南アジア研究
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アシュトシュ・ミュゼアム蔵『パンチャラクシャー』古写本紙料
そのネパール製紙史上の位置
小西 正捷
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1990 年 1990 巻 2 号 p. 145-155

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抄録

西暦1105年にあたる年号を奥付にもつ, カルカッタ大学付属アシュトシュ.ミュゼアム所蔵の仏典『パンチャラクシャー』写本は, ネパール紙に書かれた, 南アジァにおける最古の紙本文書例である.製紙技術導入以前の文書素材は, 貝葉や綿布, 樺皮, 木片等であつたが, ネパールではカシュミール地方に一時用いられた樺皮は用いられず, 一方貝葉は, 製紙技術導入後はるかのちの, 17-18世紀にいたるまで用いられたことが知られている.
カトマンドゥのケーサル・シャムシェル・ジャン・バハードゥル・ラナ・コレクション (通称ケーサル・ライブラリー) 所蔵の約3000点におよぶ古文書を調査する機会を得た筆者は, そのうちより奥付をもつ文書計337点 (うち貝葉文書105点, 紙本文書232点) を抽出し, さらに紙本文書をインド製の紙かネパール製の紙か, またその奥付にある年代の紀元の如何によつて細分して, その歴史的意義を明らかにした.それによると, ことに16世紀半ばにおいて貝葉はあまり用いられなくなり, かわつて紙本が一般的となつて, 貝葉にとつてかわるようすが明らかである.12世紀初頭に, おそらくはチベット (ないしはチベット経由で中国) からの製紙技術がネパールに伝わっていたにもかかわらず, それが一般化するまで400年以上がかかつていることには, さまざまな歴史的背景が考えられる.ネパールをめぐる, インドやチベットとの関係のみならず, そこには宗教的かつ社会経済的背景も関つていたことであろう.
本稿ではその点についても考究するとともに, ことに12-14世紀ころの, ネパールにおける紙本文書の古例を検討し, 『パンチャラクシャー』写本の歴史的位置づけとその重要性を説いた.またその過程で, 高岡秀暢氏がリスト化した約1560点の文書より, 年代の付されている計461点の古文書を抽出し, 同様の考察によつて, 筆者の論点を裏付けようとした.

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