日本全身咬合学会雑誌
Online ISSN : 2435-2853
Print ISSN : 1344-2007
原著
有歯顎成人の咀嚼運動速度における性差
上杉 華子志賀 博荒川 一郎佐野 眞子仁村 可奈新井 修平
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2021 年 27 巻 1 号 p. 8-11

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抄録

歯科臨床の目的として咀嚼機能の回復と維持が挙げられることから,咬合力,咀嚼筋筋活動,咀嚼運動,咀嚼能力などによる咀嚼機能の客観的評価がなされている.これらの中で,咀嚼時の運動速度は,速度が速いほど咀嚼能力が高くなり,特に閉口時速度と咀嚼能力との間に有意な正の相関があることが報告されており,咀嚼機能評価のための重要な指標であることが示されている.しかしながら,咀嚼時の運動速度の性差については明らかにされていないのが現状である.そこで本研究では,咀嚼時の運動速度における性差の有無を明らかにする目的で,咀嚼条件に留意し,健常男性 20 名と健常女性20 名に軟化したガムを咀嚼させた時の切歯点の運動をMandibular Kinesiograph(MKG K6-I)で記録した.次いで,咀嚼開始後第5 サイクルからの10 サイクルについて,開口時最大速度,閉口時最大速度,開口時平均速度,閉口時平均速度をそれぞれ算出後,男女間で比較した.開口時最大速度と閉口時最大速度は,どちらも男性のほうが女性よりも大きく,男女間に有意差が認められた.開口時平均速度と閉口時平均速度は,最大速度と同様に男性のほうが女性よりも大きく,男女間に有意差が認められた.咀嚼運動は被験食品,咀嚼方法,分析区間などの咀嚼条件の影響を受けることが報告され,健常者でも運動が不安定になり,バラつきが大きくなるとされている10).よって本研究では,被験食品として軟化したチューインガム,咀嚼方法として主咀嚼側での片側咀嚼,分析区間として咀嚼開始後第5サイクルからの10サイクルを選択し,分析を行った.Kiliaridis ら12)は,ピーナッツを自由咀嚼させたときの平均速度を調べた結果,閉口速度では男女間に有意差がみられたが,開口速度では有意差がみられなかったと報告している.ピーナッツは軟化したチューインガムと異なり,咀嚼とともに大きさや硬さが変化する.また自由咀嚼では,咀嚼運動中に食塊の反対側への移動が起こり咀嚼の安定性が劣る.これらの咀嚼条件の影響によって速度のバラつきが生じ,男女間の有意差が出にくくなったと考えられる.Neill ら11)は,チューインガムを自由咀嚼させたときの平均速度を調べ,男性のほうが女性よりも有意に大きいことを報告している.Buschang ら13)は被験食品として安定した咀嚼運動の測定が行える軟化したチューインガムを用い,片側咀嚼で,かつ代表的なサイクルを選択し分析を行っている.彼らは最大垂直速度において男女間に有意差があると報告している.また,性差を検出できた理由として咀嚼側を同一側で行うことと,被験者を代表するサイクルを選択し分析を行うことを挙げている.本研究は,Buschang ら13)と同様に咀嚼条件に留意して実験を行った結果,男性のほうが女性よりも有意に大きい速度を有し,彼らの結果と一致していた.しかしながら,シリコーン印象材を片側咀嚼させたときの最大速度を調べたLepley ら14)は男女間に有意差がみら れなかったと報告している.彼らとの不一致の原因を考えると,まず被験食品の違いが考えられる.Buschang ら13)や本研究では軟化したチューインガムを用いているため,咀嚼運動が安定し,性差を検出できたのかもしれない.また,Lepley ら14)の運動速度以外の指標をみると,開口量の平均値は男性のほうが大きいものの有意差はなく,またサイクルタイムの平均値は男女で同じ値となっていた.これらの結果は,男性のほうが開口量が大きく,サイクルタイムが短いとするこれまでの研究報告9, 11, 13)と大きく異なっていた.これは,Lepley ら14)の研究では開口量が大きくサイクルタイムが短い運動を行う女性が含まれたため,運動速度においても性差がみられなかったのではないかと推察される.ただし,彼らの結果やKiliaridis ら12)の結果でも男性のほうが女性よりも運動速度の値が大きかった.これらのことから,咀嚼時の運動速度には性差があり,運動速度の分析に際して性差に留意すべきことが示唆された.

※内容の詳細は英論文になります.

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© 2021 一般社団法人 日本全身咬合学会
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