植物研究雑誌
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北海道に生育するアオサ属藻類
嶌田智横山奈央子増田道夫
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2007 年 82 巻 4 号 p. 205-216

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抄録

緑藻アオサ・アオノリ類は,世界各地の沿岸域に生育しており,海岸で最も目立つ海藻類の一つとして広く知られている(Abbott and Hollenberg 1976, Adam 1994, Bliding 1963, 1968, Burrows 1991, Womersley 1984, 吉田 1998).この藻群には,食品として利用されているスジアオノリや(平岡・嶌田 2004),水質浄化のためのバイオフィルター,血液凝固抑制剤などの医薬品としての有効利用が考案されているアナアオサなどが含まれる(能登谷 1999).また一方では,ミナミアオサなどのグリーンタイド種が博多湾や東京湾で大量発生し,環境問題になっている(Shimada et al. 2003) .

 アオサ属 Ulva は分類学的な歴史が古く,18世紀から登場する(Linnaeus 1753).その後,Link(1820)によってアオサ属は 2層膜状の種に限定され,1層管状の種は新設されたアオノリ属Enteromorphaに含められた.最近になって,世界各地のアオサ・アオノリ類に関する分子系統学的研究が盛んに行われ,アオノリ属はアオサ属の異名にすべきことが示唆された(Blomster 2000, Shimada et al. 2003).その後,Hayden et al.(2003)によってアオノリ属はアオサ属のシノニムとされ,日本においてもこの見解が取り入れられた(平岡・嶌田 2004, 吉田ら 2005).現在,アオサ属は世界で103種,12変種,39品種が認識され(Algae base: http://www.algaebase.org/),日本では18種が確認されている(吉田ら 2005).

 北海道にはこれまでにアオサ属 5種:アナアオサ U. pertusa Kjellman, オオバアオサ U. lactuca L., ウスバアオノリ U. linza L. [E. linza (L.) J. Agardh], ヒラアオノリ U. compressa L. [E. compressa (L.) Nees], ボウアオノリ U. intestinalis L. [E. intestinalis (L.) Nees], スジアオノリ U. prolifera O. F.Mller [E. prolifera (O. F. Mller) J. Agardh]が報告されている (阿部 1997, 藤田・津田 1987, 川井・黒木 1982, 名畑 1991, 佐藤 1993, Shimada et al. 2003, 山田 1942).

 しかし,アオサ属は体制が単純で分類形質が少なく同定が容易ではない.しかも種によっては,その分類形質が環境によって変化しうることが報告されている:外部形態(Mshigeni and Kajumulo 1979),分枝の有無(Blomster et al. 1998),藻体の厚さ(Bliding 1968, Phillips 1988),細胞の大きさ(Koeman and van den Hoek 1980),基部の細胞形態(Coat et al. 1998),藻体縁辺部分の鋸歯の有無(Phillips 1988),ピレノイドの数(Malta et al. 1999).したがって,天然藻体は形態データだけでは正しい同定が出来ない.

 近年,アオサ属藻類に関しては核コードITS(Internal Transcribed Spacer)領域や葉緑体コードrbcL(large subunit of ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxgenase)遺伝子などのDNAマーカーを用いた系統分類学的研究が進み,世界中のデータが蓄積されている(Blomster et al. 1998, 1999, Coat et al. 1998, Malta et al. 1999, Tan et al. 1999, Woolcott and King 1999, Blomster 2000, Bae and Lee 2001, Hayden et al. 2003, Shimada et al. 2003, Hayden and Waaland 2004, Hiraoka et al. 2004).同定したい株の塩基配列を明らかにし,これらのデータと比較することで,世界中のアオサ属藻類との系統関係が明らかになり,種同定の一助となっている.

 そこで本研究では,北海道に生育するアオサ属藻類相を明らかにすることを目的とし,北海道内各地でのサンプリング,核コードITS2領域を用いた分子系統解析および外部形態・細胞形態に関する観察・測定を行った.

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© 2007 植物研究雑誌編集委員会
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