日本金属学会誌
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論文
硫酸塩浴からの亜鉛-ポリエチレンイミン複合電析挙動とその微細構造
渕 浩輔大上 悟菊池 義治赤松 慎也柏 裕樹中野 博昭
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2018 年 82 巻 8 号 p. 281-288

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抄録

Electrodeposition of Zn-polyethyleneimine composite was performed at current density of 100-12000 A·m-2 and a charge of 4.8×105 C·m-2 in an agitated sulfate solution containing 1.84 mol·dm-3 of ZnSO4 and 4 g·dm-3 of polyethyleneimine at pH 1.8 and at 313 K, and the deposition behavior and its micro structure were investigated. The films deposited at current densities above 4000 A・m-2 from the solution containing polyethyleneimine exhibited the gloss, and the gloss was highest with polyethyleneimine of higher molecular weight of 70000. The preferred orientation of deposited Zn changed from {0001} to {1120} and {1010} with polyethyleneimine, and the size of Zn platelet crystals deceased with increasing the molecular weight of polyethyleneimine and current density. The deposition of Zn was polarized with polyethyleneimine, and the degree of polarization became larger at higher current density region with polyethyleneimine of higher molecular weight of 70000. With increasing the molecular weight of polyethyleneimine and current density, the content of C and N in deposited films increased, indicating the increase in adsorption ability of polyethyleneimine onto cathode. Polyethyleneimine somewhat suppressed the rise of pH at cathode layer during deposition, or showed the buffer action of pH. During deposition, H+ ions are detached from the polyethyleneimine due to rise of pH at cathode layer and, as a result, the lone pairs of electron in N atom increased, which resulted in increase in adsorption ability of polyethyleneimine onto cathode.

1. 緒言

複合電析は,電析膜に耐摩耗性,潤滑性,耐食性などの各種機能を付与することができるため,材料の表面改質法として広く利用されている1,2,3,4,5.分散強化粒子として酸化物,炭化物,窒化物,ダイヤモンド6,7を共析させた膜,潤滑剤とし二硫化モリブデン8,四フッ化エチレン9,10,11,流動パラフィン,ポリテトラフルオロエチレンを共析させた膜,また,耐食性改善材として,シリカ12,13,アルミナ14,クロム酸塩を共析させた膜がそれぞれ報告されている.複合電析では,通常,分散材として難溶性の固体微粒子を電解液中に懸濁させ,電析の際にその微粒子を皮膜中に取り込む.しかし微粒子は,電析の際および電解液を放置した際,凝集しやすいため,電析膜に微細且つ均一な状態で共析しがたい.また,電解装置内で溶液を循環させる際に微粒子が沈降して配管等に目詰まりを起こすなどの製造プロセス上の問題点もある15

一方,水溶液からのZnなど卑な金属の電析では,副反応として水素が発生するため,陰極界面のpHが上昇する.低pHで加水分解する金属イオンを電解液中に添加して,その金属イオンの酸化物を電析膜に共析させる研究が行われている15,16,17,18,19,20,21.この加水分解反応を利用した電析では,電解液に難溶性の固体微粒子を添加することなく非懸濁溶液からの複合電析が可能となる.しかし,有機物を非懸濁溶液から複合電析させる研究は,これまでほとんど検討されていない.有機物を電析膜に共析させることができれば,電析膜の硬度,潤滑性の増大,および塗装前処理工程の簡略化が期待される.例えば,ポリエチレンイミンはエチレンイミンが重合した水溶性のポリマーで,構造中に1級アミン,2級アミン部位を多く持つため,カチオン密度が大きく,高い反応性を持つ.また,ポリエチレンイミンは,Zn電析時に陰極界面のpHが上昇すると脱プロトン化されてN原子の孤立電子対が増加するため,陰極面への吸着能が増加し,Znと共析することが期待される.そこで,本研究では,有機物としてポリエチレンイミンを選定し,亜鉛-ポリエチレンイミンの複合電析挙動について検討した.本研究では,Zn電析時の陰極界面のpH上昇を利用して,ポリエチレンイミンをZnと共析させることができるかどうかを検討した.また,得られた電析膜の微細構造,特性を調査した.

2. 実験方法

電解液組成および電解条件をTable 1に示す.電解液は市販の特級試薬を用い,ZnSO4・7H2O 1.84 mol・dm-3を純水に溶解させて作製した.pHは硫酸により1.8に調整した.この溶液に有機添加剤としてポリエチレンイミン(分子量2000,70000)を総濃度が4 g・dm-3となるように添加した.なお,ポリエチレンイミンの単位重量あたりの1 級,2級,3 級アミンの割合は,分子量2000の場合が38.5%:38.5%:23% であり,分子量が70000の場合は25%:50%:25%であった.陰極にはFe板(2 cm×3 cm),陽極にはPb板(5 cm×2.5 cm) を用いた.Fe板は,エメリー紙研磨,バフ研磨後,酸洗,電解脱脂,酸洗を行い,電析に供した.電析は,定電流電解法により電流密度100から12000 A・m-2,通電量 4.8×105 C・m-2,浴温313 Kにおいてスターラー800 rpmの攪拌下で行った.得られた電析膜は硝酸で溶解し,ICP発光分光分析法によりZnを定量し, Zn電析の電流効率およびZn析出の部分電流密度を求めた.Zn, H2の部分電流密度は,全電流密度にそれぞれの電流効率(%)/100を乗じて算出した.水素発生の電流効率は,100からZnの電流効率(%)を差し引いて求めた.分極曲線を測定する際,参照電極としてAg/AgCl電極(0.199 V vs. NHE, 298 K)を使用したが,電位は標準水素電極基準に換算して表示した.

Table 1

Solution compositions and electrolysis conditions.

電析膜に共析しているポリエチレンイミンの量を評価するため,C, N, Zn, Fe濃度を高周波グロー放電発光分析法(rf-GDOES)により,分析径:φ2 mm,アルゴン圧力:600 Pa,出力:40 W,パルス周波数:2000 Hz,デューティサイクル:0.125の条件により測定した.電析膜の表面形態はSEMにより観察し,光沢は,デジタル変角光沢計(スガ試験機株式会社製UGV-5)を用いて,入射角20°にて測定した.電析膜のZnの結晶配向性をX線回折装置(Cu-Kα,管電圧40 kV,管電流20 mA)により測定した.Znの結晶配向性は0002から1122反射のX線回折強度を測定した後,WillsonとRogersの方法22,23で求めた配向指数により表示した.また,電析時の水素発生による陰極近傍のpH変化を調べるために,微小Sb電極17,24を作製した.実験は,静止液において300 A・m-2で電解する際,マイクロメータに取り付けた微小Sb電極を陰極面に接触するまで近づけ,陰極から所定の距離におけるSb電極の電位を測定した.なお,参照電極のルギン菅の先端と,Sb電極の先端は,陰極に水平な方向に 2 mm隔たっており,カソード面からのそれぞれの距離が等しくなるように互いに固定した.測定前に予め求めた電解液のpHとSb電極の電位との関係(pH-電位校正曲線)を利用して,電解時における陰極層のpHを求めた.次に,電解液中におけるポリエチレンイミンの脱プロトン化挙動を調べるため,NaOHを用いてpH滴定曲線を測定した.0.0098 mol・dm-3 のZnSO4と2 g・dm-3のポリエチレンイミン(分子量70000)の混合液およびZnSO4の単独液にビュレットを用いて 2.0 mol・dm-3 のNaOHを滴定した.めっき膜の硬度は,マイクロビッカース硬度計を用いて,表面から荷重 0.05 kg,保持時間15 sの条件にて測定した.電析物の分極曲線は,酸素を飽和させた313 K,3 mass% NaCl 水溶液中において,電位掃引法により 1.0 mV・s-1 の速度で卑な電位から貴な電位に移行させ測定した.

3. 実験結果

3.1 電析膜の外観

Fig. 1 に分子量の異なるポリエチレンイミンを含む溶液から種々の電流密度で得られた電析膜の外観を示す.ポリエチレンイミンを添加していない溶液から得られた電析膜は,電流密度に係わらずいずれもZn電析膜特有のグレーの色調を有していた.それに対して,ポリエチレンイミンを添加した溶液からの電析では,電流密度が4000 A・m-2以上になると光沢のある外観が得られた.ポリエチレンイミンの分子量の相違に着目すると,光沢は,分子量の大きい70000のものを添加した場合,最も明瞭になった.しかし,分子量70000のポリエチレンイミン添加では,部分的に薄灰色のムラが見られた.分子量2000のポリエチレンイミン添加では,光沢が不明瞭で,薄灰色のムラが多くなった.一方,分子量2000と70000のポリエチレンイミンを混在させた溶液から得られた電析膜では,光沢は,分子量70000のものほど明瞭ではなかったが,薄灰色のムラは見られず均一な外観となっていた.

Fig. 1

Appearance of films deposited at various current densities from the solutions containing polyethyleneimine(PEI) of different molecular weight.

Fig. 2 に分子量の異なるポリエチレンイミンを含む溶液から種々の電流密度で得られた電析膜の光沢を示す.電析膜の光沢は,分子量70000のポリエチレンイミンを添加した場合が最も高く,分子量2000と70000を混在させた場合が次に高く,分子量2000で最も低くなった.また,いずれの分子量においても光沢は電流密度8000 A・m-2で最も高くなった.分子量2000と70000のポリエチレンイミンを混在させた場合,電流密度8000 と12000 A・m-2で光沢の差が小さく,この電流密度の領域では電流密度の依存性が小さいことが分かる.

Fig. 2

Gloss of films deposited at various current densities from the solutions containing polyethyleneimine of different molecular weight. [Molecular weight of polyethyleneimine ●2000, ▲70000, ■2000+70000]

3.2 Zn-ポリエチレンイミンの複合電析挙動

Fig. 3 に分子量の異なるポリエチレンイミンを含む溶液からのZn析出および水素発生の部分分極曲線を示す.Fig. 3(a)に示すように1000 A・m-2以下の低電流密度域においてもZn析出の部分分極曲線は,ポリエチレンイミンを添加すると分極しており,その分極の程度は,1000 A・m-2以上の高電流密度域でさらに大きくなった.分子量による相違に着目すると,Zn電析の分極は,1000 A・m-2以上の領域では,分子量70000の場合が最も大きくなっており,分子量2000と70000を混在させた場合は,分子量2000とほぼ同程度であった.一方,水素発生の部分分極曲線は,1000 A・m-2以下の低電流密度域においては,ポリエチレンイミンを添加してもほとんど変化しなかったが,1000 A・m-2以上の領域では,その添加により大きく分極した.分極の程度は,Zn電析の場合と同様に,分子量70000の場合が最も大きかった.

Fig. 3

Partial polarization curves for Zn depositions (a) and H2 evolution (b) from the solutions containing polyethyleneimine of different molecular weight. [Molecular weight of polyethyleneimine ●PEI-free, ▲2000, ■70000, ◆2000+70000]

Fig. 4 に分子量の異なるポリエチレンイミンを含む溶液からのZn電析の電流効率を示す.Zn電析の電流効率は,ポリエチレンイミンの添加の有無にかかわらず,低電流密度域では電流密度が高くなるほど増大し,最大値を示した後,さらに電流密度が高くなると低下した.4000 A・m-2以下の電流密度域では,ポリエチレンイミンを添加した方がZn電析の電流効率は低くなった.その低下の程度は,ポリエチレンイミンの分子量70000の場合が最も大きかった.Zn電析の電流効率が最大値を示した後,低下したのは,電析がZn2+イオンの拡散律速になっているためと考えられる.実際,Fig. 3(a)に示すように,4000 A・m-2以上の高電流密度域では,Zn電析はZn2+イオンの拡散限界電流密度に近づきつつある.電析がZn2+イオンの拡散律速になっている高電流密度域では,Zn電析の電流効率に及ぼすポリエチレンイミン添加の影響はほとんど見られなかった.1000 A・m-2以下の電流密度域で,ポリエチレンイミンの添加によりZn電析の電流効率が低下したのは,低電流密度域では,水素発生は抑制されずZn電析のみが抑制されるため(Fig. 3(a),(b))である.

Fig. 4

Current efficiency for Zn deposition from the solutions containing polyethyleneimine of different molecular weight. [Molecular weight of polyethyleneimine ●PEI-free, ▲2000, ■70000, ◆2000+70000]

Zn-ポリエチレンイミンの複合電析挙動を調べるため,ポリエチレンイミンとZn2+を含む溶液およびZn2+のみを含む溶液から攪拌なしで電析の際,微小Sb電極法により陰極界面のpHを直接測定した.Fig. 5 に電流密度300 A・m-2で電析した際の陰極近傍のpHを示す.陰極表面のpHは,Zn2+のみを含む溶液では溶液本体よりかなり高い5.6まで上昇しているのに対して,ポリエチレンイミンを含む溶液ではその分子量に応じて4.8~5.2までの上昇となりZn2+のみを含む溶液より低くなった.Zn2+を含む溶液からの電析では,水素発生により陰極近傍のpHが上昇し,加水分解反応により金属酸化物が生成される.Zn(OH)2生成の臨界pHは,その溶解度積2×10-17(25°C)25 より,[Zn2+]=1.84 mol・dm-3では5.5である.

Fig. 5

pH profiles in vicinity of cathode during Zn–PEI and Zn deposition at 300 A·m-2 in solutions containing polyethyleneimine of different molecular weight. [Molecular weight of polyethyleneimine ●PEI-free, ▲2000, ■70000, ◆2000+70000]

Zn2+のみを含む溶液では,電解時の水素発生によりZn(OH)2生成の臨界pHまでpHが上昇していると考えられる.一方,ポリエチレンイミンを含む溶液ではわずかではあるが,pHの上昇が抑制されており,pH緩衝作用が見られた.

ポリエチレンイミンによるpH緩衝作用をさらに調査するため,NaOHを用いてpH滴定曲線を測定した.Fig. 6 にZn2+,ポリエチレンイミンを含む溶液に2 mol・dm-3のNaOH溶液を滴定した際のpH変化を示す.ポリエチレンイミンを含まないZn2+のみの溶液(a)では,NaOH溶液の滴定によりpHは最初,徐々に増大しpH3付近に到達するとZn(OH)2の形成が始まる5.5付近まで急激に上昇した.それに対して,ポリエチレンイミンが共存すると(b),pH3付近からpHは急激に増大したがpH4以上の領域で,その上昇が緩やかになった.

Fig. 6

pH titration curves for the Zn (a) and Zn– Polyethyleneimine (b) solutions.

3.3 電析膜の構造

Fig.7に分子量の異なるポリエチレンイミンを含む溶液から1000,8000 A・m-2の電流密度で得られた電析膜のrf-GDOES深さプロファイルを示す.ポリエチレンイミンを含まない溶液からの電析膜[(a), (b)]には,C, Nがほとんど含まれていないが,ポリエチレンイミンを添加した溶液からの電析膜[(c)~(f)]には明らかにC, Nが含まれており,ポリエチレンイミン由来の化合物が共析していることが分かる.電析膜中のC, Nの含有量は,ポリエチレンイミンのいずれの分子量においても,8000 A・m-2で電析させた方[(d), (f)]が1000 A・m-2で電析させたもの[(c), (e)]より高くなっており,電流密度が高くなるほど,ポリエチレンイミンの陰極面への吸着能が大きくなっていると考えられる.一方,ポリエチレンイミンの分子量による相違に着目すると分子量70000の方[(e), (f)]が2000もの[(c), (d)]より,電析膜中のC, Nの含有量は多くなっており,分子量の大きい方が陰極面への吸着能が大きくなっていると考えられる.また,ポリエチレンイミンを添加した場合,いずれの条件下においても,基板Feと電析膜の界面でCの含有量が多くなった.これは,電析初期にCの共析量が多くなっていることを表しており,基板Feへのポリエチレンイミンの吸着能が大きいことが予想される.

Fig. 7

Rf-GDOES depth profile of films deposited at 1000 and 8000 A·m-2 from the solution containing polyethyleneimine of different molecular weight. [(a)PEI-free, 1000 A·m-2, (b)PEI-free, 8000 A·m-2, (c) with PEI(M.W.2000), 1000 A·m-2, (d) with PEI(M.W.2000), 8000 A·m-2, (e) with PEI(M.W.70000), 1000 A·m-2, (f) with PEI(M.W.70000), 8000 A·m-2

Fig. 8 に分子量の異なるポリエチレンイミンを含む溶液から1000, 8000 A・m-2の電流密度で得られた電析膜の表面SEM像を示す.ポリエチレンイミンを添加していない溶液から1000, 8000 A・m-2で得られた電析膜(a, e) では六方稠密晶であるZnの板状結晶が基板とほぼ平行に積層して大きく成長していた.電析ZnがZn六方稠密晶の基底面[{0001}Zn面]に優先配向するとZnの板面が基板と平行になる.Znの表面形態からポリエチレンイミンを添加していない溶液からの電析Zn(a, e)は{0001}面に優先配向していることが予想される.これに対して,ポリエチレンイミンを添加するとZnの結晶形態は大きく変化した.分子量70000単独および分子量2000と70000のポリエチレンイミンを混在させて1000 A・m-2で得られた電析膜(c, d)は,Znの板状結晶が基板に対して大きく傾斜して積層した.電流密度を8000 A・m-2と高くすると,Znの板状結晶は,ポリエチレンイミンを添加するといずれの分子量(f, g, h)においても微細となった.分子量70000のポリエチレンイミンを添加した方(g)が,分子量2000のものを添加した場合(f)より,Znの板状結晶はより微細となった.分子量2000と70000のポリエチレンイミンを混在させた場合(h),Znの板状結晶のサイズは,それぞれを単独で添加させた場合(f, g)の間となった.

Fig. 8

SEM images of surface of films deposited at 1000 and 8000 A·m-2 from the solution containing polyethyleneimine of different molecular weight. [(a)-(d):1000 A·m-2, (e)-(h):8000 A·m-2, (a)PEI-free, (b) with PEI(M.W.2000), (c) with PEI(M.W.70000), (d) with PEI(M.W.2000+70000), (e) PEI-free, (f) with PEI(M.W.2000), (g) with PEI(M.W.70000), (h) with PEI(M.W. 2000+70000)]

Fig. 9 に分子量の異なるポリエチレンイミンを含む溶液から1000,8000 A・m-2の電流密度で得られた電析膜のZnの結晶配向性を示す.ポリエチレンイミンを添加していない溶液から得られた電析膜のZnは,いずれの電流密度においても{0001}面に優先配向し,それ以外の面への配向はほとんど見られなかった.これは,Fig. 8 に示した電析膜の表面形態から予想された結晶配向性と一致している.それに対して,ポリエチレンイミンを添加すると,Znの優先配向面は{1120},{1010}に変化した.分子量2000,70000のポリエチレンイミンを単独で添加した場合,1000 A・m-2で得られた電析Znは{1120}面に,8000 A・m-2で得られた電析Znは{1010}面に優先配向した.分子量2000と70000のポリエチレンイミンが混在した場合は,電流密度に係わらず電析Znは{1120}面に優先配向した.{1120},{1010}面への配向は,Zn六方稠密晶の基底面[{0001}面]がFe基板に対して直立することを表している.Fig. 8 に示す電析Znの形態とFig. 9 に示す結晶配向性の結果より,ポリエチレンイミンを添加してZnが{1120},{1010}面へ優先配向すると,Znの板状結晶がFe基板に対して直立しており,電析Znの結晶配向性は,板状結晶のようなマクロな表面形態から予想される配向性と一致した.

Fig. 9

Crystal orientation of Zn deposited at 1000 and 8000 A·m-2 from the solution containing polyethyleneimine of different molecular weight. [(a)PEI-free, (b) with PEI(M.W.2000), (c) with PEI(M.W.70000), (d) with PEI(M.W.2000+70000)]

3.4 電析膜の特性

Fig. 10 に分子量の異なるポリエチレンイミンを含む溶液から1000,8000 A・m-2の電流密度で得られた電析膜の硬度を示す.電析膜の硬度は,ポリエチレンイミンを添加することにより大きく増大した.増大の程度は,分子量70000のものを添加した方が2000のものを添加した場合よりより顕著であった.ポリエチレンイミンの分子量70000の方が2000のものより,電析膜中のC, Nの含有量は多くなっており(Fig. 7),このため,硬度はより大きくなったと考えられる.一方,電流密度の影響は,分子量2000のポリエチレンイミンを添加した場合,ほとんど見られなかったが,分子量70000のものを添加した場合および分子量2000と70000を混在させた場合,1000 A・m-2で得られた電析膜の方が8000 A・m-2で得られたものより硬度は大きくなった.1000 A・m-2で得られた電析膜の方が8000 A・m-2で得られたものより電析膜中のC, Nの含有量は低くなっており(Fig. 7),1000 A・m-2で得られた電析膜の方が硬度が大きくなる原因を電析膜中のC, Nの含有量では説明できない.電析膜の硬度は,分子量70000の単独添加および分子量2000と70000を混在させた溶液から,1000 A・m-2で得られたものが最も大きくなっており,この両方の表面ではZnの板状結晶が基板に対して大きく傾斜して規則的に積層している[Fig. 8(c, d)].詳細は不明であるが,この表面形態が,硬度の増大に寄与している可能性がある.

Fig. 10

Hardness of films deposited at 1000 and 8000 A·m-2 from the solution containing polyethyleneimine of different molecular weight. [ (a)PEI-free, (b) with PEI(M.W.2000), (c) with PEI(M.W.70000), (d) with PEI(M.W.2000+70000)]

Fig. 11 に3 mass% NaCl水溶液中におけるZn-ポリエチレンイミン電析膜および純Zn電析膜の分極曲線を示す.電析膜の腐食電位は,ポリエチレンイミンを添加すると貴に移行した.ポリエチレンイミンの添加によりZn溶解反応のアノード分極曲線が貴に移行しているため,腐食電位も貴に移行した.一方,溶存酸素が還元するカソード反応の電流密度は,ポリエチレンイミンを添加すると高くなった.Zn電析膜のアノード,カソード反応の分極曲線がポリエチレンイミンの添加により変化する要因としては, 電析膜にC, Nが含有されること,および電析膜の表面粗度が変化していることが考えられるが,詳細は不明であり,今後更なる検討が必要である.

Fig. 11

Polarization curves in 3 mass% NaCl solution for films deposited at 8000 A·m-2 from the solution containing polyethyleneimine of different molecular weight. [(a)PEI-free, (b) with PEI(M.W.2000), (c) with PEI(M.W.70000), (d) with PEI(M.W.2000+70000)]

4. 考察

亜鉛-ポリエチレンイミンの複合電析挙動とその微細構造,外観の関係について考察する.Fig. 5, 6 の結果から,酸性溶液中のポリエチレンイミンには,pHの上昇を抑制する作用があることが分かる.酸性溶液中のポリエチレンイミンは,Fig. 12 に示すような構造になっていることが予想され,pHが上昇すると,第1級,2級アミンの箇所からHが脱離してpHの上昇が抑制されると推察される.Hが脱離したN原子の箇所では,孤立電子対が存在するため,陰極面への吸着能が大きくなると考えられる.Zn電析では,副反応として水素発生反応が生じるため,陰極面のpHが上昇する.電流密度が高くなるほど,水素発生速度は速くなるため,陰極面のpHは上昇しやすい.すなわち,電流密度が高くなるほど,ポリエチレンイミンからHが脱離しやすくなり,孤立電子対が増加し,陰極面への吸着能が大きくなると予想される.実際,電析膜中のC, Nの含有量は, 8000 A・m-2で電析させた方が1000 A・m-2で電析させたものより高くなっており(Fig. 7),ポリエチレンイミンの吸着能が大きくなることを示唆している.ポリエチレンイミン添加によるZn電析の分極は,高電流密度域でより大きくなっており[Fig. 3(a)],これは,電流密度が高くなるほどポリエチレンイミンの吸着能が増大するためと考えられる.次に,ポリエチレンイミンの分子量の相違に着目すると分子量70000の方が2000のものより,電析膜中のC, Nの含有量は多くなっており(Fig. 7),また,分子量70000の方が2000のものよりZn電析の分極効果は大きい[Fig. 3(a)].これらの結果は,ポリエチレンイミンの分子量が大きい方が陰極面への吸着能が大きいことを表している.ポリエチレンイミンの単位重量あたりの1 級,2級,3 級アミンの割合は,先に述べた通り,分子量2000の場合38.5%:38.5%:23% であるのに対して,分子量70000の場合は25%:50%:25%であり,第1級,2級アミンの総量の割合はほぼ同一である.本研究では,ポリエチレンイミンの分子量が大きい方が陰極面への吸着能が大きい挙動を示しており,これは,分子量の大きい方が,一つの分子あたりの吸着サイトが多くなるためと推察される.

Fig. 12

Schematic of structural formula of polyethyleneimine in acid solution.

電析Znの板状結晶は,電流密度の高い方が微細となった.この要因としては,電析の過電圧が増大することおよびポリエチレンイミンの吸着能が増大することが考えられる.電析Znの結晶は,過電圧が大きくなるほど,Znの核形成速度がその成長速度より相対的に速くなるため微細となる26,27.また,有機系の添加剤は,電析金属結晶のキンク,ステップに吸着して結晶の成長を抑制することが知られている.ポリエチレンイミンの吸着能が増大するとZnの結晶成長速度が抑制され,電析Znの結晶は微細になると考えられる.また,電析Znの結晶は,分子量70000のポリエチレンイミンを添加した方が2000のものを添加した場合より微細となった.これは,分子量の大きい方を添加した方が,ポリエチレンイミンの吸着能が増大し電析の過電圧が増大するためと考えられる.

一方,電析Znの結晶配向性は,電析過電圧に依存することが報告されている26,27.電析過電圧の影響については,Pangarovは,種々の金属についてその2次元核形成仕事の相対値の計算を行い,与えられた結晶化過電圧では,核形成仕事の最も小さい2次元核が生成するとみなして,優先配向の過電圧依存性を示している28,29.それによれば,Zn六方稠密晶の優先方位は,過電圧の増大に伴い,{0001}→{1011}→{1120}→{1010}面へと変化する.ポリエチレンイミンを添加すると電析Znの優先方位は,{0001}面から{1010},{1120}面へと変化しており,これは,電析の過電圧が増大したためと考えられる.

電析膜の光沢(Fig. 1, 2)と電析膜の表面形態(Fig. 9)を比較すると,電析Znの板状結晶が微細になるほど光沢が高くなることが分かる.ポリエチレンイミンの分子量および電流密度が高くなると,電析Znの板状結晶がより微細になるため,光沢は高くなった.分子量2000と70000のポリエチレンイミンを混在させた場合,電析膜の光沢は,分子量2000と70000のものをそれぞれ単独で添加した場合の間となった.しかし,分子量2000と70000のポリエチレンイミンを混在させた方が,薄灰色のムラは少なく表面の外観はより均一となった.また,光沢,結晶配向性の電流密度依存性は,分子量2000と70000を混在させた方がそれぞれを単独で添加した場合より小さくなった.分子量2000と70000のものをそれぞれ単独で添加した場合と混在させた場合では,ポリエチレンイミンの吸着状況が異なっていることが推察されるが詳細は不明であり,今後更なる検討が必要である.

5. 結言

硫酸塩浴からの亜鉛-ポリエチレンイミン複合電析挙動とその電析膜の微細構造を調べた結果,以下のことが分かった.ポリエチレンイミンを添加した溶液で,電流密度が4000 A・m-2以上になると光沢のある外観が得られ,光沢は,分子量の大きい70000のものを添加した場合に最も高くなった.ポリエチレンイミンを添加すると,電析Znの優先配向面は{0001}面から{1120},{1010}面に変化し,ポリエチレンイミンの分子量および電流密度が高くなると,Znの板状結晶がより微細となった.Zn析出の部分分極曲線は,ポリエチレンイミンを添加すると分極しており,分極の程度は,分子量を70000と大きくすると高電流密度領域で特に大きくなった.ポリエチレンイミンの分子量,電流密度が大きくなるほど,電析膜中のC, Nの含有量は増加しており,陰極面へのポリエチレンイミンの吸着能が大きくなると考えられる.ポリエチレンイミンは,電析中の陰極界面のpHの上昇を若干抑制し,pH緩衝作用を示した.電析の際,陰極界面のpH上昇により,ポリエチレンイミンからHが脱離することによりN原子の孤立電子対が増加し陰極面への吸着能が大きくなると考えられる.

謝辞

本研究は,JSPS科研費JP18H01753および(財)JFE21世紀財団技術研究助成(2017年度)により行なわれました.ここに謝意を表します.

引用文献
 
© 2018 (公社)日本金属学会
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