抄録
重症救急患者の長時間搬送においては,しばしば搬送中の病態悪化が問題になる。そこでこの問題に対するドクターカーの有用性と限界を検討する目的で,病院間搬送例において,従来の救急車とドクターカー搬送とを,vital signを中心に比較検討した。対象はドクターカー搬送を行ったドクターカー群149例(DC群)と,救急車で搬送後処置室で気管内挿管を必要としたコントロール群159例(C群)である。両群間には年齢,性,搬送時間,疾患分類や,搬入前の心停止,前医搬出時の意識障害(JCS≧II-10)や血圧低下例(SBP≦100mmHg)の頻度などにつき有意な差はなかった。搬送中意識レベルがJCS分類で1桁以上の改善はC群2例(1.6%),DC群25例(16.8%)で,1桁以上の悪化はC群29例(23.4%),DC群8例(5.4%)で両群間に有意差を認めた(p<0.01)。前医搬出時血圧低下例では,C群で搬送中収縮期血圧の低下傾向(83.4→73.3mmHg)を示したのに対し,DC群では有意に血圧が上昇した(81.7→96.8mmHg, p<0.01)。一方,出血性脳血管障害例ではC群は搬送前後で有意な血圧変化はなかったが,DC群では平均14%の収縮期血圧の低下をみた。搬入前の心停止例においては搬送中血圧測定不能となったり,心停止に陥った例がC群38/56例(67.9%), DC群9/40例(22.5%)で,心拍再開後の入院率もC群39.3%に対し,DC群70%といずれも両群間に有意な差を認めた(p<0.01)。またDC群の搬入前の心停止例における入院率は,搬出時血圧≧70mmHg,搬送時間30分以内では19/19例(100%)であったが,この条件を満たさなかった場合は,12/21例(57.1%)にとどまった(p<0.01)。生存退院例(救命率)も,収縮期血圧≧70mmHg,搬送時間20分以内では7/10例(70%)であったが,この条件を満たさなかった場合は4/30例(13.3%)にとどまった(p<0.01)。このようにドクターカーは重症例の搬送にきわめて有用かつ安全であったが,搬入前に心停止を起こしたような最重症例の長距離搬送に対しては限界があることも示唆された。