2014 年 20 巻 2 号 p. 69-76
本研究では、仕事に関する積極的態度であるワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントが、それぞれリカバリー経験(就業中のストレスフルな体験によって消費された心理社会的資源を元の水準に回復させるための活動)とどのような関連を有しているのか、 日本の労働者を対象として明らかにすることを目的とした。ワーカホリズム、ワーク・エンゲイジメント、リカバリー経験に関する各質問項目を含むインターネット調査を、調査会社である株式会社マクロミルの登録モニタを対象に行った(調査期間:2010年10月)。登録モニタから、性別、年代、居住地域が人口統計比率に合うように無作為抽出された13,564名の労働者に対して研究協力の案内が送付された。本研究では回答期間内に回答した先着2,520名を解析対象とした(男性1,257名、女性1,263名:平均年齢44.4歳、SD = 12.9)。分析は、各構成概念(ワーカホリズム、ワーク・エンゲイジメント、リカバリー経験)間の関連を明らかにするため、共分散構造分析を実施した。共分散構造分析の結果、ワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントとは、弱い正の相関を有していた。また、ワーカホリズムは4つのリカバリー経験(心理的距離、リラックス、熟達、コントロール)と負の関連を有し、ワーク・エンゲイジメントは3つのリカバリー経験(リラックス、熟達、コントロール)と正の関連を有することが明らかになった。これらの結果は、ワーカホリズムはリカバリー経験を抑制するのに対して、ワーク・エンゲイジメントはリカバリー経験を促進することを示唆している。ワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントは仕事に対して多くのエネルギーを費やす点では共通しているものの、リカバリー経験との関連については、それぞれ異なる影響を有することが考えられる。
近年、労働環境は急速に変化している。たとえば、情報技術の進歩は、労働者を職場外や所定の労働時間外にも働くことを可能にした。そのため仕事と私生活との境界が曖昧になりつつあり1, 2)、労働者のストレスを高める結果につながるという指摘がある2, 3)。このような労働環境の変化に伴い、 労働者の健康を保持・増進するには、就業状況(どのような環境で働くか)だけでなく、仕事に対する個人の態度(どのように働くか)についても考慮することが重要になってきた3)。以上の背景から、 近年産業精神保健分野では、仕事に対する態度として「ワーカホリズム」と「ワーク・エンゲイジメント」という概念が注目されている。
ワーカホリズムは「過度に働くことへの衝動性ないしコントロール不可能な欲求」を表す概念として、Oates(1971)によって提唱された4)。以後、「時間の多くを仕事に費やす」「仕事中でなくても頻繁に仕事のことを考える」「組織からの期待や経済的な必要性以上に働く」などの様々な特徴が明らかにされてきた5)。近年、これらの特徴を整理したSchaufeliら3)は、ワーカホリズムを「強迫的かつ過度に一生懸命働く傾向」と定義したうえで、働き過ぎ(行動的な側面)と、強迫的な働き方(認知的な側面)という2つの下位概念に整理することを提案した。
他方、 ワーク・エンゲイジメントは、バーンアウト(仕事に過度にエネルギーを費やした結果、疲弊的に抑うつ状態に至る)の対概念として提唱された新しい概念である6)。ワーク・エンゲイジメントは「活力」「熱意」「没頭」の3つの下位概念から構成されている6)。「活力」は、高いエネルギー、自分の仕事における努力、困難と向き合う際の抵抗力などで特徴づけられる。「熱意」は、自らの仕事に熱心に取り組んでいることをあらわし、仕事の重要性、仕事への熱中、誇り、挑戦の自覚などにより特徴づけられる。「没頭」は、仕事に最大限に集中している状態をあらわし、仕事に夢中で時間が早く過ぎるのを感じるなどにより特徴づけられる。以上より、 ワーカホリックな労働者とワーク・エンゲイジメントの高い労働者は、いずれも仕事に多くのエネルギーを費やし、一生懸命働く点で共通することが分かる。
しかしながら、両者は「仕事に多くのエネルギーを費やす」「一生懸命に働く」という行動面では共通しているものの、その背後にある理由が相互に異なることが指摘されている3, 7)。具体的には、ワーカホリズムが、働くことへの衝動性制御の困難、過度の完全主義、低い自尊心の補償、非就業時の罪悪感・不安の低減などによって特徴づけられるのに対して、ワーク・エンゲイジメントは、仕事自体の面白さ、すなわち内発的な動機づけによって特徴づけられる点で、相互に異なっている3, 17)。
ワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントとの概念間の異同は、 様々なアウトカムとの関連を検討することにより実証的に明らかにされてきた。たとえば、 ワーカホリズムの傾向を持つ労働者は仕事に多くの時間を費やすことから8)、心身の疲弊につながりやすく9)、心理的ストレス反応の高さや身体愁訴の多さと関連することが報告されている3, 9,10,11,12,13,14,15)。また、完全主義、非現実的で高すぎる目標設定、他者への権限委譲の少なさ、思考や行動の柔軟性の乏しさなどにより16)、仕事のパフォーマンスや職務満足度などの職業生活の質が低いことが報告されている4, 17)。他方、ワーク・エンゲイジメントの高い労働者は、仕事に関連してポジティブな感情を経験しやすく18)、睡眠の質が良好であり19)、心理的ストレス反応が低く、身体愁訴が少ないほか8, 17)、働きがいのある状況を自ら作り出したり20, 21)、仕事のパフォーマンスや職務満足度が高いなど、職業生活の質が高いことが明らかにされている17, 22)。ワーカホリズムやワーク・エンゲイジメントが職場以外での生活の質に及ぼす影響に関しては、これまでに生活満足度との関連が検討され21)、ワーカホリズムは生活満足度の低さと、ワーク・エンゲイジメントは生活満足度の高さとそれぞれ関連することが明らかにされてきた。しかし、ワーカホリズムやワーク・エンゲイジメントが就業時間以外での時間の過ごし方とそれぞれどのような関連を有しているかについては、いまだ検討されていない。
近年、就業時間以外での時間の過ごし方として、就業中のストレスフルな体験によって消費された心理社会的資源を元の水準に回復させるための就業時間以外での活動である「リカバリー経験」が注目されている 23, 24)。リカバリー経験は、「心理的距離」「リラックス」「熟達」「コントロール」の4つの側面で構成されており、「心理的距離」は仕事から物理的にも精神的にも離れている状態であり、仕事の事柄や問題を考えない状態、 「リラックス」は心身の活動量を意図的に低減させている状態、 「熟達」は余暇時間での自己啓発、 「コントロール」は余暇の時間に何をどのように行うかを自分で決められる程度を意味する24)。リカバリー経験に関する先行研究では、4種類のリカバリー経験が、それぞれ心身の良好な健康、仕事のパフォーマンスの高さと関連していることが明らかにされているが 7, 24)、各リカバリー経験がどのような要因によって規定されているのか、その先行要因についての検討はいまだ限定的である24,25,26)。
そこで本研究では、 仕事への積極的な態度であるワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントに注目し、それぞれがリカバリー経験とどのような関連を有しているかについて実証的に明らかにすることを目的とする。上述した論議を踏まえると、ワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントはともに、「仕事に多くのエネルギーを費やす」「一生懸命に働く」という行動面では共通しているものの、その背後にある理由が相互に異なるために、心身の健康や職業生活の質だけでなく、職場以外での生活の質に対しても異なる影響を及ぼすことが推察される。そこで、本研究では以下の3つの仮説を設定した。
仮説1:ワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントとは弱い正の関連を有する。
仮説2:ワーカホリズムは4つのリカバリー経験とそれぞれ負の関連を有する。
仮説3:ワーク・エンゲイジメントは4つのリカバリー経験とそれぞれ正の関連を有する。
上述した3つの仮説を図示したものがFig. 1である(Fig.には仮説モデルの検証結果も提示してある)。
Association of workaholism and work engagement with recovery experiences among Japanese workers (N=2,520). Structural Equation Modeling was conducted. All values in the path diagram indicate the estimate value of the standard deviation. All paths excluded dashed line were statistically significant (p<0.001). Error variables are omitted in this figure. VI=Vigor, DE=Dedication, AB=Absorption, WE=Work excessively, WC=Work compulsively, PD=Psychological detachment, RE= Relaxation, MS=Mastery, CN=Control.
ワーカホリズム、ワーク・エンゲイジメント、リカバリー経験に関する各質問項目を含むWEB調査を、株式会社マクロミルの登録モニタを対象に行った (調査期間:2010年10月14−16日)。マクロミル株式会社は日本全国で約116万人のモニタを有し、 年代ごとでは30代(30.1%)、 20代 (26.4%)、 40代 (22.5%)、 職業に関しては、 専業主婦 (20.2%)、 パート・アルバイト (15.3%)、 学生 (14.5%)、 事務系会社員 (13.8%)、 その他の会社員 (11.6%)、 技術系会社員 (10.6%)、 の順に多い (2014年4月1日現在)。また、 モニタの重複回答を防ぐため、複数の調査票への回答に類似した傾向が見られた場合には、当該回答を無効とするシステムを有している。調査の案内は、20~69歳の労働者で、かつ性別、年代、居住地域が人口統計比率に合うように全対象モニタから無作為抽出された13,564名に対して電子メールが配信された。回答者への謝礼として、マクロミル内のシステムを通じての換金、または商品と交換できるポイントが付与された。本調査では3日間の回答期間内に回答した先着2,520名を解析対象とした(男性1,257名、女性1,263名:平均年齢44.4歳、SD=12.9)。本研究は、東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を受け実施された。
2. 調査項目 1) ワーカホリズムワーカホリズムの測定は、日本語版The Dutch Workaholism Scale (DUWAS)8)を使用した。本尺度は、働き過ぎ(項目例:常に忙しく、一度に多くの仕事に手を出している:α = 0.80)、強迫的な働き方(項目例:仕事を休んでいる時間は、罪悪感を覚える:α = 0.74)の2下位尺度、合計10項目で構成されている。回答は、各質問内容に関して該当する頻度を「1 = 感じない」から「4 = いつも感じる」の4件法で求めた。日本語版DUWASの信頼性と妥当性は、Schaufeliら8) によって確認されている。
2) ワーク・エンゲイジメントワーク・エンゲイジメントの測定は、日本語版ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度短縮版(The Japanese Short Version of the Utrecht Work Engagement Scale: UWES-J)27)を使用した。本尺度は活力(項目例:職場では、元気が出て精力的になるように感じる:α = 0.91)、熱意(項目例:自分の仕事に誇りを感じる:α = 0.87)、没頭(項目例:仕事に没頭しているとき、幸せだと感じる:α = 0.88)の3つの下位尺度、合計9項目で構成されている。回答は、各質問内容に関して該当する頻度を「0=全くない」から「6 = いつも感じる」の7件法で求めた。UWES-Jの信頼性と妥当性は、Shimazuら27) によって確認されている。
3) リカバリー経験
リカバリー経験の測定は、日本語版リカバリー経験尺度(The Japanese version of the Recovery Experience Questionnaire: REQ-J)28)を使用した。本尺度は、心理的距離(項目例:仕事のことを忘れる:α = 0.85)、リラックス(項目例:リラックスできることをする:α = 0.89)、熟達(項目例:新しいことを学ぶ:α=0.87)、コントロール(項目例:何をするか自分で決められると思う:α = 0.85)の4つの下位尺度、合計16項目から構成されている。回答は、各質問内容に関して該当する程度を「1=全く当てはまらない」から「5=よく当てはまる」の5件法で求めた。REQ-Jの信頼性と妥当性は、Shimazuら28)によって確認されている。
4) 属性
対象者の属性を把握するため、年齢、性別、婚姻歴(結婚している/結婚していない)、学歴(中卒/高卒/専門学校卒/短大・高等専門学校卒/四年制大学卒/大学院卒/その他)、職種(専門・技術/管理/事務/営業・販売/サービス/生産技能・作業/保安/農林漁業/運輸・通信/その他)、交代制勤務の有無、週当たりの労働時間を尋ねた。また本研究では、 職種のうち専門・技術職、 管理職、 事務職および営業・販売職をホワイトカラー、 その他をブルーカラーと区別した。
3. 解析方法緒言で提示した3つの仮説を検証するため、Fig. 1に示した構成概念(ワーカホリズム、ワーク・エンゲイジメント、リカバリー経験)間の関連を共分散構造分析により解析した。本研究では、リカバリー経験に関する4つの測定方程式において、潜在変数に対応する観測変数がそれぞれ1つであったため、観測変数での誤差分散を0.5に設定した。また、 想定した因果モデル全体のデータへの適合度に関しては、GFI(Goodness of Fit Index)、AGFI(Comparative Fit Index)、CFI (Comparative Fit Index)、RMSEA(Root Mean Square Error of Approximation)により検証した。解析にはAMOS version 19を用いた。
Table 1に解析対象者の属性を示す。性別はほぼ男女同数であった。婚姻に関しては「結婚している」対象者が61.9%であった。学歴に関しては、44.4%が四年制大学卒以上であった。職種に関してはホワイトカラー(専門・技術/管理/事務/営業・販売/サービス)が70.7%、ブルーカラー(生産技能・作業/保安/農林漁業/運輸・通信/その他)が29.3%であった。交替性勤務に関しては、「なし」の者が82.3%であった。週平均労働時間は37.2(SD=24.9)時間であった。
n | (%) | Mean | (SD) | ||
Age (years) | 2,520 | 44.4 | (12.9) | ||
Grouped age (years) | |||||
20–29 | 461 | (18.3) | |||
30–39 | 542 | (21.5) | |||
40–49 | 470 | (18.7) | |||
50–59 | 567 | (22.5) | |||
60–69 | 480 | (19.0) | |||
Sex | |||||
Men | 1,257 | (49.9) | |||
Women | 1,263 | (50.1) | |||
Marital status | |||||
Yes | 1,560 | (61.9) | |||
No | 960 | (38.1) | |||
Education | |||||
Junior college or lower | 1,376 | (54.6) | |||
University or graduate school | 1,144 | (45.4) | |||
Occupation | |||||
White worker | 1,782 | (70.7) | |||
Blue worker | 738 | (29.3) | |||
Shift work | |||||
No | 2,074 | (82.3) | |||
Yes | 446 | (17.7) | |||
Working hours (minitues/day) | 37.2 | (24.9) |
SD = Standard Deviation.
Table 2に、変数の基本統計量と変数間の相関係数を示した。ワーカホリズムの各下位尺度とワーク・エンゲイジメントの各下位尺度との間に、すべて正の弱い相関が認められた(「働き過ぎ」と「活力」、 r=0.06; 「働き過ぎ」と「熱意」、 r=0.15; 「働き過ぎ」と「没頭」、 r=0.20; 「強迫的な働き方」と「活力」、 r=0.07; 「強迫的な働き方」と「熱意」、 r = 0.16; 「強迫的な働き方」と「没頭」、 r=0.22)。また、ワーカホリズムとリカバリー経験との関連については、ワーカホリズムの2つの下位尺度は「熟達」を除くすべての下位尺度との間に負の弱い相関を示した (「働き過ぎ」と「心理的距離」、 r=−0.23; 「働き過ぎ」と「リラックス」、 r=−0.18; 「働き過ぎ」と「コントロール」、 r = −0.07; 「強迫的な働き方」と「心理的距離」、 r=−0.26; 「強迫的な働き方」と「リラックス」、 r=−0.22; 「強迫的な働き方」と「コントロール」、 r=−0.11)。ワーク・エンゲイジメントとリカバリー経験との関連については、ワーク・エンゲイジメントの「活力」は、リカバリー経験の「リラックス 」「熟達」「コントロール」との間で正の弱い相関を示した (それぞれr=0.13、 0.35、 0.16)。また、 ワーク・エンゲイジメントの「熱意」は、リカバリー経験の「リラックス」「熟達」「コントロール」との間で正の弱い相関を示した一方(それぞれr=0.12、 0.35、 0.22)、 「心理的距離」とは負の弱い相関を示した (それぞれr=−0.06)。さらに、 ワーク・エンゲイジメントの「没頭」は、リカバリー経験の「熟達」「コントロール」との間で正の弱い相関を示した(それぞれr=0.31、 0.13) 一方、 「心理的距離」とは負の弱い相関を示した(r=−0.15)。
Variables | Mean | SD | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | |
Workaholism | |||||||||||
1 Working excessively | 2.0 | (0.7) | |||||||||
2 Working compulsively | 1.9 | (0.6) | 0.64*** | ||||||||
Work engagement | |||||||||||
3 Vigor | 2.6 | (1.3) | 0.06** | 0.07** | |||||||
4 Dedication | 3.1 | (1.3) | 0.15*** | 0.16*** | 0.85*** | ||||||
5 Absorption | 2.7 | (1.4) | 0.20*** | 0.22*** | 0.79*** | 0.84*** | |||||
Recovery experiences | |||||||||||
6 Psychological detachment | 3.4 | (0.9) | –0.23*** | –0.26*** | –0.03 | –0.06** | –0.15*** | ||||
7 Relaxation | 3.7 | (0.8) | –0.18*** | –0.22*** | 0.13*** | 0.12*** | 0.03 | 0.70*** | |||
8 Mastery | 3.2 | (0.9) | 0.00 | –0.04 | 0.35*** | 0.35*** | 0.31*** | 0.26*** | 0.40*** | ||
9 Control | 3.9 | (0.8) | –0.07*** | –0.11*** | 0.16*** | 0.22*** | 0.13*** | 0.47*** | 0.65*** | 0.40*** |
Pearson product-moment correlation coefficient were used. ***p< 0.001, **p< 0.01. SD=Standard Deviation.
Fig. 1に、ワーカホリズム、ワーク・エンゲイジメント、リカバリー経験の要因間の因果関係を共分散構造分析により解析した結果を示す(パス図内の数値は、標準化偏回帰係数を示す)。想定した因果モデル全体のデータへの適合度に関しては、GFI = 0.97、AGFI = 0.93、CFI = 0.98、 RMSEA = 0.09、であり、仮説モデルのデータへの適合はおおむね良好であると判断された。また、構成概念から観測変数への影響指標はすべて0.75以上の値を示しており(すべてp<0.001)、構成概念と観測変数とは適切に対応していると判断された。
次に、想定した因果関係の部分的評価について各々の因果係数(パス係数)を、3つの仮説に沿って検討したところ、次の3点が明らかになった。第1に、ワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントとの間に弱いながらも有意な正の相関が認められ(r=0.19、p<0.001)、仮説1が支持された。第2に、ワーカホリズムと4種類のリカバリー経験との間にそれぞれ有意な負の関連が認められ(心理的距離、 β=−0.30、p<0.001; リラックス、 β=−0.28、p<0.001; 熟達、 β=−0.11、p<0.001、 コントロール、 β=−0.17、p<0.001)、仮説2が支持された。第3に、ワーク・エンゲイジメントと3種類のリカバリー経験との間に有意な正の関連が認められたが(リラックス、 β=0.17、p < 0.001; 熟達、 β=0.39、p<0.001; コントロール、 β=0.24、p<0.001)、心理的距離との間には有意な関連は認められず(β=0.02、p>0.05)、仮説3は部分的に支持された。
本研究では、インターネット調査に回答した2,520名の日本人労働者を対象に、仕事への積極的な態度であるワーカホリズムおよびワーク・エンゲイジメントとリカバリー経験との関連を検討した。
ワーカホリズム、ワーク・エンゲイジメント、リカバリー経験の要因間の関連を共分散構造分析で解析した結果、ワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントとの間には有意な正の相関が認められた。しかし、両者の相関係数はr = 0.19と低い値に留まっていることから、両者は一生懸命働くという点では共通しているものの、その背後の動機づけが異なっている可能性を示唆していると言える。動機づけ理論の一つである自己決定理論29)の構成要素とワーカホリズムおよびワーク・エンゲイジメントとの関連を検討した研究によると、ワーカホリズムは外発的動機づけと正の関連を示した一方で、ワーク・エンゲイジメントは内発的動機づけと正の関連を示し30)、両者が異なる動機づけをもつことを支持している。両者における動機づけの違いは、リカバリー経験との関連の違いとしても認められ、ワーカホリズムは4種類のリカバリー経験(心理的距離、リラックス、熟達、コントロール)とすべて負の関連を有していたのに対して、ワーク・エンゲイジメントは心理的距離を除く3つのリカバリー経験とそれぞれ正の関連を有していた。ワーカホリックな労働者は、仕事への義務感や仕事から離れている時の罪悪感から仕事に従事しているため、 仕事での充足感が得られにくい。このことは、 労働時間の延長と余暇の減少につながり31)、リカバリー経験を低下させる可能性が考えられる。他方、エンゲイジしている労働者は、仕事自体が楽しいという内発的な動機づけにもとづいて仕事に従事していることから、達成感や充実感が得られやすい29)。達成感の充足は仕事から余暇への移行を円滑にさせ、良好なリカバリー経験を促す可能性が考えられる。ワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントとの異同を検討した従来の研究では、健康やパフォーマンスとの関連において検討されていたが、本研究では、良好な健康やパフォーマンスにつながると考えられているリカバリー経験との関連に注目した点で、新たな知見が得られたと言える。
なお、仮説3での予想に反して、ワーク・エンゲイジメントは心理的距離と有意な正の関連を有していなかった。このことは、ワーク・エンゲイジメントの高い人は、就業時間外であっても必ずしも「仕事と心理的に距離を置いている」とは限らないことを意味している。仕事のことを完全に忘れてしまうと、翌日の仕事の着手に時間を要する可能性があるため、高いパフォーマンスを発揮するワーク・エンゲイジメントの高い労働者は、就業時間外であっても、ある程度は仕事のことを考えているのかもしれない32)。実際、Binnewiesら33)は、就業時間外に仕事のことを考えることは、必ずしもネガティブではないと述べている。ワーク・エンゲイジメントの高い労働者は、職場で経験した良い出来事を振り返り、翌日以降も引き続き良好なパフォーマンスを維持するために、仕事のことを前向きに考え、自己啓発などの行動(=熟達)につなげている可能性がある。今後、ワーカホリックな労働者やワーク・エンゲイジメントの高い労働者が、(1)仕事外の場面でどのような内容のことをどの程度考えているのか、(2)異なる種類のリカバリー経験をどのように関連づけているのか、についても検討する必要がある。
最後に、本研究での限界について言及する。第1に横断データを用いたために、要因間の因果関係を特定できないことが挙げられる。今後、縦断データを用いたモデルの検証が必要である。第2に自己評価式の調査を用いている点が挙げられる。すべての項目が質問票による主観的指標のみによって測定されているため、今後は他者評価などの客観的指標を用いることも必要と考えられる。また、 本研究はマクロミル株式会社の登録モニタを対象としたが、 インターネット利用者は、 そうでない集団と比べて経済的に恵まれており、 教育水準が高いことが知られている34)。さらに、 対象者の属性に関して、 総務省統計局労働力調査35)の全国平均と比較すると、 年齢に関しては全国平均が42.5歳に対して本研究では44.4歳とやや高く、 週平均労働時間は全国平均で39.2時間に対して本研究では37.2時間と少ないものの、 大きな差違は無いと考えられる。一方、 女性割合に関して、 全国平均では42.3%に対して、 本研究では50.1%とやや高かった。わが国では、 女性の労働時間が男性よりも短く、 女性の家事・育児時間が男性よりも長いこと36)を考慮すると、 リカバリー経験には仕事への態度(ワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズム)以外に、家庭要因(家事、育児など)が含まれる可能性も否定できない。またホワイトカラーが全国平均で51.9%に対して、 本研究では70.7%と多い割合であった。日本の職場では、ホワイトカラーはブルーカラーに比べて仕事の裁量権が高く、働き方の工夫を自ら主体的に行える可能性が高いと考えられる37)。そのため、 ホワイトカラーの割合が多い本研究では、 仕事への態度(ワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズム)のアウトカムに及ぼす影響が通常よりも強く出ている可能性が考えられ、 この点も含めて一般化可能性に留意する必要がある。しかしながら、 労働者を性別、年代、居住地域が人口統計比率に合うように全対象モニタから無作為抽出した点は本研究の強みといえる。第3に、 共分散構造分析によりワーカホリズムおよびワーク・エンゲイジメントとリカバリー経験の関連が明らかになったが、 その影響の程度は十分高いと言えない。実際、 リカバリー経験に関する4種類の潜在変数の決定係数は0.07から0.15と低値であった点からも、リカバリー経験が、 ワーカホリズムやワーク・エンゲイジメント以外の要因によっても影響を受けていることが示唆される。最後に、 本研究の調査期間は3日間の先着に限定していることから、 調査対象とならなかった、 もしくは対象であっても実際に参加しなかった労働者と比べ、 労働時間が短く調査に参加する時間的余裕があり、 仕事から得られる収入が一般に比べて少ない労働者が対象者として参加した可能性がある。しかしながら、 このような対象と推測されながらも、 仕事への積極的態度 (ワーク・エンゲイジメント、ワーカホリズム)とリカバリー体験との関連が小さいながらも示されたことは意義があると考えられる。
本研究では、インターネット調査に回答した2,520名の日本人労働者を対象に、ワーカホリズムおよびワーク・エンゲイジメントとリカバリー経験との関連を検討した。共分散構造分析の結果、ワーカホリズムはリカバリー経験を抑制するのに対して、ワーク・エンゲイジメントはリカバリー経験を促進することが明らかになり、ワーカホリズムとワーク・エンゲイジメントは、それぞれリカバリー経験に対して異なる影響を有することが示唆された。
本研究は、文部科学省科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)現代社会の階層化の機構理解と格差の制御:社会科学と健康科学の融合(研究課題番号:21119003)の助成を得て行われた研究の一部である。