抄録
深部静脈血栓症は肺動脈塞栓症など重篤な合併症を引き起こす疾患である。今回,深部静脈血栓症に伴う側副血行路破綻が原因と考えられた後腹膜出血を発症した症例を経験したので報告する。症例は75歳の女性。既往歴は脳出血。来院1週間前より左下肢の倦怠感と腫脹を自覚し,来院1日前に左腰背部痛が出現したため近医を受診したが,腰椎症と診断を受け,鎮痛薬を処方されて経過観察となった。翌日に左腰背部痛が増悪したため当院救命救急センターに救急搬送となった。来院時,軽度頻脈と左下肢にうっ血を認めた。CTにて左総腸骨静脈から左膝窩静脈にかけての血栓閉塞と左後腹膜血腫があり,静脈相で造影剤の血管外漏出を認めた。画像所見から左卵巣静脈からの出血が疑われ,経過観察入院となった。第2病日に貧血の進行と造影CTで再度静脈相における造影剤の血管外漏出を認めた。動脈性出血を考慮して血管造影を施行したが,明らかな活動性出血は認めなかった。そのため深部静脈血栓症に対する下大静脈フィルター留置と保存的治療を継続した。その後貧血の進行を認めず,左下肢の症状も改善したため転院となった。本症例では,後腹膜出血を引き起こすような明らかな外傷機転や凝固異常等は認めていない。臨床経過から深部静脈血栓症によって側副血行路の潅流圧が上昇し,左卵巣静脈の破綻により後腹膜出血を来したと考えられる。深部静脈血栓症患者の腰背部痛の鑑別に後腹膜出血を考慮する必要がある。