2024 年 8 巻 1 号 p. 109-122
第213回通常国会において成立した「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律」は、インターネット上のSNSや掲示板といった情報流通プラットフォームにおける権利侵害等に対処するため、大規模なSNS事業者等を「大規模特定電気通信役務提供者」として指定し、①削除対応の迅速化、②運用状況の透明化を図るための義務を課す等の措置を講ずるものである。
具体的には、①削除対応の迅速化として、大規模特定電気通信役務提供者は、SNS等において、自己の権利を侵害されたとする者から削除の申出を受け付ける方法を公表し、必要な体制を整備して削除についての調査を行うとともに、一定期間内にその結果等を申出者に通知しなければならないこととする。
また、②運用状況の透明化として、大規模特定電気通信役務提供者は、削除等の実施に関する基準を策定・公表し、削除等を行ったときは、その旨及びその理由を発信者に通知するとともに、毎年一回、削除等の実施状況等を公表しなければならないこととする。
あわせて、今般の改正に伴い、法律の題名を「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」(略称:情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法))に改めることとする。
The “Act to Partially Amend the Act on the Limitation of Liability of Specified Telecommunications Service Providers for Damages and the Right to Demand Disclosure of Sender Identification Information,” enacted in the 213th Ordinary Session of the Diet, is a law that the Minister of Internal Affairs and Communications designates large-scale social media or online bulletin board providers as “large-scale specified telecommunications service providers” in order to address harm including rights infringement on online information distribution platforms, and takes measures such as imposing the obligations (1) to deal with takedown requests expeditiously and (2) to make the operation status transparent.
Specifically, (1) in order to deal with takedown requests expeditiously, large-scale specified telecommunications service providers shall publicize a method of receiving takedown requests from those who claim that their rights have been infringed on the platforms, establish a system necessary to conduct investigations regarding the requests, and notify the requesters of the decisions within a certain period of time.
In addition, (2) in order to make the operation status transparent, large-scale specified telecommunications service providers shall stipulate and publicize standards for removal and suspension, and if they remove a post or suspend an account, they shall notify a sender of such a fact and its reason, and shall publicize the content moderation status once a year.
Besides, the title of the law is changed to the “Act on Measures Against Infringement of Rights, etc. Arising from Distribution of Information by Specified Telecommunications” (abbreviation: Information Distribution Platform Act).
令和6年5月17日に公布された「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律」(令和6年法律第25号。以下「本法律」という。)は、近年、インターネット上のSNS等の特定電気通信役務を利用して行われる他人の権利を侵害する情報の流通による被害が深刻化する一方、情報発信のための公共的な基盤としての特定電気通信役務の機能が重要性を増していることから、このような情報流通プラットフォームにおける権利侵害等に対処するため、大規模なSNS事業者等を「大規模特定電気通信役務提供者」として指定し、①削除対応の迅速化及び②運用状況の透明化を図るための義務を課す等の措置を講ずるとともに、法律の題名を「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」(略称:情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法))に改めるものである。
本法律の各改正事項は有識者会議の報告書等を踏まえたものであり、政府において、令和6年3月1日に本法律の案を閣議決定し、第213回国会に提出した。その後、国会における審議を経て、令和6年5月10日に本法律が成立し、同月17日に公布された。
本稿では、本法律の制定に至る経緯及び論点を紹介した上で、その概要について解説することとしたい。なお、本稿中意見にわたる部分は筆者らの個人的見解であることを予めお断りしておきたい。
インターネットの存在により、膨大な量の情報が世界中を高速で飛び交い、人々が自由かつ簡便に意思疎通を図ることができるようになった。これにより、私たちの生活に大きな便益がもたらされたものの、誹謗中傷をはじめとする違法・有害情報の流通も増加し、大きな社会問題と認識されるようになって久しい。誹謗中傷により人命が危ぶまれる状況もあり、被害の早急な回復が叫ばれる一方で、安易かつ拙速な投稿の削除や発信者情報開示によって発信者側の表現の自由等が損なわれないようにすることも肝要である。このように、インターネット上の違法・有害情報への対策は、被害の早急な回復と表現の自由の確保との間で、慎重なバランスが求められるテーマであることを冒頭に指摘しておきたい。
「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(平成13年法律第137号。略称:プロバイダ責任制限法)は、こうした背景を踏まえて制定された法律である。具体的には、平成13年の制定当時、インターネットを通じた情報流通の急速な拡大に伴い、インターネット上で他人の権利が侵害されるという負の事象が顕在化していたことを背景として、特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害された場合に、当該特定電気通信による情報の送信を防止する措置を講じた特定電気通信役務提供者は、当該情報の発信者に生じた損害について賠償の責めに任じないこととする(損害賠償責任の制限)とともに、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、一定の要件を満たす場合に限り、関係する特定電気通信役務提供者に対し、当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができること(発信者情報の開示)等が定められた。
このように、インターネット上の違法・有害情報に対しては、他人の権利を侵害する情報(以下「権利侵害情報」という。)を流通させたプラットフォーム事業者等が負う損害賠償責任の範囲等の制度面については、プロバイダ責任制限法を通じて国が整備する一方、個別の違法・有害情報の削除等の内容面の対応については、事業者団体による契約約款モデル条項1や関係ガイドライン2の策定・公表等、民間による自主的な取組を国が支援する形で進められてきた。
とりわけ、インターネット上の誹謗中傷による被害への対応策については、総務省において、「インターネット上の誹謗中傷への対応に関する政策パッケージ」を令和2年9月に公表し、①ユーザのICTリテラシーの向上、②プラットフォーム事業者による投稿の削除等の透明性向上、③発信者情報開示に関する取組、④相談対応の充実の4つの柱を立てた上で、各取組を推進してきた。なかんずく、③発信者情報開示に関する取組については、令和3年にプロバイダ責任制限法を改正し、発信者情報の開示請求に係る新たな裁判手続を創設する等の措置を講ずることで、対策の強化を行ったところである。
しかしながら、違法・有害情報相談センター(総務省事業)に令和4年度に寄せられた違法・有害情報に関する相談件数は5,745件に上る等、インターネット上の違法・有害情報の流通状況は、依然として高止まりの状態が続いている。また、被害者からの相談のうち、約3分の2(67.0%)が「投稿の削除方法を知りたい」との相談内容であった。
2.2.「プラットフォームサービスに関する研究会」及び「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」における検討インターネット上の違法・有害情報への対策について、総務省では、プロバイダ責任制限法の着実な運用等を進めると同時に、プラットフォームサービスに関する研究会(座長:宍戸常寿 東京大学大学院法学政治学研究科教授。以下「本研究会」という。)を平成30年10月から令和6年1月まで開催し、有識者による議論を積み重ねてきた。特に、②プラットフォーム事業者による投稿の削除等の透明性向上については、本研究会において、学識経験者及び関係団体等から数多くの発表が行われたほか、主要なプラットフォーム事業者に対して削除等の実施状況に係るモニタリングを実施し、ワーキンググループでの専門的・集中的な議論も行う等、多様なステークホルダーの参加を得て、活発な議論が行われた。
具体的には、令和4年3月に実施したモニタリングにて、プラットフォーム事業者によるインターネット上の誹謗中傷等への対応について、透明性・アカウンタビリティの確保に不十分な点があったことを踏まえ、令和4年8月に公表された「プラットフォームサービスに関する研究会 第二次とりまとめ」(以下「第二次とりまとめ」という。)において、「透明性・アカウンタビリティの確保方策に関する行動規範の策定及び遵守の求めや法的枠組みの導入等の行政からの一定の関与について、速やかに具体化することが必要である」と取りまとめられた。
この第二次とりまとめを踏まえ、令和4年12月から、本研究会の下で「誹謗中傷等の違法・有害情報への対策に関するワーキンググループ」(主査:宍戸常寿 東京大学大学院法学政治学研究科教授。以下「本ワーキンググループ」という。)が開催された。本ワーキンググループでは、プラットフォーム事業者による投稿の削除等に着目し、インターネット上の誹謗中傷等の違法・有害情報への対策について、専門的な観点から集中的に議論が行われた。計12回にわたる会合での議論の結果、令和5年11月に本ワーキンググループの「とりまとめ」が公表され、大規模なプラットフォーム事業者に対し、法制上の手当てを含め、削除対応の迅速化及び運用状況の透明化を求めることが適当との提言が行われた。
本ワーキンググループのとりまとめは、親会であるプラットフォームサービスに関する研究会に上申され、本とりまとめを「第一部」として内包する形で、「プラットフォームサービスに関する研究会 第三次とりまとめ(案)」が同年12月に公表された。本とりまとめ案は、意見募集を経た後、令和6年1月に「プラットフォームサービスに関する研究会 第三次とりまとめ」(以下「第三次とりまとめ」という。)として確定した(同年2月に公表)。
本法律は、これらのとりまとめを踏まえて検討、立案されたものである。
(令和4年8月公表)の概要
(出典)総務省資料
(出典)総務省資料
(令和6年2月公表)の概要
(出典)総務省資料
上記2においてもその経緯を述べたとおり、投稿の削除に関しては、本研究会にて主要なプラットフォーム事業者の取組状況をモニタリングすること等により、プラットフォーム事業者による自主的な取組の改善を促してきた。しかしながら、プラットフォーム事業者による投稿の削除を巡っては、依然として課題が多く存在すると指摘されている。この課題は、主に、①削除対応の迅速化に関する課題と②運用状況の透明化に関する課題に二分することができる。
まず、①削除対応の迅速化に関する課題としては、近年多くの人々が利用しているSNS等のサービスは、情報の拡散を容易にする機能を備えているため、ひとたびこれらのサービスを利用して権利侵害情報が発信されると、短時間で広範囲に共有され、被害が深刻化する傾向にある。そうした中、権利侵害情報を削除することで被害の拡大を防止し得る立場にあるプラットフォーム事業者に対して、従来以上に積極的な役割を果たすことを求める声が高まっている。プラットフォーム事業者の多くは、こうした声を意識しつつ、現在も、権利侵害情報の削除申出を受け付ける窓口を設定し、寄せられた削除申出について、適否を判断した上で、投稿の削除等の対応を行っている。しかしながら、削除申出窓口が適切に機能していない、削除の判断が迅速に行われておらず、判断結果及びその理由の通知が不足している、プラットフォーム事業者側の体制整備が十分でないといった点で、十分な対応となっていない場合があるため、被害者やその支援者から、改善を求める声が上がっている。
また、②運用状況の透明化に関する課題としては、本研究会におけるヒアリング結果や被害者等からの指摘によれば、利用規約に基づく削除等の基準が必ずしも明らかではないプラットフォーム事業者も存在すると考えられる。特に、外国事業者については、削除等の基準がグローバルに適用される前提で作成されていることもあり、基準が日本の法令や被害実態に則していないとの指摘もなされている。このように、削除等の基準の内容が抽象的で、具体的にどのような情報が削除されるのかが明らかでない、削除等を行った事実やその理由が発信者に通知されないため、基準がどのように適用されているのか分からないといった点で、十分な対応となっていない場合があるため、利用者から改善を求める声が上がっている。
他方、プラットフォーム事業者に対して何らかの法的義務付けを行うとなると、事業者にとっては義務履行のために一定の費用負担が必要となる。「プラットフォーム事業者」と一口に言えども、多様な事業者が存在しているところ、大規模な事業者ほど、利用者数や投稿数の多さ等から短時間で被害が深刻化する傾向にあるため、手当てを行う必要性や緊急性が高い。また、自由な市場参入により新たなサービスが生み出され、世の中にもたらされる便益に鑑みれば、過度な事業者負担は適切ではないと考えられ、特に新興サービスや中小サービスに生ずる経済的・実務的負担に一定の配慮が必要となる。
(出典)総務省資料
以上の課題を踏まえ、本法律では、大規模なプラットフォーム事業者に対し、①削除対応の迅速化及び②運用状況の透明化を図るための法律上の義務を課すこととしている(本法律による改正後の情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法。以下「新法」という。)第20条から第38条まで)。
具体的には、①削除対応の迅速化として、被害者からの削除申出を受け付ける方法を定め、公表する義務(新法第22条)、削除申出方法に従った削除申出があった場合に、必要な調査を行った上で(新法第23条)、申出に応じて情報を削除するかどうかを判断し、その結果及び理由を総務省令で定める一定期間以内に申出者に通知する義務(新法第25条)、調査のうち、専門的な知識経験を要するものを適正に行うため、特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害への対処に関する十分な知識経験を有する人員(「侵害情報調査専門員」)を社内又は社外に一定数以上確保する義務(新法第24条)を課すこととする。
また、②運用状況の透明化として、削除等の実施に関する基準の策定・公表義務(新法第26条)、削除等を行った事実及びその理由を発信者に対して通知し、又は発信者が容易に知り得る状態に置く義務(新法第27条)、削除等の実施状況等を毎年一回公表しなければならない義務(新法第28条)を課すこととする。
なお、「どのような情報を削除すべきか」という表現内容に立ち入る判断に行政が関与することは、表現の自由を確保する観点から適切でないため、本法律では、この判断は、引き続きプラットフォーム事業者が自ら行うことを前提とした仕組みとしている。よって、本法律においてプラットフォーム事業者に課す義務の内容は、被害者からの削除申出に対する通知義務や、発信者に対する削除等の通知義務をはじめとした、手続的な義務を中心として構成されている。
(出典)総務省資料
本法律では、特定電気通信役務のうち、その規模(平均月間アクティブユーザ数又は平均月間投稿数)が一定規模を超える等の一定の要件を充たすもの(以下「大規模特定電気通信役務」という。)を提供する者を「大規模特定電気通信役務提供者」として指定した上で、大規模特定電気通信役務提供者に対して、削除対応の迅速化及び運用状況の透明化を図るための法律上の義務を課すこととしている。
特定電気通信役務には、大別して、SNS等の利用者登録を要するサービスと、掲示板等の必ずしも利用者登録を要しないサービスがある。このうち登録型のサービスについては、主に平均月間アクティブユーザ数(「平均月間発信者数」)を、非登録型のサービスについては、主に平均月間投稿数(「平均月間延べ発信者数」)を、特定電気通信役務の規模を判断する際の基準とすることとなる(新法第20条第1項第1号)。
また、当該特定電気通信役務の一般的な性質に照らして侵害情報送信防止措置(侵害情報の送信を防止する措置をいう。新法第2条第8号。以下同じ。)を講ずることが技術的に可能であることも、大規模特定電気通信役務提供者の指定の要件となる(新法第20条第1項第2号)。
さらに、「その利用に係る特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害が発生するおそれの少ない特定電気通信役務……以外のものであること」も、大規模特定電気通信役務提供者の指定の要件となる(新法第20条第1項第3号)。なお、第三次とりまとめにおいては、特に権利侵害情報の流通やその拡散が生じやすいものとして、不特定者間の交流を目的とするサービスであって、他のサービスに付随して提供されるものではないサービスを提供する事業者を対象とすることが適当であるとされた。今後、省令の規定等の詳細な制度設計を検討していくに当たっては、こうした定性的な要件も念頭に置くこととなる。
大規模特定電気通信役務提供者の指定の前提となる平均月間アクティブユーザ数や平均月間投稿数は、一次的には特定電気通信役務提供者自身がデータを把握していることに鑑み、特定電気通信役務提供者からの報告により把握することを原則としている(新法第20条第3項)。一方で、特定電気通信役務提供者が指定を逃れるために虚偽の数字を報告することや報告に協力しないこと、そもそも特定電気通信役務提供者自身が当該数値を把握していないことも想定されるため、総務大臣は、報告による当該数値の把握が困難である場合には、総務省令で定める合理的な方法(国内のインターネット利用者に対するアンケート調査等を想定)により、当該数値を推計して、大規模特定電気通信役務提供者の指定を行うことができることとしている(新法第20条第4項)。
あわせて、削除対応の迅速化と運用状況の透明化に係る各種義務の履行を確保するため、大規模特定電気通信役務提供者として指定された者は、総務大臣に氏名及び住所等を届け出なければならないこととしている(新法第21条第1項)。また、外国法人等の場合は、国内における代表者又は代理人(以下「国内代表者等」という。)を選任し、その者の氏名及び住所等についても届け出なければならないこととしている(新法第21条第1項第2号)。SNS等の特定電気通信役務を日本国内において提供する事業者には、外国事業者も複数含まれることから、国内代表者等の届出を求めることにより、外国事業者に対しても、国内事業者と等しく法執行を行うことが可能となる。
4.2.プラットフォーム事業者の対応の迅速化に係る規律ここでは、①削除対応の迅速化、すなわち、侵害情報送信防止措置の実施手続の迅速化に関する新法第22条から第25条までの規定について取り上げる。
4.2.1.被侵害者からの申出を受け付ける方法の公表被害者が投稿の削除を申し出るためには、まずはプラットフォーム事業者が、被害者から削除申出を受け付ける方法を設定する必要がある。加えて、削除申出を行うための方法は、申出をしようとする者に支障が生じないよう、広く周知され、申出をしようとする者に伝わらなければならない。
そこで、自己の権利を侵害されたとする者(以下「被侵害者」という。)が侵害情報等を示して侵害情報送信防止措置を講ずるよう申し出ることができるよう、大規模特定電気通信役務提供者に対し、申出を行うための方法を定め、これを公表する義務を課すこととしている(新法第22条第1項)。
また、申出を行うための方法は、電子情報処理組織を使用する方法による申出を行うことができるものであることや、申出を行おうとする者に過重な負担を課するものでないこと等の要件を満たすことを求めることとしている(新法第22条第2項)。
4.2.2.侵害情報に係る調査の実施被侵害者から侵害情報送信防止措置を講ずるよう申出があったとき、大規模特定電気通信役務提供者は、申出があった侵害情報の流通によって被侵害者の権利が不当に侵害されているかどうかを確認するために、遅滞なく必要な調査を行わなければならないこととしている(新法第23条)。なお、この調査の際、大規模特定電気通信役務提供者による権利侵害情報該当性の判断に行政が関与しないことを法文上明確化するため、新法第23条については、総務大臣による報告徴収(新法第29条)及び勧告・命令(新法第30条)の対象としていない。
4.2.3.侵害情報調査専門員の選任新法第23条の調査のうち、専門的な知識経験を要するものを適正に行わせるため、大規模特定電気通信役務提供者に対し、特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害への対処に関する十分な知識経験を有する人員(以下「侵害情報調査専門員」という。)を社内又は社外に一定数以上確保する義務を課すこととしている(新法第24条第1項及び第2項)。
4.2.4.申出者に対する通知先に述べたとおり、近年多くの人々が利用しているSNS等のサービスは、情報の拡散を容易にする機能を備えているため、ひとたびこれらのサービスを利用して権利侵害情報が発信されると、短時間で広範囲に共有される事態が生じている。このような被害の拡大を防止するためには、プラットフォーム事業者による迅速な対応が求められる。
そのため、大規模特定電気通信役務提供者は、新法第22条の方法に従った侵害情報送信防止措置の申出があった場合、必要な調査を行った上で、申出に応じて侵害情報送信防止措置を講ずるかどうかを判断し、申出を受けた日から14日以内の総務省令で定める期間以内に、申出者に対し、削除した場合には削除した旨を、削除しなかった場合には削除しなかった旨及びその理由を通知しなければならないこととしている(新法第25条第1項)。
ただし、申出件数が膨大となり得ることも踏まえ、過去に同一の申出者から同一の申出が繰り返し行われていた場合等の正当な理由がある場合には、判断結果及びその理由の通知を行うことは求めないこととしている(新法第25条第1項ただし書)。
14日以内の総務省令で定める期間について、第三次とりまとめにおいては、被害者の声と事業者の実際の対応を踏まえつつ、「1週間程度」とすることが適当とされた。この提言を踏まえ、当該期間を「1週間」とすることを念頭に、省令の規定等の詳細な制度設計を検討していくこととなる。
また、①発信者に対して意見の照会を行う場合、②申出者の権利が不当に侵害されているかどうかにつき侵害情報調査専門員に調査を行わせる場合、③そのほか、やむを得ない理由がある場合については、14日以内の総務省令で定める期間内に①②③のいずれに該当するかを通知した上で、「遅滞なく」判断結果及びその理由の通知を行えば足りるとしている(新法第25条第2項)。これは、対象となるプラットフォーム事業者が期間を遵守することのみにとらわれて、申出の内容を十分に吟味せず削除してしまい、発信者の表現の自由に萎縮効果をもたらすことがないよう、プラットフォーム事業者による的確な判断の機会を確保することを目的とするものである。
4.3.プラットフォーム事業者の運用状況の透明化に係る規律
ここでは、②運用状況の透明化、すなわち、送信防止措置(特定電気通信による情報の送信を防止する措置をいう。新法第2条第9号。以下同じ。)の実施状況の透明化に関する新法第26条から第28条までの規定を取り上げる。
なお、法文上、新法第22条から第25条までの規定は「侵害情報送信防止措置」を対象としているのに対し、新法第26条から第28条までの規定は、特定電気通信による情報の送信を防止する措置一般である「送信防止措置」を対象としている。そして、「送信防止措置」の定義には「役務提供停止措置」(すなわち、アカウント停止措置)が含まれるため(新法第2条第9号)、新法第26条から第28条までの規定については、アカウント停止措置も規律の対象となっている。
これは、大規模特定電気通信役務提供者は、不適切と考えられる情報の発信を繰り返した発信者に対して、当該情報の削除のほか、当該発信者に対する以後のサービスの提供を停止する、いわゆるアカウント停止措置を行うことがある。このような措置についても、発信者等に対する透明性を確保する必要があるため、送信防止措置の実施に関する基準の策定・公表義務(新法第26条)、送信防止措置を行った事実及びその理由を発信者に対して通知し、又は発信者が容易に知り得る状態に置く義務(新法第27条)、送信防止措置の実施状況等を毎年一回公表しなければならない義務(新法第28条)の対象とするものである。
4.3.1.送信防止措置の実施に関する基準等の公表SNS等のサービス上で、どのような投稿が削除されるのか、どのような行為があればアカウント停止の対象となるかは、利用者がサービスを選択する上で、必要不可欠な情報である。利用者数や投稿数が多いサービスほど、そのサービスを提供するプラットフォーム事業者の差配が、利用者の表現の自由等に大きな影響をもたらすこととなる。また、被害者にとっても、どのような投稿であれば削除されるのか等が明らかになることで、被害救済の予見性を高めることができる。
そのため、大規模特定電気通信役務提供者による恣意的な削除を抑止し、利用者に対して透明性を確保する観点から、削除又はアカウント停止の対象となる情報の種類を「送信防止措置の実施に関する基準」として定め、事前に公表する義務を課すこととしている(新法第26条第1項)。
送信防止措置の実施に関する基準の策定に当たっては、被侵害者からの申出があった場合や自ら探知した場合等、情報の流通を知ることとなった原因の別に応じて、削除の対象となる情報の種類ができる限り具体的に定められていることや、利用者等の関係者が容易に理解することのできる表現を用いて記載されていること等の要件を満たすよう努めることを求めている(新法第26条第2項)。
また、緊急の必要により送信防止措置を講ずる場合であって、当該送信防止措置を講ずる情報の種類が、通常予測することができないものであるため、当該基準における送信防止措置の対象として明示されていないときにも、送信防止措置を講ずることができる(新法第26条第1項第3号)。ただし、その場合には、速やかに、当該送信防止措置を講じた情報の種類が送信防止措置の対象となることが明らかになるよう基準を変更しなければならないこととしている(新法第26条第3項)。
加えて、送信防止措置の実施に関する基準は、その性質上、ある程度一般的な文言を用いて規定されることが避けられず、その記載のみでは、発信者等にとって具体的場面が想起しづらいことも想定される。そこで、大規模特定電気通信役務提供者に対し、当該基準に従って送信防止措置を講じた事例を情報の種類ごとに整理した参考事例集を作成・公表するよう努めることをあわせて求めている(新法第26条第4項)。
4.3.2.発信者に対する通知等の措置投稿の削除やアカウントの停止に当たっては、被害者救済と表現の自由の確保のバランスを踏まえ、発信者の表現の自由にも配慮する必要がある。例えば、実際は削除基準において削除の対象とされていない投稿であったにもかかわらず、プラットフォーム事業者により削除されてしまった場合、発信者の表現の自由が制約されることとなる。
これを踏まえ、発信者に対する削除等の透明性を確保するため、大規模特定電気通信役務提供者に対し、削除又はアカウント停止の事実及びその理由を発信者に対して通知し、又は発信者が容易に知り得る状態に置く義務を課すこととしている(新法第27条)。これにより、発信者は、自らが発信した情報を十分な理由なく削除されたと考える場合には、大規模特定電気通信役務提供者に対して異議を申し立て、再考を促すことが可能となる。また、差別的な理由による削除など、明らかに不当な削除が行われたと考える場合には、民事訴訟等の場で削除の適法性を争う際の立証に資するものとなる3。
ただし、過去に同一の発信者に対して同様の情報の送信を同様の理由により防止したことについて通知等の措置を講じていた場合や、発信者に対して通知等の措置を講ずることによって被害者の二次的被害を惹起する蓋然性が高い場合等の正当な理由がある場合には、通知等の措置を講ずることは求めないこととしている(新法第27条各号)。
4.3.3.措置の実施状況等の公表大規模特定電気通信役務提供者に対し、投稿の削除やアカウント停止といった送信防止措置に係る毎年の実施状況を公表することを求めることとしている(新法第28条)。具体的には、所要日数別での削除申出に対する通知件数や削除理由別での発信者への通知等件数等が想定される。これは、利用者に対する透明性を確保すること、外部からの検証可能性を確保すること等を目的とするものである。
なお、本法律の法案審議の過程では、衆議院総務委員会において内閣提出法案の修正議決が行われ、第4号として「送信防止措置の実施状況(前三号に掲げる事項を除く。)」が、第5号として「前各号に掲げる事項について自ら行った評価」が公表事項として明記された。
4.4.その他の規定 4.4.1.報告の徴収、勧告、命令及び罰則これまで述べてきた各義務は、大規模特定電気通信役務提供者に対して課される公法上の義務であることから、原則として、義務違反の疑いがある場合には、総務大臣が報告徴収(新法第29条)及び勧告・命令(新法第30条)を行い、命令への違反に対して刑事罰を科すことにより、その遵守を図ることとしている(新法第35条)。
ただし、大規模特定電気通信役務提供者に指定された者に対する住所、代表者氏名等の届出義務(新法第21条)及び報告義務(新法第29条)については、間接罰ではその実効性が確保できないため、直罰の形で刑事罰を科すこととしている(新法第36条)。
その上で、SNS等の特定電気通信役務を日本国内において提供する事業者には、法人も複数含まれることから、これらの刑事罰については両罰規定を設けており、法人に対しても、違反の類型に応じて最大で1億円以下の罰金刑を科すこととしている(新法第37条)。
また、大規模特定電気通信役務提供者の指定の前提となる平均月間アクティブユーザ数や平均月間投稿数の報告義務(新法第20条第3項)及び侵害情報調査専門員を選任・変更した場合の届出義務(新法第24条第3項)については、その実効性を確保するため、違反に対して過料を科すこととしている(新法第38条)。なお、平均月間アクティブユーザ数や平均月間投稿数の報告義務(新法第20条第3項)については、そもそも特定電気通信役務提供者自身がやむを得ず当該数値を把握していないこともあり得るため、特に「正当な理由がなく」報告等をしないことを違反の要件として明記している。
4.4.2.送達手続行政処分の効力については、行政庁による外部への意思表示が相手方に到達したときに効力が生ずると考えられる(最判平成11年10月22日民集53巻7号1270頁参照)。SNS等の特定電気通信役務を日本国内において提供する事業者には、外国事業者も複数含まれることから、国外に所在する名宛人にも大規模特定電気通信役務提供者の指定や命令等の処分が確実に到達し、行政処分の効力が生ずるよう、送達手続の規定を設けている(新法第31~34条)。
4.4.3.法律の題名以上の改正の結果として、改正後のプロバイダ責任制限法には、従来から規定している①特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限(新法第2章)及び②発信者情報の開示を請求する権利及び発信者情報開示命令事件に関する裁判手続(新法第3章及び第4章)に加えて、③大規模特定電気通信役務提供者の義務(新法第5章及び第6章)が新たに盛り込まれ、計3つの内容を規定することとなる。
これらはいずれも、「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等」への特定電気通信役務提供者による「対処」に関して定めたものと整理することができることから、法律の題名を「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」へと改めることとしている。あわせて、略称についても、「情報流通プラットフォーム対処法」(情プラ法)に改めることとする。
本法律は、公布の日(令和6年5月17日)から起算して、1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとされている。
インターネット上の違法・有害情報に関しては、日々新たな課題が浮かび上がり、不断の取組が必要であることは論をまたない。その取組において、情報が現に流通している場を構築して広く一般にサービスを提供し、投稿の削除を大量・迅速に実施できる立場等にあるプラットフォーム事業者が果たすべき役割は大きい。EUのデジタルサービス法をはじめとして、世界各国がプラットフォーム事業者に対応を求めつつ対策を進める中で、我が国においても、本法律を通じ、プラットフォーム事業者に対して一定の義務付けが行われたことは、時宜を得た動きと言えるであろう。
他方、プラットフォーム事業者に対する義務付けのみで、インターネット上の違法・有害情報に係る問題を全て解決することができるわけではない。本法律に基づく制度運用に当たっては、権利侵害情報等の流通により被害を受けた者、SNS等のサービスの利用者、SNS等のサービスを提供するプラットフォーム事業者といった様々なステークホルダーと緊密に対話を続けながら、安心・安全なインターネット利用環境の整備に向けて、歩みを進めていくことが重要と考える。
まずは、本法律の施行により、プラットフォーム事業者による削除対応の迅速化や運用状況の透明化が図られ、インターネット上の違法・有害情報による被害の早急な回復に資することを期待する。
※ 情報流通プラットフォーム対処法及びインターネット上の違法・有害情報への対策に係る業務については、令和6年7月、総合通信基盤局電気通信事業部利用環境課から情報流通行政局情報流通振興課情報流通適正化推進室へ移管された。
1 違法情報等対応連絡会「違法・有害情報への対応等に関する契約約款モデル条項」(平成28年4月最終改訂)及び「違法・有害情報への対応等に関する契約約款モデル条項の解説」(令和5年10月最終改訂)
2 プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会「プロバイダ責任制限法名誉毀損・プライバシー関係ガイドライン」(令和4年6月最終改訂)等
3 なお、本法律による改正は、従前から規定されているプロバイダ責任制限法第3条の規定の内容を何ら変更するものではない。