2024 年 99 巻 5 号 p. 281-295
著者らの先行研究ではDNA バーコーディングによるテンモンドウAsparagi radixの種鑑別技術を確立し,市場品調査を行うことにより,Asparagus cochinchinensisと共に4ないし5種の日中市場流通を確認した.この中で,同定された生薬サンプルのうち栽培品が占める割合がA. subscandens では0%,A. cochinchinensis では35%,A. taliensis では78%であった.テンモンドウにおいては,野生品の枯渇に応答して今後,栽培品の増加が予想されるが,それに伴い原植物の比率が変化し,特に A. taliensisが増加することが予想される.そこで,本研究では、文献調査と現地調査による情報を整理し,テンモンドウの原植物の種多様性の歴史的経緯,特にA. cochinchinensisと A. taliensis が栽培されるに至った経緯を明らかにし,テンモンドウの原植物に起こる未来を推測することを試みた.調査の結果,湖北,貴州,四川の野生産地では,A. cochinchinensis のみが採取されていたのに対して,広西と四川の栽培地では A. cochinchinensis,雲南と貴州の栽培地では A. taliensis が栽培されていた.中国で両種が栽培されている現状は,四川,広西,雲南の3つの地域でそれぞれ独立して栽培化が進められ,その際に各地域に自生する種,系統が用いられたことが原因と考えられる.栽培品のうち,調査時に市場で最も多く流通していた A. cochinchinensis に由来する広西産テンモンドウは細く小さい一方,雲南,貴州産の A. taliensis に由来するものは太く,大きく,色が薄く,地道生薬の特徴と一致していた.テンモンドウの野生産地としても雲南・貴州は良品を産するとされてきた地道産地であり,将来的には A. taliensis の生産と流通が増加すると予想される.