サカキ科ヒサカキ属 Eurya は,常緑低木または亜高木 で,インド,ヒマラヤ,東南アジア,東アジア,ニューギニア,太平洋諸島に 160 種ほどが知られる.先行研究では台湾産種を中心に核リボソーム ITS 領域に基づいた系統関係が示されているが,日本産種については網羅されていなかった.本研究では,日本産全種の系統関係を探るべく,ITS 領域および ETS 領域に基づく系統解析を行った.得られた最尤系統樹からは,日本産種は二つの系統群(クレード A,クレード B)に区別され,形態的特徴からは予想できなかった種間関係が明らかとなった.クレード A では,屋久島固有のヒメヒサカキと沖縄島固有のクニガミヒサカキが姉妹群となり,琉球列島に広く分布するアマミヒサカキは独自の系統に位置づけられた.また,小笠原諸島のムニンヒサカキは単系統群とはならず,父島産個体が八重山諸島固有のヤエヤマヒサカキと近縁となった.クレード B では,ヒサカキは単系統群となったが,ハマヒサカキおよびサキシマヒサカキはそれぞれ単系統群とはならなかった.ハマヒサカキの変種のうち,マメヒサカキは遺伝的に分化している可能性が示された一方,テリバヒサカキの遺伝的分化は明確にはならなかった.八重山諸島固有のサキシマヒサカキは,南琉球列島産のハマヒサカキや台湾産種とは遺伝的には区別することができなかった.なお,サキシマヒサカキの学名は Hatusima (1960) ではなく Walker (1976)が正式発表で,E. sakishimensis Hatus. ex E.Walker となる.さらに,台湾産タイワンヒサカキ E. hayatae は,しばしば同種とされる E. nitida とは遺伝的に区別され,未記載の分類群を含む可能性があることが示唆された.
アケボノソウ Swertia bimaculata (Sieb. & Zucc.) Hook.f. & Thoms. ex C.B.Clarke(リンドウ科)に形態的に類似した未知の分類群が日本で発見された.この分類群とアケボノソウは,我々が調査した2地点において,近接して,あるいは同所的に生育していた.本研究では,MIG-seq (Multiplexed ISSR Genotyping by sequencing) を用いて,アケボノソウと新分類群との関係を高解像度の分子系統解析および集団遺伝解析により検討した.その結果,この新分類群は,アケボノソウとは異なる独立したクレードを形成し,祖先集団に遺伝的な交流が認められないことが明らかとなった.さらに詳細な形態観察により,本分類群は,花糸の色,花冠裂片上面の蜜腺の色および形態,花冠裂片上部に見られる黒点の大きさ,花冠裂片下面の色,ならびに開花後の花冠裂片の姿勢においてアケボノソウと区別できることが確認された.これらの結果に基づき,本研究では新分類群を新種シライワアケボノソウ S. shiraiwamontana Myotoishi & Yahara として正式に記載する.
日本の九州と四国において,バラ属(Rosa,バラ科)の 2 つの未知分類群を認識した.これらの分類学的な実態を明らかにするため,MIG-seq 法を用いて 36 サンプルについての系統解析を行なった.SplitsTree および最尤法による系統解析の結果,九州の分類群は,同地域にも分布するヤブイバラ R. onoei Makino に近縁であることが示された.しかし,この分類群は,葉の裏面が帯白色であり,花がより大きく,雄しべがより長く,花弁がふつう淡紅色であることにより,ヤブイバラから形態的に識別可能であった.したがって,この分類群を新種キリシマイバラ R. kirishimensis Yahara & Taganeとして記載する.一方,四国の分類群は,フジイバラ R. fujisanensis (Makino) Makino subsp. fujisanensis に類似しているが,より広くより円形の小葉と,より大きな花により識別される.この分類群は MIG-seq データにもとづくSTRUCTURE 解析および主成分分析により,その遺伝的構成はフジイバラと非常に類似していることが示されたが,最尤系統樹においてフジイバラから独立したクレードを形成した.これらの証拠に基づき,本分類群をフジイバラの新亜種シコクイバラR. fujisanensis subsp. shikokumontana Yahara & Se.Fujii として記載する.
マメ科(19,500 種)をソラマメ亜科(14,000 種)と,それ以外の 5 亜科からなるグループに大別する特徴の一つとして,前者では種子内の胚の軸が湾曲するが,後者では真っ直ぐであることが挙げられる.本研究では,ソラマメ亜科における胚の軸の湾曲要因を明らかにする目的で,同亜科の 5 種,および比較のため,その他の亜科の 3 種について,胚珠段階から種子成熟までの発達過程における内部構造変化を観察した.その結果,亜科の違いにかかわらず,いずれの種でも幼根の先端は珠孔に向かうように成長し,子葉の先端は合点 chalaza に向かうように成長することを確認した.また,ソラマメ亜科 5種の成熟した種皮では,背線 raphe 側における珠孔と合点の間の距離が反背線 anti-raphe 側に比べて顕著に短くなるため,幼根の先端と子葉の先端の距離が相対的に近くなり,結果として幼根の軸と子葉の軸の成す角が鋭角となり,胚の軸が湾曲することを明らかにした.ただし,胚珠の発達初期には背線側と反背線側で珠皮の長さに大きな違いがないことから,ソラマメ亜科では種子発達過程において背線側の種皮の伸長成長が反背線側に比べ抑制されることが考えられた.
ミャンマー初記録となるコケ植物セン植物門ヒラゴケ科の Pinnatella homaliadelphoides を報告する.本種はインド南部タミル・ナードゥ州と中国南西部雲南省で採集された標本にもとづいて2010 年に新種記載された.今回,ミャンマー東部カヤ州の石灰岩露頭で本種の生育が新たに確認された.今回得られた標本にもとづいて形態解析図を与えると共に,本種の系統的位置についても言及した.
日本で最初の女性博士,保井コノ (1880–1971) により1928年に新種記載された新第三紀鮮新世の亜炭中から発見されたコケ植物化石ヤスイゴケPolytrichites aichiensis Yasui(スギゴケ科,セン類)に関して,本種の学名と形態的特徴の情報を整理すると共に所在不明となっている標本を探索した.本研究により国立科学博物館においてヤスイゴケの可能性のあるプレパラート標本 4 点を確認したが,保井が本種の研究に使用した図版の基となる標本は発見できなかった.4点の標本はいずれも愛知県内長久手炭鉱産のものであり植物体断面の大きさや木部細胞の形態はヤスイゴケと共通した特徴がみられる一方,ヤスイゴケの特徴である大型厚壁細胞は確認できなかった.そのため,これらの標本はヤスイゴケと断定できず,コケ植物の茎と断定するにも情報が不足していることからレクトタイプやネオタイプへの指定は控えることとした.今後の調査によってヤスイゴケと断定できる標本が発見されることを願う.
Klotzsch は,W. Hoffmeister がヒマラヤで収集したコレクションに基づき,ミシマサイコ属(セリ科)の 3種,Bupleurum himalayense Klotzsch,B. gracillimum Klotzsch,B. hoffmeisteri Klotzsch を記載した.ベルリン植物標本館 (B) に収蔵されていたと考えられるタイプ標本は現存しないことが確認されたため,初発表文に掲載された 3 種の詳細な図版をレクトタイプとして選定した.
Mycetia 属(アカネ科)は熱帯・亜熱帯アジアに約 45 種を産し,ベトナムからは 4 種が記録されていた.ベトナム北部 Hoa Binh 省の熱帯雨林から,中国で記載された M. longiflora をベトナム新産として記録し,カラー写真とともに形態,生態,フェノロジーについて報告した.
ネパール中部の Lalitpur 地区から,ネパール新産となるシャジクモ科のChara braunii var. braunii シャジクモと,2 例目の記録となる C. contraria を報告した.両種についての詳細な記載,識別形質に関する注釈,顕微鏡写真,ならびに生息環境と分布の概要を提供した.
静岡県浜松市天竜区において採集されたチャボシライトソウChionographis koidzumiana Ohwi(シュロソウ科)の標本を見出した.チャボシライトソウの本標本は,静岡県から証拠標本を伴う初記録かつ分布東限の更新となる.岐阜県で採集された新たな標本についても報告した.
静岡県の伊豆半島に生育するオオバコ科オオアブノメ属のカミガモソウGratiola fluviatilis Koidz. を発見した.カミガモソウの本集団は,静岡県新産かつ分布の東限更新となる.
インド植物調査局 Botanical Survey of India 主催の第6回植物命名規約研修会がシッキムの Gangtok で開催された.講師はMadrid 規約編集者の一人 Kanchi N. Gandhi 博士が務め,今回は Nomenclature Stability and Revision of Conserved Names と Type Citation について講演した.講演内容の要旨は本文に紹介されている.講演後に 3 点の質問があったが,講演内容に関するものではなく,Art. 9.12 の解釈,タイプ指定の用語の使用,著者の用いた種形容語の用法に関するものであった.