日本耳鼻咽喉科学会会報
Online ISSN : 1883-0854
Print ISSN : 0030-6622
ISSN-L : 0030-6622
蝸牛外リンパのラセン器 (Corti's Organ) 腔内への移行に関する実験的研究
増田 喜信
著者情報
ジャーナル フリー

1972 年 75 巻 11 号 p. 1229-1238

詳細
抄録

〔研究目的〕: 著者はかねてから内耳蝸牛における外リンバの動態, すなわちその生成機転, 循環, 吸収などについて興味をいだき, すでにその成績の一部を発表しているが, 今回は鼓室階外リンバの鼓室階周囲組織, とくにまずラセン器内細胞外間隙への移行を確かめることにより, いわゆるCortilymphの由来, 組成について明らかにするべく, 次でその他の蝸牛組織への外リンバの移行形式から鼓室階外リンバの動態をもあわせて観察すべく, 以下に述べるtracerを用いて実験的研究を試みた.
〔研究材料・方法〕: 実験動物にはモルモットを用い, horse radish peroxidaseをtracerとし, その移行を酵素組織化学的に追跡し検出するtracer実験を行った. tracer物質は正円窓から鼓室階内に注入され, 光学ならびに電子顕微鏡下に観察した.
〔研究結果の要約〕: (1) 鼓室階外リンバに注入されたtracer物質は注入後短時間のうちにラセン器内細胞外ならびに細胞間間隙に明らかに証明され, 蓋膜や網状膜より上方には検出されなかったところから, ラセン器内腔とは自由な交通があり, いわゆるCortilymphは外リンバそのものと断定してよいと思われた. またこの鼓室階外リンバ腔とラセン器内腔との間の外リソバの移行経路については, habenula perforataのほかにもラセン器下面の基底膜から直接diffusionのような形で移行する可能性もまた否定できないような所見がみられた. またラセン器内腔をみたす外リンバは, ラセン器の上面を構成する網状膜ならびに蓋板のレベルで内リンバと隔てられており, さらに詳細に観察すると, 網状膜を構成する組織間隙や網状膜と蓋板との間にみられる細胞間のきわめて緻密な接合構造を呈するいわゆるzonula occludensの部位において内外両リンバが隔てられることが確認された.
(2) ラセン器以外の蝸牛組織への鼓室階外リンバの移行については, まずラセン靱帯には高濃度にかつ早期にtracer物質が移行し, その範囲もその全周に及ぶところから, この疎な結合織より成るラセン靱帯を介して鼓室ならびに前庭階の外リンバは相互に交流が行われうることを示唆していた. またラセン縁にもその組織間隙に多くのtracer物質が認められ, ラセン靭帯とともにいわゆる“perilymphatic tissue”の1つであることを示していたが, 内リンバ方向へは歯間細胞列によってtracer物質の移行が阻止されており, 外リンバが蝸牛管方向に移行しえないことを示していた. 一方直接内リンバに面している内外溝細胞, Claudius細胞, ラセン隆起上皮細胞などは, それぞれの細胞間間隙にtracer物質が証明されたが, それぞれの細胞間の内リンバ面に近い部分にはやはりzonula cccludensが形成されており, この部分より内リソバ方向へのtracer物質の移行は全く認められなかった. また血管条へのtracer物質の移行はそのいずれの細胞層にも陰性であった. 一方Reissner膜では, 中胚葉由来の2層の細胞間間隙と, 内リンバ側 (外胚葉由来) 細胞間間隙のzonula cccludensの部位を除く細胞間間隙にtracer物質が陽性であった. このほかReissner膜だけに特徴的な所見として, この外胚葉由来の細胞には, tracer物質を胞体内にとりこむいわゆるpinocytosis作用がみられること, またこのとりこまれた小胞 (pinccytotic vesicles) の一部を内リンパ方向に排出する過程を示唆する成績がえられたことなどから, この細胞の物質の能動輸送の面で何らかの役割を演じているものと推測された.

著者関連情報
© 日本耳鼻咽喉科学会
前の記事 次の記事
feedback
Top