情報通信政策研究
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論文(査読付)
公的空間における憲法上のプライバシーの保護
米国法上の議論を手がかりとして
海野 敦史
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2020 年 3 巻 2 号 p. 103-126

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抄録

我が国では、憲法上のプライバシーの保護のあり方に関して、自己情報コントロール権という考え方が通説化した結果として、物理的な空間との関係が考察から捨象される傾向にあった。ところが、近年のGPS捜査判決は、「公道上」と区別される「個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間」を明示しつつ「私的領域に侵入されることのない権利」(私的領域不侵入確保権)を導き出したことにより、当該関係に着目する契機を与えた。特に、公的空間におけるプライバシーの保護の具体的なあり方については、一見すると自己矛盾的にも聞こえる未解明の問題である。我が国では、米国法上形成された衆人環視法理やパブリックフォーラム理論等が定着しておらず、公的空間におけるプライバシーが保護されやすい法的土壌が備わっているものの、当該プライバシーは判例上必ずしも積極的に保護されてきたわけではない。しかし、プライバシーの保護法益の主な内実が、大別して、①私的空間それ自体の保護、②私生活における一定の平穏な状態の保護、③私生活の相当部分を明らかにし得る私的情報等の不当な取得、利用等に対する脅威からの保護、に集約され、特に前記③については情報が生成又は取得された空間を問わず妥当し得ることにかんがみると、公的空間においても各人のプライバシーが手厚く保護される余地が認められる。そこで保護される客体は、空間それ自体だけでなく、当該空間において醸成され、又は当該空間と密接に結びついた一定の私的領域である。この私的領域は、物理的な空間としては公的空間及び私的空間の双方にまたがり、私生活の平穏に対する干渉や私生活の相当部分の把握を伴い得る形での私的情報等の利用可能性等から「隔離」された精神的・観念的な領域をも含む。かかる私的領域への不侵入こそがプライバシーの保護の核心であり、よって空間のみを基準としてプライバシーの保護のあり方を考えることには一定の限界があると考えられる。前述の意味での私的領域の保護に符合する「私的領域に侵入されることのない権利」が定立されたことの意義の一つは、従前の判例上必ずしも積極的に肯定されてこなかった「公的空間におけるプライバシーの保護」の余地を明確化するとともに、公的空間か私的空間かを問わずに問題となり得る「私的情報等の不当な取得、利用等に対する脅威からの保護」という命題の(憲法上の要請としての)重要性を浮き彫りにしたことにあるように思われる。

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