情報通信政策研究
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論文(査読付)
漫画の定額配信サービスの可能性
漫画海賊版への対抗策
田中 辰雄
著者情報
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2020 年 3 巻 2 号 p. 127-150

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要旨

漫画村事件は、漫画の海賊版対策の難しさを浮き彫りにした。対策として提起されたサイトブロッキングも静止画ダウンロード違法化も導入が見送られており、有効な対策は打たれていない。しかし、経済的に見るとまったく別の対策を考えることができる。それは海賊版が行っているサービスを権利者が自ら行い収益をあげる方法である。音楽におけるSpotifyのように漫画版での定額配信サービスが成功すれば、権利者もユーザも利益を得ることができる。本稿の目的は、漫画でもこのような合法化された定額配信サービスがビジネスとして成り立つかどうかを、漫画読者へのコンジョイント分析を行って検討することである。推定されたモデル分析によれば、総売り上げを減少させること無く、場合によっては増大させながら定額配信を実施することは可能との結果が得られた。これは定額配信によって漫画読者のすそ野が広がるためである。定額配信を始めると、出版社の懸念するとおり、これまで紙・電子で購入していた人の漫画購入額は半減する。しかし、その代わりにこれまで漫画をあまり購入していなかった人が定額配信なら漫画を見ようとしはじめ、この収入増加が、既存読者からの売上減少を十分に補うのである。言い換えれば補完効果が代替効果を上回る。現在漫画に支出していない人が本当に定額配信にお金を払うかどうかは不確実で留保がつくが、ビジネスとして引き合う潜在的な可能性があることは重要な発見である。ただし、定額配信サービスの成功のためには出版社を超えてどの漫画でも読める必要があり、現在のように出版社単位のサービスでは市場拡大は限られるだろう。

Abstract

A conjoint analysis was conducted on the feasibility of the flat-rate comic subscription service. Subscription services reduce revenue from existing comic readers, but increase overall revenue. This is because new comic readers appear through flat-rate distribution. When publishers start flat-rate distribution, as publishers are concerned about, the amount of comic purchases by those who previously purchased on paper and electronically will be halved. But instead, those who haven't purchased comic before will start to read comics, and this increased revenue will make up for the decline in sales from existing readers. To counter pirated comics, it would be more effective for publishers to start their own subscription service than to try to punish pirated sites.

1.問題設定

2017年に起こった漫画村騒動は大規模な海賊版サイトの事件であり、法的にはそれをどう取り締まるかという政策論争が中心になる。しかし、経済的に考えると別の観点から議論できる。それは漫画村が漫画の定額配信サービスへの大きな潜在需要があることを示したことである。ちょうどNapsterという違法音楽ダウンロードサービスの隆盛が、後のiTunesやSpotifyなどの合法音楽配信サービスの先駆けとなったのと同じようにである。Napsterは海賊版サイトであったが、音楽をファイル単位でデジタルデータで入手したいという大きな潜在需要があることも示していた。iTunesという合法化されたサービスが提供された事で海賊版サービスは下火になり、最終的に定額配信であるSpotifyの登場で音楽の海賊版はビジネスとしてとどめを刺された。いまやiTunesとSpotifyは音楽販売の主要チャネルであり、音楽における海賊版の話題は沈静化した2。特に定額配信Spotifyにより世界全体での音楽市場規模は2015年以降拡大に転じている3。これと同じように漫画でも合法化された定額配信サービスを行う事がおそらく最大そしておそらくは社会的にも最適な海賊版対策である(Danaher et. al., 2010)。

しかし、出版社には定額配信への警戒感が強い。なぜなら定額配信を始めたならば売上が大きく減少してしまうのではないかという懸念があるからである。本稿はこの懸念を検討し、定額配信のビジネスとしての可能性を検討することを目的とする。そのため漫画読者へのコンジョイント分析を行い、仮想的な定額配信サービスを読者に見せて、いくらまでなら払う用意があるかを調べた。漫画の定額配信をはじめると出版社の売上が増えるかどうか、言い換えれば市場規模が拡大するか縮小するかが検討課題である。

結論として推定モデルに従う限り、総売り上げを減少させること無く、場合によっては増大させながら定額配信を実施できる可能性はあるとの結果が得られた。これは定額配信によって漫画読者のすそ野が広がるためである。確かに定額配信を始めると、出版社の懸念するとおり、これまで紙・電子で購入していた人の漫画購入額は減少する。しかし、同時にこれまで漫画をあまり購入していなかった人が定額配信なら漫画を見ようとしはじめる。この収入増加が、既存読者からの売上減少を十分に補うのである。言い換えれば補完効果が代替効果を上回る。無論、これまで漫画を購入してこなかった人が本当に定額配信なら支出して読もうとするのかは、やってみなければわからないところがあり、リスクはある。しかし、それでも潜在的にビジネス的に引き合う可能性があることは重要な発見である。海賊版対策としても、世界に配信するプラットフォームづくりとしても、漫画の定額配信サービスを検討してみる価値はあるだろう。ただし、世界大のプラットフォームをつくるなら出版社を超えてどの漫画でも読める必要があり、現在のように出版社単位のサービスでは市場拡大は限られる。

2.定額配信の現状と配信の先行研究

定額配信は音楽で先行普及しており、Spotifyがその最大手で日本でもユーザを急激に増やした。これに遅れて漫画の定額配信サービスもすでにいくつか試みられてはいる。たとえば、LINEマンガ、comico、マンガワン、マンガボックスなどで、いずれも月額500円~1000円を払えば、用意してある漫画がすべて読み放題になる。

しかしながら、現状の漫画の定額配信サービスはきわめて限定的であり、本格的なサービスとは言いがたい。まず、定額配信で用意されている漫画のタイトル数が限られており、有名な人気作品はほとんど入っていない。広告のために二つか三つ、かなり昔の有名作品が入っているが、それ以外はあまり知られていない漫画ばかりである。また、出版社系の定額配信サービスの場合はその出版社から出ている作品だけとなり、他社の作品は読むことができず、この面からも作品タイトルは限られる。現状の定額配信は、あまり売れていないマイナー作品を、出版社が限定されてもかまわないので、できるだけたくさん読みた7いという人向けのサービスである。そのような人がいないわけではないが、市場としては小さい4。Spotifyがレコード会社や音楽出版社を問わず、また現在人気絶頂のアーティストまで含む広範囲の楽曲を提供しているのとは大きな差がある。

出版社が本格的な定額配信サービスに消極的なのは、現在有料で販売している紙・電子の書籍の売り上げが減少してしまうことを恐れているからと考えられる。確かに定額配信を利用した人は、従来の紙と電子の漫画の購入を減らすだろう。しかし、定額配信がその減少分を上回る売上をそれ以外の作品あるいは新たな読者からあげれば、全体としては総売上は拡大する。実際に定額配信が総売上を増やすかどうかは、あらためて調べる必要がある。

この点で研究が先行したのは音楽産業である。音楽ではSpotifyの登場で定額配信が広まったため、定額配信で音楽業界の総売り上げが上がるか下がるかが話題になり、いくつか研究が行われた。Wlömert and Papies (2016)が、消費者のパネルデータを使って購入額の変化を見たところ、Spotify利用開始後にはCD等で音楽購入していた人の音楽購入額が11%~24%程度減っていた。ただし、音楽業界全体としてはSpotifyから上がる売上増加の方が大きく、業界全体としては売上が増えたとしている。これはこれまで音楽に支出してこなかった人がSpotifyに支出し始めるからで、いわば音楽消費者のすそ野が拡大した結果である。Datta, Knox, and Bronnenberg (2017)も、個人のパネルデータを用いてSpotifyの利用を開始するとその人のiTunesからの音楽購入が28%低下した事を見出した。ただし、産業全体としてはSpotifyの売上増加の方が大きく、音楽業界としては収益は好転しただろうと述べている。この二つは個人単位のパネルサーベイデータであるが、実際の売上を使った分析としては、Aguiar and Waldfogel(2018) がアメリカのデータを使って行った分析がある。ストリーミングとCDは売り方のビジネスモデルが違って比較しにくいため、比較のためにはいくつかの仮定を必要とする。彼らは比較的妥当な仮定の下で、ストリーミングサービスは、音楽業界全体の売上を増やしたと報告している。このように音楽での分析によれば、定額配信は利用者のすそ野を広げて産業全体の売上を増やしたという報告が優勢である。

なお、先行研究で興味深い知見が二つある。ひとつはストリーミングサービスを利用し始めた人の既存のCDやダウンロード販売等の購入額の減少率が100%ではなく、30%以下にとどまっていることである。すなわちCDやダウンロード販売等の購入額のうち、7割程度はストリーミング配信の利用開始後にも維持される。これにはいろいろな理由が考えられる。たとえば、ストリーミングを利用してもなお、CDの形あるいはデジタルファイルの形で保有したいという保有欲あるいはコレクション趣味のようなものがあるかもしれない。また、ストリーミングで多くの曲を聞くことで、新しいアーティストやジャンルの良さを知り、これが需要を喚起した可能性もある。実際、前出のDatta, Knox, and Bronnenberg (2017)は、ストリーミング利用開始後に、個々の利用者の聞く音楽のジャンルの幅が広がった事を見出している。その結果、音楽への欲求が増えれば音楽需要は増加しストリーミングによる代替効果は打ち消される5

もう一つの興味深い点は、これらの調査の過程で、ストリーミングサービスが海賊版対策にもなっている事が示されていることである。Aguiar and Waldfogel (2018)の調査では海賊版の利用との関係も調べており、ストリーミングサイトの利用が増えると海賊版の利用が減ると報告している。定額配信サービスが海賊版対策になることの証拠の一つがここに見て取れる。

以上は音楽についての研究である。書籍の場合に定額配信、すなわち読み放題サービスを始めた時の影響の調査はまだ行われていない。読み放題サービスの普及率が低いこともあり検証できないためと考えられる。ただ、参考になる研究例として、図書館の影響と海賊版の影響の調査がある。図書館も海賊版も無料でいくらでも書籍が読めることになるので、料金無料の一種の読み放題サービスと見なせるからである。

Kanazawa and Kawaguchi(2019)は、日本の図書館の貸し出しデータを用いて、図書館の貸し出しが書籍の売上にどんな影響を与えるかを調べた。その結果、図書館が存在することで書籍売り上げは減少し、その売り上げの減少幅17.5%は、図書館の本の購入額(5%)よりも大きいので、図書館は書籍の売上を減少させると報告している。Tanaka(2019)は、漫画出版社が行った一斉削除要求対策に注目し、漫画の海賊版への削除要求が出た前と後を比較することで海賊版の影響を調べた。その結果、海賊版があると連載中作品あるいは最新刊の売り上げは減少するが、すでに完結した作品の売上は増加するという結果を得た。海賊版が出回ることで完結作品の売上が増えるのは、むかしの作品を思い出させる宣伝効果のためとしている。

これらの研究はいずれも漫画の定額配信サービスが出ると、紙・電子の既存の漫画の売上が(少なくとも連載中作品については)下がることを示唆している。ただし、漫画の定額配信サービスの影響を測る上で、ここで得た推定値をそのままの形では使うことはできない。Kanazawa and Kawaguchi(2019)の研究は周到で包括的であるが、対象が漫画ではなく一般書籍である。またTanaka(2019)は漫画の調査であるが、海賊版の影響調査であって合法的サービスの調査ではない。さらに最も重要な点として、いずれの調査も調べているのは既存の紙あるいは電子の売上への影響だけであり、読み放題サービス自体からの売上増加は調べれられていないので、最終的な漫画市場全体の売上総額の予想は出来ない。本稿ではコンジョイント分析でこれを試みる。

3.データ

アンケート調査はウェブモニター会社(マイボイス社)のモニターに対して行う。予備調査で約1万人のモニターに漫画を読むかどうかを尋ね、そこから漫画の購読状況によって調査対象者1,000人をスクリーニングで選んだ。以下、スクリーニングの詳細を説明する。

まず、ウェブモニター会社のモニターに対して「趣味・コンテンツに関するアンケート」として回答者を募り、10,008人の回答者を得た。対象は20歳~69歳までの個人である6。彼らに調査月の前月に以下の6つの方法で漫画を読んだかどうかを尋ねた。

単行本の漫画を先月読んだでしょうか。読み方を6通り示しますので、それぞれについて読んだかどうかをお答えください。

  1. 1【紙の漫画を購入して読んだ】
  2. 2【電子漫画を購入して読んだ】
  3. 3【電子漫画の無料版を公式サイトで読んだ】
  4. 4【電子漫画の無料版を非公式サイトで読んだ】
  5. 5【漫画喫茶で読んだ】
  6. 6【本屋の立ち読みで読んだ】
  7.    回答 はい、いいえ

調査月は2019年3月なので、ここでの先月とは2019年2月のことである。複数回答なので複数の閲覧方法を回答した人もいる。ここでこの6つのどれか少なくともひとつに対して「はい」と答えた人を漫画の「読者」と呼ぶことにする。このように定義すると読者の中には3,4,6のように対価を払っていない無料読者も含まれる事に注意されたい。現在は対価を払っていなくても定額配信サービス開始時には顧客になることがありうるので、調査対象には含める必要がある。

漫画読者をこのように定義すると、全サンプル10,009人のなかで漫画読者の比率は29.4%であった。内訳は、1、2、5をひとつでも選んだ有料の読者すなわち購読者は19.2%、どれも選んでおらず無料閲覧のみの無料読者は10.2%である(これらはいずれも年齢・ネット利用頻度で補正済みの値である)。図1はこれを図示したもので左が補正済みのグラフ、右が補正前のグラフである。無料読者が有料の購読者の半分程度存在すること、ならびに現在漫画を読んでいない非読者が読者の2.4倍(=(1-0.294)/0.294)いることに留意されたい。

図1 サンプルのなかの漫画読者比率

ここからコンジョイントの調査対象1000人を抽出するが、そのときサンプリングバイアスに注意する。この調査会社のモニターはパソコンユーザが中心なので、そこからバイアスが発生する。重要なバイアスは、1)年齢、2)ネット利用頻度、3)スマフォPC利用率の3つである。

まずパソコンユーザであるがために、高齢者と若年層が低めに出る。高齢者は高齢ゆえパソコンを使わない人がおり、若年層はパソコンではなくスマフォを使う人が多いためである。また調査モニターとして登録するくらいなので、ネット利用頻度は一般国民よりは高くなる。最後に、調査会社がもともとパソコンのサイトで調査モニターを集めているため、スマフォユーザよりパソコンユーザが多くなっている。

このうち1)年齢と2)ネット利用頻度は、ネットを通じたモニター調査につきもののバイアスであり、通常はウェイトバックによる補正がとられる。すなわち、年齢分布は全人口での年齢分布にあうように、またネット利用頻度は、調査票据え置き型で行った他の調査結果の利用頻度にあうように、ウェイトをつくる。今回もこのウェイトバックを用いる7

3)のスマフォユーザとパソコンユーザの比率によるバイアスは、今回の調査ならではのバイアスである。電子漫画はスマフォで読むことを想定している事が多く、そのため購入はスマフォから行われることが多い。これに対し今回のモニターにはパソコンユーザが多い。スマフォユーザとパソコンユーザが漫画購読に関して同じように行動するなら問題ないが、もし異なっているとするとサンプリングバイアスによって結果がずれる。すなわちこのサンプルはパソコンユーザが多いので、パソコンユーザの特徴の方向が強く出るようなバイアスがかかる8。これは重要なバイアスになりうるので、ウェイトで対処するのではなく抽出方法を変えた。スクリーニングのための予備調査の段階で、現在どのような端末から答えているかを答えてもらう。その結果ほぼ2割がスマフォ、8割がパソコンであったので、これを半々になるように抽出を行った。半々という比率を採用したのは。パソコンとスマフォの利用者の比率についての総務省の調査結果に基づく9。まとめると抽出した1000人のうちパソコンから答えていた人が500人、スマフォから答えていた人が500人になるように抽出する。

その制約の上で、漫画読者を800人、非読者を200人を選んだ。すなわち図1の29.4%の読者の部分から800人を、残り70.6%の非読者から200人を選んだ。非読者からも200人サンプルをとったのは、先月は漫画を読む機会はなかったが、漫画に関心があって定額サービスがあれば使いたいという人が少ないながらもいる可能性があるからである。まとめると、抽出された人の類型としては

  1. 漫画読者 800人 (うちスマフォ400人、PC400人)
  2. 非読者  200人 (うちスマフォ100人、PC100人)

となる。それぞれの類型内ではランダムにサンプリングする。コンジョイント分析の推定では年齢と性別についてウェイトバックを行う。漫画読者のサンプル800人は、もしウェイトが正しく働いていれば、漫画読者全体の傾向をとらえているはずである。

4.コンジョイント分析

4.1.コンジョイントの設定

アンケートによるコンジョイント調査を行う。仮想的な定額配信サービスのレベルと属性として次の3点を用意した。

  1. (1)連載中作品を含むか。完結作品に限るか
  2. (2)最新刊を含むか。既刊本に限るか
  3. (3)全出版社の作品か。好きな出版社どれか一つだけか

(1)と(2)で、連載中の作品と最新刊が定額配信に入っているかどうかを属性にいれたのは既存の紙・電子の漫画の売上のほぼ7割が、連載中作品の最新刊だからである10。コンテンツ産業の常として、消費者の関心は旬の作品に集まり、読者には連載中作品の最新刊を読みたいという欲求がある。このことを逆に言うと最新刊あるいは連載中の作品を定額配信サービスからはずしておけば、紙・電子の売上減少の歯止めになる。

はずしておいても1年後など一定期間がたてば定額配信サービスで提供されるから、正確には時間差をつけて供給することになる。この時間差による差別化戦略はコンテンツ産業の常道であり、たとえば映画では、映画館→ビデオ販売→ビデオレンタル→有料テレビ→無料テレビというウインドウズ戦略が行われる。書籍でも小説では単行本でまず売り、一定期間経過後に文庫本を出すという時間差を使った差別化が行われる。同じことを漫画でも試みるのは自然な差別化戦略であり、そのためにこの2条件を入れる。

(3)の全出版社作品が読めるかどうかは、漫画村の隆盛の一つの要因がすべての出版社の作品が読めたことにあると考えられるからである。現在、出版社がやっている漫画の定額配信サービスは、その出版社の漫画作品しか読めない。これは読者の利便性を阻害する。漫画村の隆盛の大きな理由は、無料に加えてすべての出版社の作品が読めたことにあると考えられる。各出版社が独自に定額配信を行った場合、読者の利便性がどれくらい低下するのかを見るためこの属性を入れる。

価格は月額課金とし、次の4通りを用意する。

  1. (4)月額課金額 500円、700円、1000円、1500円

現実的には、価格戦略はより多様になるだろう。たとえば、無料だと出版社側が指定した作品を月に5本読め、月額300円では好きに選んだ作品を月に5本まで読め、月額500円払うなら無制限になり、700円ならさらに一部はダウンロードできるなどの価格差別戦略が考えられる。しかし、今回は調査回答者の負担を考慮して単純化し、月額課金だけで一本化する。コンジョイントの設問票はたとえば次の図2のようになる。

図2 コンジョイント設問例

二つの選択肢を示し、さらにどちらも利用しないという第三の選択肢を用意して、潜在需要を測定する。どちらも利用しない場合は、他の楽しみの方がよいと判断した場合で、従来通り紙・電子の漫画を購入することがまず考えられる。ただし、漫画に限るわけではなく、漫画を読まない人の場合は漫画以外の他の楽しみを考えるだろう。第三の選択肢はそれらすべてを含むアウトサイドオプションである。この設問票を属性の組み合わせを変えて9通り用意し、回答者にその9問を答えてもらう。

推定式は以下のようになる。個人iの選択肢i(i=1,2,3)から受ける効用は次式で表されるとする。

  
uij=β1Ongoingj+β2Latestj+β2AllPubj+αPricej+γNotUsej+εij(1)

Ongoingjは選択肢jが連載中作品を含む時に1を取るダミー変数である。Latestjは同じく選択肢jが最新刊を含むとき、またAllPubjはすべての出版社の作品が読める時に1を取るダミー変数である。Pricejは選択肢jの価格である。NotUsejはどちらのサービスも利用しない時に1を取るダミー変数である。NotUseが1のときは、Ongoingj、Latestj、Allpubj、Pricejはすべてゼロになる。

推定モデルとしては定額配信サービス2つをグループ化しアウトサイドオプションと対比させたNested Logit モデルを使う。すなわち選択構造は下記の図3のように、定額配信を利用したj=1,2がグループ1、利用しないj=3をグループ2とする。ネストさせるのは、そもそも漫画定額配信サービスを利用するかどうかという決定と、利用すると決めた後にどれを利用するかの決定は質的に異なる可能性があるからである。言い換えればサービスA利用、サービスB利用、利用しないの3つの選択を比べた時、A利用とB利用の間の代替性は高いが、A利用(あるいはB利用)と利用しないの間の代替性は低い可能性がある。この可能性を考慮するためにネスト構造を入れて推定した。ただ、結果としてはネストしてもしなくても結果の大勢に影響はなく、推定モデルの選択に寄らず、本稿の結論は成立する。

図3 ネストされた選択構造

誤差項εijが極値分布をすると仮定すると、個人iが選択肢jを選ぶ理論確率はロジット型で計算され、これが観測された実際の確率(比率)に近くなるようにパラメータを定める(最尤法、使用統計ソフトはSTATA)。得られた係数を価格の係数-αで割ることで支払意志額を計算できる。たとえば「連載中作品を含む」事への支払意志額(willingness-to-pay=WTP)は-β1/αである。

また、パラメータが推定されると、個人がiがグループgを選ぶ確率Pgは、次式で与えられる。

  
Pg=eτgIVg(geτgIVg)(2)

ただし、ここで

  
IV=ln(jgevjτg)

である。vj(1)式の誤差項を除いた確定部分で、選択肢jの平均効用を表し、IV gはグループgを選んだ時に得られる平均効用で、Inclusive Valueと呼ばれる。τgはグループ内とグループ外の代替性の度合いの差を表す指数(dissimilarity index)であり、どれか一つのグループを基準にとって係数推定時に同時推定される。このτgの値が1から離れて0に近づくほどグループ内外での代替度合いの相違が大きくなり、ネストすることに意味が出てくる。1に近い場合は代替度合いに差がないので、ネストする意味が薄くなり普通のコンジョイントでもよくなる。推定後、定額配信サービスの予想シェアを計算する際は、(2)式を使って、g=1の時のシェアを計算する。

4.2.分析結果:全漫画読者

まず漫画読者800人全体にコンジョイント分析を行う。ウェイトが正しく働いていれば、漫画読者全体の平均的な行動を記述しているはずである。表1がその結果である。月額料金の係数-0.194で各係数を割って支払意志額を求めると、連載中作品が読めることへは152円、最新刊が読めることへは238円、すべての出版社が読めることへは525円支払う用意がある。すべて統計的に有意であり、ユーザはこの3条件を望ましい性質と評価していることがわかる。

表1 コンジョイント推定結果:全漫画読者

ここからすぐにわかる重要なポイントは、すべての出版社の作品が読めることの重要性である。すべての出版社の作品が読めることへの支払意志額525円は、連載中あるいは最新刊が読めることを合わせた値(152円+238円)よりも高い。現在、出版社のなかには読み放題型サービスを試行しているところがあるが、すべて出版社単位である。この分析結果は出版社単位でやっている限りはユーザの支払意志額は低く、ユーザを獲得することには困難が伴うことを示している。

同じことをもう少し詳しく述べてみよう。出版社2社で配信サービスをやっているとする。仮にそのサービスで最新刊が読めることにしても支払意志額は238円でアウトサイドオプションの525円に届かない。アウトサイドオプションを超えていないということは、平均的な読者が定額配信を選んでくれない事を意味する。アウトサイドオプションを超えるためには連載中の作品と最新刊をともに読めるようにする必要がある(152+238円)。しかし、それでは紙・電子の漫画販売との差別化が難しくなり、定額配信利用者は紙・電子の購入を全く止めてしまう恐れがある。紙・電子漫画の販売もある程度維持しようとすれば、時間差をつけるしかなく、連載中作品あるいは最新刊を読めないようにするしかない。しかし、そうするアウトサイドオプションを超えられず、多くの利用者を獲得することができない。こうして特定出版社だけでやっているかぎりは定額配信は限られた読者向けの小規模なサービスにとどまるだろう。

条件を変えた場合、どれくらいの市場規模になるかの大雑把な目安を得るため、この表1の係数から、漫画読者の中でどれくらいの読者が定額制サービスを利用するかを計算しておこう。今回の推定モデルにしたがい、定額配信サービスを行う会社が2社あるとし、同じサービスを提供するとする。利用読者の比率は(2)式で計算できる。条件を変えながらこの比率を計算したのが表2である。表中の条件のところの数字1と0は、その条件が満たされている時に1をとることで、それぞれのcaseがどのような条件で計算されたかを表している。

表2 定額配信サービスの利用者の比率

表2のCase(1)は月額700円で全出版社の連載中の作品も最新刊も含めて読めるケースである。条件はすべて満たされいるので数字はすべて1,1,1になっている。定額配信サービスの利用者は67%で、漫画読者の7割近くがこのサービスを利用することになる。7割近いというのは驚くべき高さであり、条件がここまで読者に有利であると、大多数の人が定額配信を利用することになる。

しかし、Case(1)では連載中の作品も最新刊も読めるので、時間差による差別化ができない。出版社としては差別化して代替をできるだけ阻止したいと思うだろう。そこでより現実的なサービスとして、最新刊を外したのがCase(2)である。連載中の作品も配信されているが、最新刊だけはしばらくたたないと配信されないケースである。この場合、利用者は56%に低下する。さらに連載中の作品をまるごと配信しないことにしたのがCase(3)で、利用者は49%に低下する。Case(3)はすでに完結した作品、いわば過去作品だけとなるが、それでも49%の利用者がいるというのは注目すべき点であろう。漫画の売り上げは連載中の最新刊に集中する傾向があり、すでに完結した作品は出版社にとってドル箱ではない。その完結作品だけに限って読み放題サービスをはじめても、5割の読者を獲得できるのはビジネスの観点からは注目に値する。

ただし、ここまではすべて全出版社の作品が読めるとしてきた。ここで条件を変えて特定の出版社から出ている作品しか読めないとしよう。まずCase(4)は、Case(2)で読める出版社を特定の出版だけに限ったケースである。利用者は56%から32%に半分近くに大きく減少する。Case(5)はCase(3)で読める出版社を制限したケースで、やはり利用者は49%から26%に半減している。読める作品が特定出版の作品だけになると、利用者はほぼ半減するのである。支払意志額から予想した通り、読める作品が特定出版社の作品だけになることのマイナスは大きい。

最後のCase(6)とCase(7)は、課金額変化の効果を見るために、Case(5)の月額料金を変えた時である。現在ある漫画定額配信サービスの相場は月額課金額500円~1000円程度であるので、500円のケースと1000円のケースを計算した。1000円に値上げすると利用者は26%から16%に低下し、500円に値下げすると利用者は34%に増加する。上昇下降ともに10%ポイント程度の変動幅である。

5.定額配信後の配信売上:読者類型別

コンジョイントの分析結果を元に、定額配信後の漫画市場の売上の変化を計算しよう。そのためには現在漫画を読んでいない非読者も対称に含める必要がある。定額配信が始めると現在漫画を読んでいない人のなかからでも漫画を読み始める人がでると考えられるからである。また、すでに漫画を読んでいる漫画読者であっても、無料購読者と有料購読者では反応が異なるだろう。さらに有料購読者の中でのヘビー読者とカジュアル読者の反応は異なりうる。そこで、定額配信導入後の需要の変化を詳しく見るため、読者を以下の4類型に分ける。

  1. ヘビー購読者   195人  先月の購読額1500円以上の漫画読者
  2. カジュアル購読者 340人  先月の購読額1500円未満の漫画読者
  3. 無料読者     265人  先月の購読額0円の漫画読者
  4. 非読者      200人  先月漫画を読まなかった人

ヘビー購読者は、先月の紙と電子の漫画の購入額があわせて1500円以上だった人で、カジュアル購読者とは購入額が1500円未満の人である。単行本は一冊450円程度なので、ひと月の購入冊数が3冊以下ならカジュアル読者、4冊以上ならヘビー読者ということになる。このように区分するとヘビー読者は195人、カジュアル読者は340人となる11。無料読者265人とは、紙と電子の漫画を一冊も購入していない人で、電子書店で無料版を読む・海賊版を読む・立ち読みで読む・ならびに漫画喫茶で読む人が含まれる12。ヘビー購読者、カジュアル購読者、無料読者はいずれも先月漫画を読んだ漫画読者であり、その総数は800人である13。最後に、先月漫画を読まなかった非読者200人を加える。非読者は実際には漫画読者の2.4倍おり、この200人はそこからランダム抽出した人であることに注意しておく。

これら4類型にサンプルを分けて、コンジョイント分析を行い、表1と同じ表をつくり、これらをまとめたのが表3である。[A]列がヘビー読者、[B]列がカジュアル読者、[C]列が無料読者、そして[D]列が非読者である。上段はコンジョイントの結果を表し、下段はこれを元に計算した配信サービスの利用率、ならびに配信収入である。下段の利用率と収入の計算については定額配信サービスの条件を決める必要があるので、5種類のサービス類型Ⅰ~Ⅴを用意して計算した。連載中の作品を読めるか、最新刊が読めるかについて条件を変え、価格は500円、700円、1000円と変えている。IからVまで進むにつれて連載中作品あるいは最新刊が読めるなど次第に条件が良くなり、同時に月額料金も上がっている。なおいずれも全出版社の作品を読めるとしてある。

表3 定額配信サービスの利用率と配信収入:利用者4類型別

まず、上の段のコンジョイント推定の結果から見ていく14。4類型すべてについて全出版社の作品を読めることへの支払意志額が最も高く、連載中の作品と最新刊が読めることを合わせた金額に匹敵する額になっている。たとえば、左上[A]列のヘビー読者で、連載中の作品が読めることへの支払意志額521円と最新刊が読めることへの支払意志額622円を合わせた額1143円(=521円+622円)は、全作品が読めることへの支払意志額941円に近い。カジュアル読者でも同じ傾向が読みとれる。無料読者と非読者ではその傾向がさらに強まり、連載中の作品と最新刊への支払意志額は有意ではなくなっており、有意なのは全出版社の作品が読めることだけである。前節で全出版社の作品が読めることの重要性が示されたが、それが特定の読者層に限られたことではなく、どの読者類型でも共通した一般的な現象であることがわかる。

全出版社の作品が読めることを求めているのが、漫画をたくさん購入するヘビー読者だけでなく、無料読者や非読者でも同じである点は注目に値する。出版社にとっては漫画好きならともかく、それほど漫画好きでもない読者なら特定出版社の作品だけに限っても定額配信を利用してくれるのではないかと期待する向きもあるかもしれない。が、そんなことはない。暇つぶしにたまに読むだけのような人でも、特定出版社だけに限ると定額配信への利用意欲は大きく低下する15。この点は必ずしも直感的に予想できるものではなく、注目に値する。定額配信で利用者のすそ野のを広げるためには、全出版社の作品を読めるようにする必要がある。

もうひとつ注目すべきは、無料読者と非読者が、連載中の作品が読めることと最新刊が読めることに価値を見出していないことである。[C]列の無料読者の列の上2段のt値は0.57,1.22で有意ではなく、[D]の非読者も同様である。前掲注10で述べたように、漫画の販売で実際に売れる漫画のほとんどが連載中の作品、特にその最新刊なので、出版社からすれば、定額配信から連載中の作品と最新刊を除くと読者は魅力を感じないのではと思うかもしれない。確かに、有料の読者の場合には[A][B]列の上2段に見るように、連載中作品と最新刊に正の効用を見出しているので、連載中作品と最新刊を載せないと定額配信の利用者は減少する。しかし、無料読者と非読者では、連載中作品と最新刊へのこだわりをもっていない。[C]列[D]列の無料読者と非読者の場合、過去の完結作品だけの定額配信サービスでも特に問題はないのである。

これをビジネスの観点から言えば、現在あまり収益をうんでいない過去作品から収益を上げられる事を意味する。無料読者・非読者は漫画を購入していないのであるから、現在は彼らから上がる売り上げはゼロである。しかし彼らにも、定額なら過去作品で良いから読みたいという潜在需要があり、この需要が現在は満たされていない。定額配信はこの潜在需要を実現させて新たな収入源をつくりだす可能性があることになる。

次に下段の予想利用率を見てみる。ここでわかるのは漫画読者の場合、定額配信の利用率がどの類型でも5割~6割程度に達することである。ヘビー読者、カジュアル読者、無料読者を比べると、傾向としてはヘビー読者の方が多めであるが大きな差ではなく、おおむね5割は超えている。定額配信を開始した場合、その利用者は、ヘビーユーザあるいは無料読者など特定層から出てくるのではなく、幅広い層から出現することになる。

[D]列の非読者だけは利用率が2~3割で低いが、これは元々漫画を読んでいない層なので自然な結果である。ただ、非読者は漫画読者の2.4倍いるので、掛け算をして利用者数にすると、他の3類型から出る利用者数に匹敵する人数になる。すなわち、非読者の2~3割という利用率を2.4倍するとほぼ5割程度になり、他の3類型の利用率5~6割に近くなる。ということは、定額配信サービスを開始した場合、その利用者の半分程度はこれまで漫画を(無料でも)読んでこなかった非読者から現れることを意味する16

6.配信開始後の総売上の変化

配信開始後の出版社の総売り上げの変化を予想しよう。予想するにあたっての最大の障害は、定額配信を利用した人が、従来の紙と電子の漫画の購入をどれだけ減らすかがわからないことである。定額サービスは従来の紙・電子漫画の代替物であるから、これを利用した人が従来の紙・電子の漫画の購入を減らす事は間違いない。しかし、どれくらい減らすかはわからない。音楽の場合、定額の聞き放題サービスの利用者はCD購入を減らしたが、減少率は3割程度で、CD購入額の7割程度は維持された。漫画の場合にそれがどれくらいなのかがまだわからないのである。

そこで、まず最初にもっとも悲観的な、つまり定額配信サービスにとって厳しい想定として、100%代替されると仮定して計算を進める。即ち、定額配信サービスの利用者は、従来の紙・電子での漫画購入を完全につまり100%止めると仮定して計算を行う。そのうえで後にこの仮定を緩めて現実的なケースを考えることにする。

代替100%のケース

5つのケースのうち最も下のケース(V)を例にとって説明する。表3のA列下段配信収入は、利用率×人数×月額課金額で計算できる。ヘビー読者の場合、利用率は表3に見るように0.669なので、0.669×195人×1000円で配信収入額は130,422円となる17。一方、定額配信を利用しない人はこれまでと同様に紙と電子の漫画の購入を続けるから収入は従来通りである。使わない人の比率は(1-0.669)なので収入は(1-0.669)×688,935円= 228,153円となる(688,935円はヘビー読者の配信前の購入総額である)。両者をあわせると、ヘビー読者からの収入は130,422円+228,153円で、36万程度になる。これは配信前にヘビー読者から上げていた売上69万円に及ばない。減少額は33万円程度に達する。ヘビー読者は元々漫画に高額支出していたので、彼らが配信サービス利用後には紙と電子の漫画購入を一切やめるとすると、ヘビー読者全体としては減収になる。

しかし、カジュアル読者の場合はそうではない。同じケース(V)では、カジュアル読者の定額配信利用率は0.552なので配信収入は187,571円(=0.552×340人×1000円)となる。カジュアル読者からの元々の売上は240,720円だったので、これを使って配信開始後の出版社の収入を計算すると、売上は増えている事を示せる。すなわち、配信非利用者からの収入は(1-0.552)×240,720円、配信利用者からの収入は187,571円なので、あわせて295,491円となり、売上は24万円から30万弱に6万円程度増えている。さらに無料読者の場合は、配信収入はそのまま出版社の売り上げ増であり、ケース(5)でいえば72,075円、すなわち7万円程度の売り上げ増になる。最後に重要なのは、先月漫画を読んでいないと答えた非読者層である。彼らから得られる売上は396,154円、すなわち39万円にもなる。非読者の配信サービス利用率は2割程度と少ないが、母数である人数が多いため、掛け合わせると大きな売上になるためである18。すべて合わせると、定額配信開始後の売り上げ総額は、36万(ヘビー読者)+30万(カジュアル読者)+7万(無料読者)+39万(非読者)=112万となる。

他の4ケースでも同様の計算ができる。これらをまとめてグラフにしたのが図4である。一番下が今述べたケースⅤで売上総額は112万である。バーの中の切れめの左は従来通りの紙と電子漫画の漫画売上を、右は定額配信の売上を表している。図4の中の90万円のあたりにある縦棒は、現在の総売上である929,655円を表す。これと比べると、どの定額配信サービスでも、従来の紙・電子漫画の販売による収入は30万~40万円に半減する。しかし、定額配信から得られる収入が同じくらい増えてこれを埋め合わせ、最終的な売上は前とあまり変わらなくなる。

図4 配信開始後の売上予想:代替率100%のケース

紙・電子の漫画からの従来収入が半減したのにもかかわらず、総収入が維持されているのは、配信収入がそれを埋め合わせたためである。それが可能になったのはこれまで漫画にお金をはらって来なかった人達がお金をはらうようになったからである。ケース(V)で言えば、ヘビー読者からの売上は33万円減少し、カジュアル読者からの売上増加6万円ではこれを埋め合わられない。これは出版社が心配するとおりである。しかし、無料読者が定額配信サービスを利用することで7万円程度売上が増加し、さらに非読者が定額配信サービスを利用することで、売上は40万円近く伸びている。このようにこれまで漫画にお金を払ってこなかった顧客ベースの拡大により、売上が維持されていることになる。定額配信サービスの最大の効果は、このような利用者のすそ野拡大効果である。

現実的な代替率

図4では出版社の収入は維持とは言えても増加とは言えないかもしれない。しかし、この図4の計算は前提として、定額配信サービスの利用者は紙・電子の漫画の購入を完全に止めるとしている。すなわち100%の代替を仮定している。これは非現実的な仮定である。特に連載中作品と最新刊を外したケース(I)~(III)では、100%代替とは、定額配信利用者は連載中作品と最新刊を発刊直後には全く読まない事を意味する。実際の漫画売上の大半は連載中作品と最新刊なので、それらを全く読まなくなることは考えにくい。この仮定を緩めてみよう。

そのためには定額配信を利用した後、その利用者が紙と電子漫画の購入をどれくらい減らすかを推定する必要がある。これはまだ定額配信の実施例がないため推定が難しい。手掛かりを得るため、この点もアンケート調査で直接利用者の意図をたずねてみよう。まず、先月連載中作品を買ったかどうかをたずね、買ったと答えた人に、「連載中の作品を含まない定額配信サービス」を使うかどうか尋ねる(具体的には月額500円で全出版社の作品が読めるサービスとした。表のケースIに相当する)。使うと答えた人(207人)に対し、定額配信サービスを使いはじめたら、先月買った連載中作品を買うと思うかを尋ねた。すなわち、しばらくして完結すれば読み放題で無料で読めるようになるのであるからそれまで待つか、それとも今買うかという問いである。具体的な設問は次のとおりである。

あなたがこの配信サイトを利用することになったとします。この読み放題サイトでは連載中作品は読めません。このサイトで読めるようになるのは連載が完結し、1年たったあとです。あなたがいま買っている連載中漫画の場合、それが完結し、その後1年たって読み放題に入るまで待つでしょうか?それとも今購入して読むでしょうか?

  1.    1=完結して1年たつまで待つ
  2.    2=今購入して読む

この問いで、待つ、と答えれば紙・電子の漫画を購入しないことになるから代替であり、今買う、なら購入が続くので代替ではない。結果は図5のとおりである。1年たつまで待つという人が32.9%、今購入して読むという人が67.1%であった。代替率は32.9%ということになる。

図5 現実的な代替率の予想:どれくらいの人が待つか

ここで得たほぼ3割という値は仮想的な質問への答えであり、この値をどれくらい信頼できるかは議論のあるところであろう。信頼性を検証するのは難しい。ただ、待つかどうかはその人の性格的な要因として外生的に決まっている事を示唆するデータは示せる。

まず、この約3割という数値は、連載中作品について聞いたときであるが、これを最新刊に変えても同じであった。すなわち連載中の作品は載っているが最新刊だけでは載っていない配信サイトを使うとして、最新刊を買わずに配信に入るまで待つかをたずねても、待つと答えた人は33.7%でほぼ同じ値であった。また、この二つの問いで回答者の85%の人は答えが一致していた。すなわち連載中作品について待つと答えた人は、最新刊についても待つと答える傾向が極めて高く、一貫性がある。さらに、待つかどうかは、その人の漫画購入額には依存するが、他の属性は依存しない。すなわち、待つかどうかを、性別、年齢、読むのは紙の漫画か電子漫画か、スマフォ利用者かパソコン利用者か、定額配信サービス利用経験が有るか無いか、の5変数に重回帰したが、いずれも有意ではなかった。これらの事実から考えて、この3割という数値は回答者の時間選好率を反映し、その人の性格として決まっていると思われる。もしそうだとすれば、簡単には変わらない外生的な数値であり、この数値を使って計算することが許されるだろう。以下ではこの3割を代替率として計算する。

今回の調査で購入に占める連載中の作品の比率を尋ねると、紙の書籍で8割、電子書籍で6割であった。平均すると7割なので、代替される連載中作品の割合は7割×3割で全体の2割程度となる。連載中ではない作品すなわち完結作品の場合、どれくらい代替されるかはわからないが、完結作品の場合は読み放題に入っているので、代替率は連載作品より高いはずである。保守的な想定として完結作品は100%代替されると仮定することにしよう。すなわち、定額配信を使うと完結作品はまったく買わなくなるとする。すると、代替率は2割(連載作品)+3割(完結作品)で5割程度となる。つまり、定額配信利用者の紙と電子の漫画の購入は5割程度減る、すなわち半減するとする。代替率5割は音楽で観測された代替率3割よりかなり高く、音楽の2倍弱は代替が進むという点で、定額配信にとっては厳しい保守的な想定である。

この想定、すなわち代替率5割で計算した結果が図6である。連載中あるいは最新刊を配信しない3類型についてのみ計算した19。見てわかるとおり、すべてのケースで総売上は定額配信サービス導入前を上回る。代替率5割とは5割程度の作品は、定額配信を利用しても購入が維持されることを意味し、これが下支えになって市場は拡大するのである。想定をさらに保守的に変更し、5割購入し続けるのは先に述べたヘビー読者だけであり、カジュアル読者は100%代替して全く購入しなくなると想定しても大筋の結果は変わらない。ヘビー読者がファンであるお気に入り作品を購入しつづけ、カジュアル読者は全く購入しなくなるというのは、保守的な想定としてはありそうなことである。その際、ヘビー読者が購入するお気に入り作品が5割程度あれば、総売上は増加する。

図6 配信開始後の売上予想:代替率50%のケース

最後に非読者と無料読者についての推定が妥当かについて検討する。本稿の推定結果は、これまで漫画に支出してこなかった層、即ち非読者と無料読者が定額配信を利用するという事実に大きく依拠している。しかし、一般に人はこれまで支出したことのない支出を開始することには心理的な抵抗が伴う。マーケティングで言えば、あるサービスにすでに支出している人にさらに100円支出させるより、これまでそのサービスにまったく支出経験のない人に1円でも支出させることの方が難しいだろう。人は誰しも初めての経験には躊躇するからである。本稿では無料読者の5~6割、非読者の2~3割程度が定額配信に支出することになっており、これは過大な予想の可能性がある。コンジョイントは仮想的状況での質問なので、彼らが画面上の設問に「お金を払って利用する」と答えても、実際にお金を払う段になったとき利用するとは限らない。本当に利用する人は利用すると答えた人の全部ではなくその一部であろう。安全のために、回答はいわば歩留まり率を考える必要がある。

歩留まりがどれくらいかについて知見は知られていない。そこで、ここでは歩留まり率によってどれくらい結果が変わるのか計算して、考察の目安を示すことにする。そのため、仮に歩留まりを1/3としてみる。すなわち、利用すると答えた人のうち、実際に利用するのはその1/3に留まるとする。非読者では利用率2~3割に1/3を乗じるので、定額配信の利用率は1割以下に、無料読者では利用率5~6割に1/3を乗じて利用者は2割程度になる。この場合の予想売上のグラフが、図7である。

図7 配信開始後の売上予想:代替率50%+利用率を1/3に割引

利用すると答えた人のうち実際に利用を始める人が1/3に留まると仮定したため、配信収入は図6より大幅に低下している。ただ、それでも総売り上げは現在の売上とほぼ拮抗しており、赤字になるわけではない。このことを逆に言えば、歩留まりの採算ラインが1/3ということである。お金を払って利用すると答えた人の1/3が実際に利用すれば、採算はとれる。

この1/3という数字の評価は難しい。ただ、1/3に減ったときの最終的な定額配信利用率は、先に述べたように非読者で1割弱、無料読者で2割である。これくらいの利用率なら企業努力によって実現可能な範囲と言えるのではないだろうか。無論、直ちには実現できず時間をかけた売りこみが必要であろうが、潜在的な可能性があるとは言ってよいだろう。

全体として定額配信サービスの開始後の出版社の収入は増えるか、あるいは維持できる可能性がある。有料読者について現実的な仮定を行い、比較的保守的な予想をした図6ではすべてのケースで収入が伸びていた。非読者など無料利用者は支出開始に心理的抵抗があり、実際にはアンケートで回答した比率の1/3しか利用しないとした図7でも、前と同程度の売り上げは維持できた。今回の分析が正しければ、定額配信サービスの開始により出版社の収入は増加するか、あるいは維持できる可能性が潜在的にはある。ただし、前提としてすべての出版社の漫画が読めると想定していることに再度留意しておく

7.結論と含意

本稿で行ったのは、漫画の定額読み放題配信サービス、即ち漫画版のSpotifyのビジネスとしての可能性である。分析の結果、定額配信サービスの開始後の出版社の売上は減少するのではなく、増加あるいは維持できる可能性が潜在的にはあるという結果が得られた。

これは定額配信サービスが漫画読者のすそ野を広げるからである。既存の漫画購入者の中のヘビー読者は定額配信が始まると漫画の購入を減らし、その分出版社の売上は低下する。この点は出版社の心配するとおりである。しかし、これまで漫画にお金を払ってこなかった人達が定額配信サービスのお客となることで配信収入が増え、これを埋め合わせてむしろ総売り上げを増加させる。埋め合わせの効果が想定の1/3だったとしても、売上は現状維持であり、減少するわけではない。

ただし、定額配信サービスはすべての出版社の漫画が読めるようにする必要がある。読者の側にはすべての出版社の漫画が読みたいという欲求が強い。連載中作品と最新刊をはずしても読者は定額配信に魅力を感じて利用してくれるが、特定出版社の作品しか読めないとなると、読者の利用意欲は大きく低下する。特定出版社作品だけでなくすべての出版社の作品が読めるようなプラットフォーム型の配信サービスが必要である。

なお、特に無料読者・非読者に利用してもらうためには売りこみの努力が必要であろう。非読者に使ってもらうためには、まずは体験してもらう必要があるため、契約して最初の数カ月は無料のお試し期間としてキャンセルも自由とする、また契約せずとも常時無料で読める作品をたくさん用意するなどフリーミアムで使われている手法が参考になる。スマフォゲームの経験では多数の無料ユーザがいてこそ課金ユーザが現れることがわかっている。また、幸いなことに漫画村利用者は定額配信サービスの体験者なので、これが宣伝への先兵となる。漫画村の体験者なら、「漫画村に似ているが合法的に読めるサイト」があれば彼らの間でSNS等で話題になり、それが非読者にもSNS経由で伝わると考えられるからである。ただし、これらの努力をすべて費やしても、先行する音楽の事例から考えても、全体の売上が増加するまでには一定の時間がかかることは覚悟すべきであろう20

ここまでの結果を踏まえて、政策上の含意を再度考察する。第一の含意は有力な海賊版対策である。2017年の漫画村事件は、官房長官が記者会見で述べるなど海賊版対策の必要性を世間に知らしめることになったが、同時にその対策の難しさをも示すことになった。当初検討されたサイトブロッキングは有識者会議で通信事業者や法学者からの激しい反対に出会う。サイトブロッキングは利用者の許可なく特定のサイトへのアクセスを禁止するので、通信の秘密を侵す事になるというのが反対の理由である(平井、2018越智、2018)。議論は憲法論争にまでおよび、有識者会議での議論はまとまらず、サイトブロッキングの導入はとん挫する21。ついで検討されたのはダウンロード違法化であるが、これには漫画家自身から反対が起こる22。ネット上では著作権処理をしないままの静止画が、二次創作やSNSでの交流などで大量に使われて創作活動のすそ野を形成しており、これが日本の漫画の創造性の源になってきた(Arai(2014))。これを罰則付きで禁止することはネット上での創作活動にマイナスであるというのが反対の理由である。法案は国会提出直前まで進んだが、土壇場で廃案に終わる。このように海賊版を”叩く”かたちの対策は副作用が大きく、実施が難しい。

これに対して定額配信はそのような副作用が少ない。創作者である漫画家・出版社と、漫画読者の余剰をともに増加させることができる。漫画読者にとってみると、既存の紙・電子の漫画も買える状態で、新たに定額配信サービスの選択肢が加わるのであるから、彼らの消費者余剰が増えることはあっても減ることは無い。特にこれまで漫画を読んでこなかった非読者が漫画を読むようになれば彼らの便益は余剰の純増分となる。供給側である漫画家・出版社の余剰が増えるか減るかは定額配信のコストにも依存するので必ずとはいえないが、余剰は売上の増加分だけ増加する可能性が高い。なぜならすでに各社ともに電子漫画の販売はしているので漫画の電子化は終わっており、定額配信を始めることの追加コストはわずかと考えられるからである。このように定額配信は、皆の余剰を改善するという点で効率的な海賊版対策である。政府がとる対策としては、ダウンロード違法化など副作用の多い政策を取らず、あえてなにもせず民間の努力を待つことである23。海賊版対策としての定額配信は出版社自らが乗り出して実施するものだからである24

第二の含意は、世界規模での漫画コンテンツのプラットフォーム育成の必要性である。デジタル化されたコンテンツは配信プラットフォームによって供給される。このとき、プラットフォームには利用者が増えれば増えるほどその価値が高まるというネットワーク外部性が働くため、独占化・寡占化が進行する傾向がある。たとえば、音楽ではiTunesとSpotifyが、動画ではYouTubeとNetflixが、書籍ではアマゾンのkindleが、モバイルゲームではApp StoreとGoogle Playがプラットフォーマーとして大半のシェアを握っている。漫画でも定額配信が始まれば、ネットワーク外部性が働き、世界規模のプラットフォーマーが登場すると予想される。そのとき日本の出版社がプラットフォームをつくらなければ世界のどこかの国の企業がつくり、日本の漫画産業はその配下に入ることになる。これは日本のコンテンツ産業の振興策としては残念な事態であろう。この残念な事態はモバイルゲームでは実際に起きたことである。日本は一人当たり課金額ではアメリカの2倍に迫る額を支出するモバイルゲーム大国であるが、その課金額の3割がプラットフォームを提供するアップルとGoogleに渡っている。同じ事が漫画でも起これば、国民経済としては損失になる。

また表現の自由という点からも問題がある。日本の漫画産業の隆盛の一つの理由は、政府の表現規制が弱く、表現の自由が広範に認められてきたためだという面がある。他国のプラットフォームで配信する場合、その国の規制を受けるため、これまで許された漫画表現ができなくなる恐れがある25。この表現規制は杞憂ではなく、モバイルゲームでは実際にすでに起きている問題であり、ゲーム開発者の憂うところである26。表現規制が漫画にも拡大するなら漫画文化の発展にとってマイナスであろう。例えば中国には若手の有力漫画家が育ちつつあるので、中国から漫画の定額配信のプラットフォームが現れる可能性は高い。日本に定額配信プラットフォームが無ければ、世界規模での漫画のプラットフォームは中国が提供することになり、そうなると日本の漫画も中国企業あるいは政府による審査をうけることになる。

本稿の分析はそのようなプラットフォームが遠い未来ではなく現時点でも作れることをしめしており、日本の出版業界に警笛を鳴らしていると解釈できる。漫画の定額配信のプラットフォームは、ビジネス上の、今すぐにでも現れうる課題であり、対応を急ぐ必要性を示した点が本稿の第二の含意である。

謝辞

本研究は富士通総研経済研究所からの研究資金を受けて行われた。本研究の意義を認めてご支援いただいたことに感謝する。

脚注

1 慶應義塾大学経済学部教授

2 たとえばアメリカレコード協会(RIAA)のホームページの海賊版(piracy)の調査論文リストは2012年が最後でそれ以降は追加されていない。https://www.riaa.com/reportcat/piracy-impact/ (2019/8/9確認)

3 IFPIのGlobal Music Report 2018(p11)によれば、音楽ストリーミング配信の売上増加によって、2015年以降音楽市場規模は拡大に転じている。

4 現在提供されている漫画の読み放題サービスの利用者がどれくらいいるかの信頼できる調査は無いが、おおむね漫画読者の1割以下と推定される。まず、今回の我々の調査で既存の漫画読み放題サービスを利用しているかを尋ねると利用者は漫画読者の9%であった。MMD研究所の2018年の調査では、電子書籍を利用した事のある人を分母にしたとき、電子書籍の読み放題サービスの利用経験者は12%であった。この二つの調査結果をあわせておおむね読み放題サービスの利用者は漫画読者の1割以下であろう。(MMD研究所、2018/8/30、「電子書籍の購入先、一作ずつ購入の1位は「Kindle」、定額制の読み放題サービス1位は「dマガジン」https://mmdlabo.jp/investigation/detail_1732.html) 2019/8/9確認

5 打ち消し効果が強ければ、論理的にはCD購入が減らない可能性もある。実際そのような調査結果も存在する。Jin and Oh (2019)と Nguyen et. al.(2014)はいずれもストリーミング配信の利用でCD購入は増えも減りもせず、大きな変化はコンサートへの支出が増えたことだと述べている。

6 10代はモニター数が少ないため含んでいない。漫画読者には10代の人も多いのでこの点はこの調査の限界になる。ただ、定額配信サービスは毎月課金で銀行引き落としやクレジットカード支払いが中心になるため、高校生の利用は難しく、当面は大学生以上が顧客で20代以上が中心になるだろう。

7 人口は総務省発表の人口統計を用いる。ネット利用頻度についてはNHKの調査結果を使った。NHKの調査は層別抽出での回答用紙配布方式なので、ネットモニターのバイアスがかからない。NHK放送文化研究所,2016,「2015年国民生活時間調査」、https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20160217_1.pdf , (2019/8/9確認)

8 実際に漫画購読状況を見ると、パソコンユーザの方が漫画の購入量が多くてヘビー読者が多い。後のコンジョイント分析でもパソコンユーザの方が定額配信サービスへの支払意志額が高く出る。人々の趣味をスポーツや旅行などリアル・アウトドア系と、漫画・アニメ・ゲーム等のいわゆるオタク・インドア系に分けた時、スマフォのユーザはどちらにもいるが、パソコンのヘビーユーザは後者のグループに偏るからと推測される。すなわち漫画のコアなファン層はパソコンユーザに多い。

9 総務省2017「情報通信白書」によれば、ネットに接続する時に使う端末はスマフォとパソコンがほぼ半々である。

10 今回のサンプルに先月買った漫画が連載中作品かどうか、また最新刊かどうかを尋ねたところ、紙の漫画の場合は8割、電子漫画の場合でも6割程度は連載中作品で、かつまた最新刊であるという結果が得られている。漫画の売上の大半は連載中作品の最新刊である。

11 この切れ目の1500円は、ヘビー読者とカジュアル読者のサンプルサイズがある程度を保てるように選んだものである。それ以上の論拠は無いが、この数値を1000円、あるいは2000円に変えても、以下の議論の定性的な結果は変わらない。

12 漫画喫茶で読む場合は無料とは言い難いが、出版社への直接の収入にならないと言う意味で、ここでは便宜上無料読者に含めることにする。

13 支出金額で分ける以外に読んだ冊数で分類する事も出来る。3冊未満、3冊~8冊、8以上の3分類でも分けてコンジョイントを試みたが定性的な結果は同じであった。

14 集団が異なるため支払意志額の直接比較はできないので同集団内の比率を比較する。ただし、この4集団間に所得、年齢、学歴、職種、居住地に有意な差はなく、同質的な可能性があり、その場合は支払意志額の直接の比較も可能である。

15 全出版社の作品が読めるという条件を落とすと、無料読者の定額配信の利用率は5~6割だったのが2~3割程度にまで減少する。

16 この推定は過大と言う意見があるかもしれない。この点は次の6節で実際の利用率の歩留まりを1/3とした場合を計算して考察する。

17 端数が一致しないのは0.669が丸めた数字のためである。以下同様。

18 非読者のサンプル数は200人であるが、これは非読者全体からサンプルとしてとっただけなので、この200人の配信支払額を求めても意味がない。漫画の非読者と読者の比率は、図1で見たとおり、70.6%対29.4%であった。この比率で考えると、800人の漫画読者に対しては非読者は1924人(=800*(70.6/29.4))いることになる。そこで、1924人を想定人数としてこれに利用率を乗じ、月額課金額を乗じて配信収入を求めている。

19 前提と矛盾するが、連載中と最新刊を配信する場合について計算しても結果は定性的には同じである。すなわち売上は現在水準の93万円を大きく上回る。

20 音楽のケースを見ると、Spotifyが登場したのが2006年で、ストリーミングが音楽産業の売上全体を増やすようになったのは2015年からなので、市場全体の拡大が実現するまでにほぼ10年かかっている。漫画の場合、LINEマンガをはじめとする現在の小規模な漫画定額配信が始まったのは2014年ごろなので、すでに5年が経過した。漫画が音楽と同じ道をたどるとすると、仮に現時点でSpotify並みに出版社をまたいで多くの漫画タイトルを集めた配信サービスがあったとしても、売上増加に至るまでにはあと5年はかかる計算になる。

21 日本経済新聞 2019年4月29日「「ブロッキングの章は削除すべき」海賊版対策巡り応酬」 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35360910U8A910C1000000/ (2019/8/29確認)

22 IT-Media News 2019年02月28日、「日本漫画家協会、「ダウンロード違法化」見直し求める声明発表 「丁寧で十分な審議を要望する」」https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1902/28/news099.html (2019/8/29確認)

23 そのようないわば「突き放す」政策が政策足りうるかという疑問もあるかもしれないが、産業政策での補助金や需給調整、各種規制など、やらないことが政策である、という実例は存在する。

24 政府が突き放したとして、出版社が定額配信を始めるか疑問に思う向きもあるかもしれない。しかし、その芽はある。すでに述べたように現在、出版社は自社作品でかつ過去のマイナー作品のみについての漫画定額配信を始めている。ここで、過去のマイナー作品を過去のメジャー作品にまで拡張し、複数の出版社が提携すれば本稿で提唱する定額配信になる。複数の出版社の提携は困難なように思えるが、電子雑誌では出版社をまたいだ定額配信はすでに実現されていることに留意すべきである。雑誌読み放題サービスの先陣を切ったdマガジンは出版社の枠を超えて雑誌をあつめ、2019年末時点で400誌を読み放題にしている。雑誌で出来たことが漫画単行本で出来ないということはないだろう。必要に迫られた出版社がその気になれば、出版社の枠を超えた漫画の定額配信をすることに特段の障害はないように思われる。

25 実際、日本の漫画はその表現が外国から批判されつづけてきた。日本の漫画表現が国際的な批判の対象である事は日本の漫画家には周知の事実であり、たとえば次の記事はある著名漫画家の体験を良く伝えている。BBC News 2016/3/16「国連が批判する日本の漫画の性表現 「風と木の詩」が扉を開けた」https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-35742160、(2019/8/29確認)

26 App Storeで配信するためにはアップル社の審査を通らないといけないので、ゲーム会社は審査を通るために表現を変更せざるを得ない状況にある。Business Insider Japan 2019/3/20「アップルは優越的地位を“濫用”している? 公取委が調査 ── アカウント停止、表現規制……」https://www.businessinsider.jp/post-187542、(2019/8/29確認)

引用文献
 
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