この病変は活動性と非活動性の中間の程度であると思われた.
5) 本症例は日本人における組織学的耳硬化症としては本邦第1例である.

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