2021 年 5 巻 1 号 p. 15-31
2020年6月19日に提供が開始されたわが国の新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)は、陽性者との接触を利用者に通知することにより、利用者の行動変容を促し、感染症対策の一端を担うことが期待された。プライバシーに配慮するため、GoogleとAppleが開発したAPI(アプリ相互のやりとりに必要な接続仕様)を採用し、スマートフォンのBluetooth機能を利用して個人情報を収集しない形で接触確認する仕組みが採用された。多くのスマートフォン利用者がアプリをダウンロードすることにより、感染拡大の防止に貢献するという社会的メリットを政府は強調した。しかし、実際には2021年9月半ば時点で、延べ3千万ダウンロードにとどまっており、陽性登録率に関しては全陽性者の2.3%に過ぎない。
本稿では、新型コロナウイルス接触確認アプリCOCOAに関して、①厚生労働省が発表するデータに基づき、普及の状況とその要因解明の可能性について分析し、②中国の接触確認アプリ「健康コード」および韓国の感染者移動経路管理と比較するとともに、③2021年3月に独自に研究室で実施したCOCOAに関するアンケート調査に基づき、COCOAのダウンロードが感染の拡大状況に感応的でないこと、および信用の欠如がアプリの導入や陽性登録に大きな影響を与えている実態を把握する。社会的便益を強調しても、導入のインセンティブとはならず、個人がアプリから知覚する便益は低く、期待される社会的便益の形成とは大きく乖離していることが効果の発現を妨げていると言える。デジタル技術の活用の恩恵を社会が受けるためには、技術だけでなく、社会にどのように浸透させるかに関する戦略が不可欠であることをCOCOAは示唆している。
Japan's COVID-19 Contact-Confirming Application (COCOA), launched on June 19, 2020, was expected to play a significant role in infectious disease control by notifying users of contact with a positive person, thereby encouraging them to change their behavior.
In order to ensure privacy, an API developed by Google and Apple was adopted to confirm contact without collecting personal information, using the Bluetooth function of smartphones. The government emphasized the social benefits of having a large number of smartphone users download the application, thus contributing to the prevention of the spread of infection. However, in reality, as of mid-September 2021, only a total of 30 million downloads have been made, and the positive registration rate is only 2.3% of all positive cases.
This paper firstly analyzes the diffusion of COCOA based on data published by the Ministry of Health, Labor and Welfare (MHLW) and the possibility of elucidating the factors behind its spread. Secondly, it highlights a trade-off between privacy and ICT applications' effectiveness by referring to the Chinese contact confirmation app "Health Code" and South Korea's infected person travel route management. Thirdly, it shows that COCOA downloads are not sensitive to the spread of infection and that lack of trust has a significant impact on app adoption and positive registration, based on a questionnaire survey conducted in March 2021.
It is indicated that the app does not provide users with incentives for adoption only by emphasizing social benefits. Namely, the app's perceived benefits are too low to formulate the expected social benefits, which hinders the program's effectiveness. Underutilization of COCOA suggests that for a society to benefit from a social application, technology alone is not enough and a strategy for diffusion is needed.
わが国では、通信インフラの整備が進む一方で、社会におけるデジタル技術の活用は諸外国に後れを取っている。社会経済活動を維持するうえで、デジタル技術が社会で活用され機能するために必要な法的、社会的、経済的制度が十分に機能していないことは、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに明白となった。テレワークやオンライン会議は、混乱の中、BCPのツールとして急速に利用が進んだものの、これらは新型コロナウイルスの感染とは関係なく、ICTを活用した多様な働き方、あるいはICTを活用した場所に拠らない、すなわちロケーションフリーな業務遂行の手段として以前より活用が期待されていた。特にテレワークは、インターネットの黎明期からその活用のメリットが繰り返し唱えられていたが、これまでわが国で活用されてきたとは言いがたい。コロナ禍においてはじめて真剣に導入が進められた社会アプリケーションのひとつである。
他方、デジタル技術の活用によって、感染拡大そのものを抑えていく方法も各国で試みられた。感染の時期や感染拡大の速度は国によって異なり、また感染拡大をコントロールするためのデジタルツールがもともと存在していたわけではないため、国によってその方法は異なり、効果も多様となった。接触確認アプリに関する有識者検討会合(2020)によれば、各国のデジタルツールは使用目的に応じて、①接触度に応じた施設や地域への立ち入り制限・感染者隔離のためのツール、②公衆衛生当局による濃厚接触者の把握のための補完ツール、および③通知を受けた接触者の行動変容による感染拡大防止の個人向けのツール、の3つに分類され、後者になるほどプライバシーにより配慮したツールとなっている。どのような手法をとるにせよ、感染者、濃厚接触者、あるいは行動ルートの特定には、個人の情報の収集と活用が不可欠である。個人情報を収集・活用すれば、必ずプライバシー保護との軋轢が生じる。すなわち、社会の安全のために個人のプライバシーを犠牲にするか、逆に、個人のプライバシーを優先して個人情報の活用を抑制し、社会の安全を第一とするか、いずれかを選択する必要に迫られる。言い換えれば、社会やコミュニティの安全を犠牲にして、個人のプライバシーを護るべきかという問題に帰着する。
わが国では、新型コロナウイルス接触確認アプリCOVID-19 Contact-Confirming Application (COCOA)が開発され、2020年6月19日に提供を開始した。上記の分類では③に相当し、利用者の同意とプライバシーへの配慮が特に強調された。提供開始の前日には、当時の安倍内閣総理大臣が会見の中で、『オックスフォード大学の研究によれば、人口の6割近くにアプリが普及し、濃厚接触者を早期の隔離につなげることができれば、ロックダウンを避けることが可能となります』 3(首相官邸, 2020)と述べ、国民にアプリの導入を促した。同年7月16日より陽性者登録が可能になり、同アプリは本格的に稼働することとなった。
導入当初はダウンロード数は順調に推移したと言える。App Ape Lab. (2020, 2021)のデータによれば、Android およびiOSの両アプリ市場において、COCOAのローンチ以降、8月末まではほぼ1位を維持し、その後も変動を繰り返しながらも比較的上位を維持している。厚生労働省(2020a)は、サイトに毎日のダウンロード数および陽性登録件数を公表した。しかし、当初順調と見えたCOCOAの導入も、接触確認による感染抑止の観点からは、十全な効果を発揮したとは言えない。アプリの不具合があったこともその理由の一つであるが、最大の理由は、アプリをインストールしても利用者にとって注目に値する感染者接触の情報を提供できなかったこと、それによりアプリ導入の効果を認識できなかったこと、さらにより本質的には、政府に対する信用が薄く、アプリの導入や陽性情報をアップする十分なインセンティブに欠けたことなどの影響が大きい。そのため、提供開始直後に新規ダウンロード数はピークを迎えたのち、低迷を続けた。また、陽性者の登録も任意とされたため、実際に登録する陽性者数は限られ、陽性者登録数は実際の陽性者数のうち数パーセントに過ぎない状況が続いた。
アプリに陽性登録する陽性者が少なければ、アプリでとらえることのできる接触は限られる。そのため、アプリの効果は極めて限定的となった。実際の陽性者数を的確に反映したデータに基づき利用者に接触情報が通知されれば、利用価値は高まる。その結果、より多くの人びとにアプリ利用のインセンティブが生まれる。逆に、実際にCOCOAがそうであったように、限られた数の陽性者しか陽性者登録をしなければ、アプリ利用の価値は生まれない。その点で、この種の接触確認アプリには、ネットワーク効果が働いており、その効果を発現するに至らなかったと言うことである。
本稿では、このような状況に鑑み、わが国の接触確認アプリCOCOA の普及と活用に関する課題を精査し、韓国や中国における事例も参考に、アプリ活用の効果とプライバシー保護とのトレードオフを経済学的視点から概説する。次いで、COCOAの普及状況を公開データの分析から解説し、感染に関する諸指標との関連性を分析する。さらに、筆者らが独自に行った調査から、アプリを導入するか否かの意思決定に与えた要因について考察する。
新型コロナウイルス感染拡大の初期において、感染拡大を防止するためには、感染者の行動を把握し、接触した人を洗い出し、隔離することが最も効率的である。その目的のためには個人情報の取得および利用が不可欠であり、その方法や処理に関して、各国の対応は分かれた。上記有識者検討会合に提出された新型コロナウイルス感染症対策テックチーム事務局資料(2020)によれば、前節の3分類の①に該当する国としては、中国、韓国、台湾などが挙げられ、感染者を含めた個人の動向が把握できる形で個人情報を取得している。他方、③のカテゴリーに属する国としては、ドイツ、スイス、エストニア等が挙げられ、プライバシーに配慮し、当局は濃厚接触者を特定しない形で情報の処理が行われている。
まだワクチンが導入される前の世界的な感染拡大初期において、プライバシーに配慮しない形で感染者情報及び行動情報を活用した国では、概してデジタルツールによる感染防止効果が発揮されたと言える。当然ながら、政治体制、トップダウンあるいは合意形成重視か、組織の階層重視かあるいは平等重視か、などによってその効果の発現度は異なる。日本では、他の多くの自由主義諸国と同様に、プライバシーに配慮し、個人情報を取得しない形でアプリ開発が進められた。本稿では開発の経緯等については触れないが、アプリの特徴として、以下の2点が挙げられる(厚生労働省, 2020a):
また、接触履歴などの情報は政府を含めどこにも送信されず、自分のスマホの中のみに暗号化して記録され、さらには、電話番号、位置情報など個人が特定される情報は記録されず、どこで、いつ、誰と近接したか、互いにわからない。近接に関する情報(ランダムな符号)は端末内のみで保持し、14日経過後に自動で無効となる。利用の同意はいつでも撤回し、アプリを削除して、記録を消去できる (厚生労働省, 2020a)といったように、プライバシーへの配慮を強調した仕様となっている。
個人の所有するスマートデバイスで現在最も普及が進んでいるのはスマートフォンであり、個人間の接触や行動を確認するためには、スマートフォンに依拠することが最も効率的である。GoogleとAppleという2大OSが協働してAPIを開発したことは、接触確認アプリの開発に大きな影響を与えたと言える。
このAPIを利用すれば、スマートフォンのほぼすべてをカバーすることが可能である。XDA News (2021)によれば、2021年2月25日時点で、このAPIを採用してアプリを提供している国は、39か国に及んでいる。しかし、同APIを採用して接触確認アプリを提供している国が必ずしも効果的に新型コロナ感染拡大を制御しているとは言えない。表-1には、これら39か国において導入されている接触確認アプリ名称と、Lowy Institute(2021)が発表するパンデミックの制御達成度(Covid Performance Index)の国別順位とスコア(100点満点)を重ねている。なお、米国は州ごとに対応が異なり、同時点で26の州のみが同APIを採用してアプリを提供しているので、順位とスコアのみを表の下段に記載している。102か国を対象として順位付けされているが、表1の最後の行にあるように、同APIを採用した国の順位の平均は、ほぼ50であり、平均スコアも50を若干下回るレベルである。単純な計算ではあるものの、このことから、同APIを採用した国において、感染制御が特段進んでいるとは言えないことがわかる。接触確認アプリと各国のコロナ対応との因果関係を同定するものではないが、少なくとも、同APIの採用が感染対策にプラスに働いているという証左は得られない。すでに述べた通り、同APIは個人情報を収集することなく、陽性者との接触を通知する機能を有するが、プライバシーへの配慮という「意識の高さ」は、感染対策の成功には結びついていないことが示唆される。
国 | アプリ名称 | 感染制御の 達成度 |
||
順位 | スコア | |||
1 | オーストリア | Stopp Corona | 41 | 52.8 |
2 | ベルギー | Coronalert | 70 | 36 |
3 | ブラジル | Coronavirus – SUS | ||
4 | カナダ | COVID Alert | 60 | 40.2 |
5 | クロアチア | Stop COVID-19 | 52 | 46.8 |
6 | キプロス | CovTracer-EN | ||
7 | チェコ共和国 | eRouška | ||
8 | デンマーク | Smittestop | 25 | 61.8 |
9 | エクアドル | ASI | 98 | 14.1 |
10 | エストニア | Hoia | 10 | 75.6 |
11 | フィンランド | Koronavilkku | 18 | 69.3 |
12 | ドイツ | Corona-Warn-App | 55 | 46.1 |
13 | ジブラルタル(英領) | Beat Covid Gibraltar | ||
14 | ギリシア | Exo | 33 | 58.7 |
15 | アイルランド | Covid Tracker | 43 | 51.2 |
16 | イタリア | Immuni | 68 | 37.5 |
17 | 日本 | COCOA – COVID-19 Contact App | 48 | 47.4 |
18 | カザフスタン | Saqbol | 45 | 49.3 |
19 | ラトビア | Apturi Covid Latvia | 9 | 77 |
20 | リトアニア | Korona Stop LT | 19 | 69 |
21 | マルタ | COVID Alert Malta | 15 | 73.1 |
22 | オランダ | CoronaMelder | 75 | 34.3 |
23 | ニュージーランド | NZ COVID Tracer | 2 | 93 |
24 | 北アイルランド | StopCOVID NI | ||
25 | ノルウェー | Smittestopp | 21 | 68.8 |
26 | パナマ | Protégete Panamá | 94 | 20.8 |
27 | ポーランド | ProteGO Safe | 73 | 34.9 |
28 | ポルトガル | STAYAWAY COVID | 62 | 39.4 |
29 | ロシア | Госуслуги.COVID трекер |
78 | 33.4 |
30 | サウジアラビア | Tabaud | 63 | 39.3 |
31 | スコットランド | Protect Scotland | ||
32 | スロベニア | OstaniZdrav | 34 | 58.3 |
33 | 南アフリカ | COVIDConnect | 86 | 26.8 |
34 | スペイン | Radar COVID | 80 | 32.7 |
35 | スイス | SwissCovid | 54 | 46.4 |
36 | 英国 | NHS COVID-19 | 74 | 34.4 |
37 | バミューダ(英領) | WeHealth Bermuda | ||
38 | ジャージー (英王室属領) |
Jersey COVID Alert | ||
39 | ウルグアイ | Coronavirus UY | 12 | 74.9 |
平均 | 48.9 | 49.8 | ||
米国 | 96 | 18.8 |
注:中国は除く。順位およびスコアが空白の国は、Lowy Insititute データに記載がない国である。
順位は102 か国中、スコアは100 点満点である。スコアの計算は、Lowy Institute(2021)を参照。
米国は州ごとに対応が異なり、26の州が同APIを採用してアプリを提供している。そのため順位とスコアのみを表の下段に別記している。
(出典)Lowy Institute(2021)およびXDA News(2021)より著者作成。
つまり、アプリの効力という点からは、プライバシーへの配慮は効果がないことが読み取れる。プライバシーへの配慮を強調することにより人びとの抵抗感が減ることによって、アプリの普及が進み、陽性者との接触が捕捉され、結果的に感染対策が進展するというシナリオは、実際には実現しなかったのである。
順位の高い国に共通して言えることは、政府が強いリーダーシップを発揮するあるいは政府が国民から厚い信用・信頼を得ている点であろう。ニュージーランド(2位)では、感染発生がわかると、即座にロックダウンを行う。また、ラトヴィア(9位)、エストニア(10位)、フィンランド(18位)などのバルト海諸国はデジタル活用が進んでおり、また総じて政府への信用が厚い4。リーダーシップと政府へのトラストが感染対策の効果に強い影響を与え、またこうしたアプリの効力を高めることが窺える。なお、新型コロナウイルス感染対策アプリの国際比較についてはAltman (2020)、欧州における接触確認アプリの採用については、Jacob & Lawarée (2021)を参照されたい。
2.2.接触確認に関する日-中韓比較個人情報の収集利用およびプライバシー保護の観点で、対極にあるのが中国および韓国であろう。自宅待機、ロックダウン、国境封鎖などの感染拡大対策は多くの国で共通しているが、政府がどのようにして国民を説得したり、強制したりするかは、その国の政治システムの性質を反映していることが多い。Lowy Institute(2021)の分析では、政治体制が権力的であるほど、感染初期および復興期における対策が効果的となったことが示されている。
韓国では、スマートシティデータハブ(Smart City Data Hub)と呼ばれるビッグデータプラットフォームを活用した疫学調査支援システムの使用が2020年3月に開始された。Lee (2020)によれば、同システムは疫学的調査を目的としており、必要なデータをリアルタイムで分析し、人びとの移動同線、時間帯別滞在時間などを自動で把握する技術であり、COVID-19 Smart Management Systemとも呼ばれている。
実際の行動把握は、位置情報やクレジットカード利用履歴情報を利用し、また新型コロナウイルス確定診断者の面接調査により収集された情報によって行われる (Smart City Korea, 2020)。政府は、「感染予防法」を根拠に個人情報を収集しているが、これは2015年のMERS感染拡大以降、正確な疫学調査の必要性が高まったことで、例外的な場合に限り個人情報を活用できるように改正したことによる。
韓国における感染者情報管理の特徴は、コロナマップ (Coronamap, 2020)などの専用サイトや自治体のウェブサイト上に感染者の確定診断番号、感染経路、確診日、居住地、移動経路などの情報が公開され(例えば、ソウル市, 2020)、またSNSなどを通じて、これらの情報は拡散されたことである。
感染者のプライバシーが侵害され、また移動経路上の店舗等が明らかにされることによって営業被害が生じるなどの問題がしばしば発生したことは周知のとおりであるが、特に感染初期においては、一般市民にとって行動上注意すべき情報が与えられるという点において、ある種の「安心」の材料が提供された。人びとを不安に陥れる最大の要因は情報不足であり、感染者のプライバシーと引き換えに、一般市民に安心を提供したと見做すことができる。
他方、中国では、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、深圳において自主登録プラットフォームが2020年2月に導入された。深圳への来訪者、深圳に戻る者、体調不良の者、自宅検疫中の者、および感染者あるいは感染が疑われる者との接触があった者に関し、接触情報、住居属性、移動経路、症状その他の情報を登録することが主要な機能である(Shenzhen Government Online, 2020)。
このアプリは“防疫健康码”(健康コード)と呼ばれ、中国で最も一般的なSNSであるWeChatに組み込まれることで急速に普及した。さらに2月末には“国家版”健康码(健康コード)が立ち上げられ、健康コードに関する技術仕様が公開され、このプラットフォームに依拠し、各地域の健康コードが結合された。
政治体制が異なる中国のアプリ活用と直接的に比較することはできないが、文化的・社会的・制度的相違に加え、迅速な開発と導入、大半の国民がすでに利用しているWeChatを活用したこと、国によるプラットフォームの提供は、急速な普及とビッグデータ化を促し、感染管理のための社会的プラットフォームとして機能したと言える。さらに、社会が健康コードを活用し、公共交通機関や商業施設等の利用、マンションへの出入り、学校への入構等に際して、一種の許可証のような形で活用された。
個人のプライバシーは配慮されない代わりに、その活用は国民に「信用」という便益を与えたのである。すなわち、国民の大多数がアプリを利用することにより、相互依存性(ネットワーク効果)が働き、結果的に利用者にとって便益が増大し、プライバシー懸念などの「コスト」要因を超越したと解釈できる。
韓国および中国の感染管理のデジタル活用を要約すると、韓国では、感染者情報を社会で共有するため、地方自治体が感染者情報を公開した。感染者情報の完全な提供が、社会における「透明性」「安心」形成の手段となった。中国の健康コードは、もともと深圳へ出入りする人の健康管理の手段として導入された。非感染を保証するための手段として社会において活用された。人びとの行き過ぎた管理、アプリ情報の不透明性が問題になったものの、中国では接触確認アプリが社会における「信用」形成の手段となった。両国においては、デジタル技術の活用方法に相違はあるものの、個人情報を収集し、プライバシーを犠牲にしてそれを活用あるいは公表することによって、社会の信用や安心を形成した。
わが国の接触確認アプリCOCOAの普及に関する基本的統計である「ダウンロード数」および「陽性登録件数」は厚生労働省から公開されている(厚生労働省, 2020a)。COCOAの導入については、さまざまトラブルが報道されているが、このデータについても、極めて不完全と言わざるを得ない。COCOA導入から2021年3月末までは、日々のデータが公表されていた。毎日数値を更新するものの、都度データが更改されてしまい、データの蓄積がないという問題があった。土日祝祭日のデータは公表されず、次の平日に合算されて公表されるため、毎週末と翌月曜日、祝祭日と翌平日のデータは時系列分析に利用できない。しかも、集計にも不安があり、例えば、2020年11月19日に突然陽性登録件数が1.57倍に跳ね上がり、翌日に、集計するシステムのプログラムに不具合があったとして、同データの全面的な修正を公表した(厚生労働省, 2020年11月20日)。2021年4月以降は、週ごとの集計データ公表に変更され、現在に至っている。
厚生労働省にはオープンデータ(厚生労働省, 2020b)があり、新型コロナウイルス関連では、新規陽性者数、入院治療等を要する者の数、死亡者および重傷者数、PCR検査実施人数などの日別データが公表され、蓄積されている。これらのデータに比べ、COCOA関連データの公表の方法については、問題があると指摘せざるを得ない。ただし、公にされているデータは他にはないので、以下ではこのデータを利用して、簡単な分析を試みる。
3.2.ダウンロードや陽性登録は感染拡大の影響を受けているか -公開データに基づく分析上述の通り、2021年4月より集計方法が変更されたので、それ以前、すなわち陽性登録が開始された7月16日以降、2021年3月31日までのデータを週単位に集計して用いる。この間、2021年1月8日から3月21日まで、1都3県に2回目の緊急事態宣言が発令されている。
まず、COCOAの新規ダウンロード数と陽性登録者数の推移を見てみよう。新規ダウンロード数の推移は図1に示されている。2020年8月初旬にピークに達した後に右下がりとなり、9月以降ほとんど変化がない。そのため、ダウンロードの総数はゆるやかな上昇を見せている。他方、新規陽性登録者数は、第2回緊急事態宣言が発令された直後にピークを迎えている。2021年3月31日時点で、総ダウンロード数は2,653万件、総陽性登録者数は12,068人となっている。同日時点での累積陽性者数は450,085人であるので、COCOAに陽性登録した陽性者は約2.6%となっている。残りの97.4%の陽性者の動向はCOCOAに捕捉されていないということだ。新型コロナウイルスの陽性が判明した場合、本人の同意のもと、本人によってのみアプリに登録が行われる。地域の保健所から連絡を受けた際に登録の意思が確認され、同意を得た陽性者にのみ「処理番号」が通知され、登録が可能となる。そのため、感染時に登録の意思が明確でなければならず、陽性登録者はおのずと限定される。
図1.週ごとのCOCOA 新規ダウンロード数
(出典)厚生労働省(2020a)に基づき筆者作成
図2には、週ごとの新規陽性登録者数の推移が示されている。計測期間において、陽性登録数は1月初旬まで漸増しているが、第2回緊急事態宣言発令の後に減少に転じている。
では、ダウンロード数および陽性登録者数は、感染に関するその他の指標とどのような相関があるであろうか。利用可能な統計データとして、陽性者数(週間、累積)、PCR検査件数(週間、累積)との関係を例にとり説明しよう。週間の新規ダウンロード数および陽性登録者数を被説明変数とし、累積ダウンロード数(週間新規あるいは累積)、新規陽性者数(週間新規および累積)、PCR検査数(週間新規および累積)、および緊急事態宣言の有無(ダミー)を説明変数として、重回帰分析を行った。表2および表3には、モデルと結果の概略を示している。詳細な分析結果については、Mitomo, Otsuka & Kamplean (2021)を参照されたい。
図2.週ごとの新規陽性登録者数の推移
(出典)厚生労働省(2020a)に基づき筆者作成
モデル | 累積ダウンロード数 | 週間新規陽性者数 | 累積陽性者数 | 週間PCR検査数 | 累積PCR検査数 | 緊急事態宣言 (ダミー) |
(D-1) | ✓ (+) |
✓ (-) |
✓ (+) |
|||
(D-2) | ✓ (-) |
✓ (+) |
✓ (-) |
✓ (+) |
||
(D-3) | ✓ | ✓ (-) |
✓ (+) |
✓ (+) |
||
(D-4) | ✓ | ✓ (+) |
✓ (-) |
✓ (+) |
各回帰式において、✓をつけた変数がモデルを構成する説明変数となっている。影をつけた太字の変数が有意水準5%で有意。括弧内は回帰係数の符号。
分析にあたっては、系列相関と多重共線性について検証を行い、系列相関に対処するためにコクラン・オーカット法による分析を行った。
モデル | 週間新規ダウンロード数 | 累積 ダウンロード数 |
週間新規陽性者数 | 累積陽性者数 | 週間PCR検査数 | 累積PCR検査数 | 緊急事態宣言 (ダミー) |
(P-1) | ✓ (-) |
✓ (+) |
✓ (+) |
✓ (-) |
|||
(P-2) | ✓ (+) |
✓ (+) |
✓ (+) |
✓ (+) |
✓ (-) |
||
(P-3) | ✓ (+) |
✓ (+) |
✓ | ✓ (+) |
✓ (-) |
||
(P-4) | ✓ (+) |
✓ (+) |
✓ (+) |
✓ | ✓ (-) |
各回帰式において、✓をつけた変数がモデルを構成する説明変数となっている。影をつけた太字の変数が有意水準5%で有意。括弧内は回帰係数の符号。
分析にあたっては、系列相関と多重共線性について検証を行い、多重共線性に対処するためにリッジ回帰を行った
週間ダウンロード数に関しては、説明変数との間に、説明可能かつ有意な関係を見出すことはできなかった。すなわち、週間PCR検査数や週間新規陽性者数によって示される、各時点での感染の拡大状況の深刻さに呼応して、COCOAをダウンロードするという仮説は成り立たないことが示された。
新規陽性登録者数に関しては、ほぼすべてのモデルにおいて仮説と整合的な結果が得られている。すなわち、新規ダウンロード数、週間PCR 検査数と正の相関を示している。これらの指標は、感染拡大の深刻度を表していると見做すことができ、陽性登録数に反映したと考えることができる5。また、緊急事態宣言ダミーはすべてのケースで負の相関を示している。ここでは、2回目の緊急事態宣言のみデータに反映されているが、緊急事態宣言によって人びとの行動が制限され、結果として陽性登録者数の減少という形でその効果が現れたと解釈することができる。緊急事態宣言自体は、感染が急速に拡大される局面で発出されるが、2回目では宣言慣れした状況ではなく、またこの間、陽性と判明した新規感染者の陽性登録率に変動があったわけではないので、宣言の結果として、陽性登録数に有意に負の影響を与えたと考えられる。その意味において、緊急事態宣言が感染拡大の防止にマクロ的には効果があったと言うことができるであろう。
COCOAの総ダウンロード数は、感染の状況に依存することなく微増の状況が続いており、2021年9月17日時点におけるダウロード数は3,016万件に過ぎない。前節において示した計量モデルの結果から示唆されるように、アプリのダウンロード数は感染状況を全く反映していない。
COCOAはプライバシーに最大限の配慮をした一方で、ダウンロードおよび陽性登録を任意としたため、両者の数は人口(スマートフォン普及台数)および陽性者数に比べ低く、接触確認アプリとしての効果を発現する状況にはない。しかし、単にダウンロードあるいは登録を任意にしたことが、低迷の原因であろうか。その背景には、アプリや政府に対する「信用」の欠如といった問題があるのではなかろうか。こうした問題意識のもと、研究室では、2021年3月中旬に首都圏を対象に、調査会社を用いたウェブアンケート調査を行った。COCOAをインストール済みおよび未インストール6の回答者データを同数(516件)集め、分析を行った。調査の目的は、「信用」が官製アプリであるCOCOAの導入にどのような影響を与えるかを確認することにある。調査概要と回答者の基本属性は表4に示されている。
調査方法 | 調査会社のパネルを用いたWEBアンケート調査 | |
調査主体 | 早稲田大学アジア太平洋研究センター・三友研究室 | |
実施期間 | 2021年3月中旬 | |
対象地域 | 東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県 | |
回答者数 | 1,032件(COCOAインストール済:516件、未インストール:516件) | |
回答者の基本属性 | ||
年齢(歳) | 平均 | 42.9 |
最小年齢 | 16 | |
最高年齢 | 89 | |
男女比(%) | 男性 | 53% |
女性 | 47% | |
居住する都県(%) | 東京都 | 41% |
神奈川県 | 26% | |
埼玉県 | 17% | |
千葉県 | 16% | |
最終学歴(%) | 中学 | 3% |
高校・高専 | 24% | |
専門学校・短大 | 19% | |
大学 | 49% | |
大学院 | 6% |
ここでは集計結果の一部を用いて、COCOAのインストール済みの者と未インストールの者との間にどのような相違があったかについて述べたい。表5に示した結果から、未インストールグループでは、COCOAに対して、「必要性を感じない」とする回答者が半数以上を占めた一方で、インストール済みグループでは23%にとどまり、有意に差があることが分かった。また、「普及すべき」「活用すべき」と答えた割合は未インストールグループでそれぞれ20%、15%であり、インストール済みグループの47%、45%に比べ、有意に低い割合となっている。
COCOAが普及しない理由としては、表6に示したように、アプリや政府、セキュリティに対する不信感が、宣伝不足や補助金がないことに比べ、両グループともに高い割合を示した。特に「アプリへの不信」はインストール済みグループでも6割以上が普及しない理由として捉えている。「政府への不信」は両グループにおいて4割を超えており、グループ間で有意な差はなかった。注目すべき点として、「補助金がない」ことを理由として挙げる割合は両グループとも12%に過ぎず、このことから金銭的インセンティブはアプリダウンロードの誘因とはならないことが示唆される。
陽性登録しない理由(ただし、実際に陽性になったわけではないので、意向を確認している)も同様に、アプリや政府、セキュリティに対する不信感が根強く、宣伝不足や補助金がないという理由を大きく引き離している(表7参照)。このことから、アプリをダウンロードしないあるいは陽性登録しない理由としては、一連の施策に対する不信感の存在の影響が大きいことがわかる。
未インストール | 有意差 | インストール済み | 有意確率 | |
必要性を感じない | 56% | > | 23% | 0.00 |
普及すべき | 20% | < | 47% | 0.00 |
活用すべき | 15% | < | 45% | 0.00 |
宣伝すべき | 19% | 23% | 0.17 |
(出典)独自のアンケート調査の集計結果に基づく
未インストール | 有意差 | インストール済み | 有意確率 | |
アプリ不信 | 75% | > | 63% | 0.00 |
強制力がない | 55% | > | 36% | 0.00 |
政府不信 | 46% | 43% | 0.87 | |
セキュリティ不信 | 41% | < | 48% | 0.02 |
宣伝をしていない | 23% | > | 18% | 0.08 |
補助金がない | 12% | 12% | 0.93 |
(出典)独自のアンケート調査の集計結果に基づく
未インストール | 有意差 | インストール済み | 有意確率 | |
アプリ不信 | 58% | 54% | 0.17 | |
強制力がない | 57% | > | 44% | 0.00 |
政府不信 | 39% | 42% | 0.34 | |
セキュリティ不信 | 42% | < | 45% | 0.08 |
宣伝をしていない | 15% | 13% | 0.93 | |
補助金がない | 11% | 11% | 0.92 |
(出典)独自のアンケート調査の集計結果に基づく
図3(1)および図3(2)には、アプリをインストールした理由およびインストールしない理由について、単純集計した結果が示されている。実際にアプリをインストールした回答者から得られたインストールの理由としては、「濃厚接触がわかるため」「安心したいため」といった自己の安心感を得ることや、「知人や友人にうつしたくないため」「世のため社会のため」といった他人を慮る利他的な動機が見て取れる。他方、インストールしていない回答者からは、「個人情報が漏洩することが怖いため」といった漠然とした恐怖心のほか、「面倒くさいため」「特に理由はない」といったアプリを導入する動機不足が顕著にみられる。
図3(1).インストールした理由
(出典)独自のアンケート調査の集計結果に基づく
図3(2).インストールしない理由
(出典)独自のアンケート調査の集計結果に基づく
これまで住基カードやマイナンバーカードの導入においても課題とされたように、わが国では国による個人情報の管理を忌避する傾向が強く、また総じて手続きが煩雑で分かりにくく、国民にとってメリットを感じにくいシステムが導入されてきた。こうした経験を反映してか、COCOAは官製アプリでありながら、個人情報を一切収集しないこと、およびダウンロードも陽性者の登録も任意であることを強調して導入された経緯がある。その結果、プライバシーは護られるものの、利用者がアプリから得られる情報が限られ、濃厚接触があった場合には接触日と件数のみが知らされ、濃厚接触者が必要とする時間と場所は特定できないため、接触確認の手段としても不十分である。アプリを導入することによって期待できる便益は小さく、インストールすることのインセンティブが不足しているため、特に理由なく、あるいは面倒くさいのでインストールしないという反応が生まれる。
この点は、上述の韓国や中国とは対照的である。プライバシー保護は重要であるが、接触を確認する際に人びとが必要とする情報を提供できないことが、アプリの期待便益を著しく低下させ、逆に、個人情報の漏洩不安といった心理的コスト要因が知覚されてしまう。さらに、政府への信用・信頼の欠如が、アプリへの不信感を拡大する。その結果、インストールも陽性登録も任意で義務も強制力もないため、普及のためのドライバーが欠如しているのである。
言うまでもなく、COCOAのような社会アプリは、普及すれば社会に相応のメリットをもたらすと期待される。その点は、導入開始時の首相会見で強調されたとおりである。接触確認アプリの検知力は利用者数に依存し、理論上、接触数(利用者間のリンク数)は利用者数の2乗に比例するので、より多くの利用者を早期に集めることが重要となる。ある程度の普及率に達すれば、利用者間にネットワーク効果が働くことが期待される。すなわち、より多くの人びとがアプリを導入することによって感染の検知率が上がり、検知率が上がればそれをメリットと認知して、さらに多くの人びとがアプリを導入するという相乗効果が生じるはずである。その結果、社会全体として、感染を制御する手段として有効に機能するというシナリオを描くことが可能となる。しかし、社会的メリットを強調しても個人が知覚する便益が欠如していれば、インストールするインセンティブを持ちにくい。家族や周囲の人に対する利他的なインセンティブに頼らざるを得なくなる。
現在公表されているデータは限定的でデータベースとして不完全ではあるものの、7月16日以降収集したデータに基づき、普及の状況を概観し、感染拡大に関連する他の指標との相関等を確認した。さらにアンケート調査の結果から、COCOAを導入、活用することから期待される社会的効果と個人が知覚する便益との間に乖離が生じていることを指摘し、わが国の新型コロナウイルス接触確認アプリの普及上の課題を明らかにした。
社会において個人が平時活用できないアプリから形成される便益は低く、期待される社会的便益を形成するための誘因とはならなかったこと、さらに陽性者の登録が任意であり極めて限られた数の登録にとどまっていることが効果の発現を妨げている。また、国により社会体制やプライバシー保護のあり方に相違はあっても、新型コロナウイルス感染管理のためのデジタル活用が機能した国の経験を参考にすることも情報として重要である。
本稿では、わが国と対照的な事例として韓国と中国を取り上げたが、中国では、その前身となる自主登録プラットフォームが2020年2月に深圳において提供が開始されるなど、迅速な開発と導入が進められた。また国民の大半が利用しているWeChatに組み込まれ、人々の移動の可否の判断等に健康コードを積極的に活用したことから、社会が同アプリへの依存性を高めた。政府は国家版健康コードプラットフォームを構築し、地域の健康コードが結合されたため、データネットワーク効果が働き普及を加速した。韓国ではアプリに依存せず、自治体の情報公開が最も有効な情報提供として定着した。他方わが国では、プライバシー懸念から匿名性への関心が強く、利用者の便益を発現させるメカニズムを政策に組み込むことに関しては極めて無頓着であった。その結果、データを見る限り、ダウンロード数は一定の増加を見せているものの、感染者の登録数が極めて低く、アプリの効果が発現されているとは言えない状況が続いていることが明らかになった。
ではCOCOAには活用の途がないのであろうか。筆者は、全国的な接触確認アプリの普及ではなく、ローカルな活用から進めれば、有効な利用ができると考える。例えば、観光が主要な産業となっている離島などで、首長のリーターシップなどにより住民の大半が接触確認アプリを導入し、かつ来島者にアプリの利用を条件づければ、万一陽性者が出現しても、濃厚接触の管理は相当程度可能であろう。そこで重要なのは強制力ではなく、リーダーの信用である。信用が成り立っているコミュニティでは、社会的なすなわちコミュニティの便益をより身近なこととして知覚できるのではなかろうか。目的を共有することによっても同様のことが言え、特定のイベントなどでも陽性者が発生した場合に、接触の状況を効果的に把握することができる。
デジタル技術の活用の恩恵を社会が受けるためには、技術を高めるだけでなく、社会にどのように浸透させるかに関する戦略が不可欠である。マクロ的には普及率で表されるが、ミクロ的には利用するという個人の意思決定の問題である。懸念を払拭して個人情報を提供しアプリを導入するためには、誘因の提供あるいはすぐれた動機づけが必要である。単に社会的なメリットを強調することだけでは不十分であることはCOCOAにおいて確認された。COCOAで明らかになった課題に対処することは、わが国において遅れているデジタル活用を促進するための有効な手段の1つとなり得るであろう。直近の課題では、ワクチン接種証明や陰性証明のデジタル化が控えている。すでに諸外国からは後れを取っているが、接種できない人びとについて十全な対策を施したうえで、ワクチンを接種したことの便益を社会が享受する枠組みを戦略的に構築しない限り、デジタル活用は覚束ない。ここでも政策的リーダーシップと信用・信頼の醸成が必須となろう。
1 本研究は、大塚時雄(秀明大学)およびArtima Kamplean(早稲田大学)との共同研究の成果の一部である。両氏には本誌への寄稿を許諾いただいた。また、本稿の執筆に際して、宍戸常寿教授(東京大学)より有益な示唆をいただいた。記して感謝の意を表したい。
2 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
3 ただし、これは誤った解釈であるとの指摘がある。例えば、平和博(2020)を参照。
4 例えば、World Happiness Reportにおいてフィンランドが3年連続で世界一になったことに関連して、フランク・マルテラ(Aalto大学)は「国民の政府への信頼が厚く、政府も国民の期待に応えられるようによりよいサービスを届けようとする好循環があります」(WIRED, 2021)と述べている。
5 2021年7-9月の第5波感染拡大においても、アプリのダウンロード数のトレンドに変化は見られないが、陽性登録者数は大きく増加している。
6 調査では「ダウンロード」に代わり「インストール」という表現を用いた。単にサイトからダウンロードするだけでなく、スマートフォン上で機能させる点を強調した。