行動医学研究
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総説
「栄養」教育から「食行動」教育へ
―体重管理における誘惑場面の対策に関する基礎と実践的研究―
赤松 利恵
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2015 年 21 巻 2 号 p. 63-68

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要約

望ましい食生活の実践には、「食物や栄養」に関する知識も必要である。しかし、「食物や栄養」に関する知識だけがあっても、「わかっているけれどできない」人を増やすだけである。食生活の実践には、「食行動」の知識も必要である。しかしながら、「食行動」視点の研究が少ないため、栄養教育に活用できる「食行動」視点のアドバイスが少ないのが現状である。そこで、栄養教育に活用できる「食行動」研究として、体重管理における誘惑場面の対策に関する研究を行った。まず、体重管理の対策の種類を整理するために、質的研究と尺度開発研究を行った。これらの研究によって、「行動置換」「食べ方」「刺激統制」「ソーシャルサポート」「認知的対処」の5つの対策が抽出された。その後、ある企業に協力いただき、体重管理の誘惑場面における対策のアドバイスを中心とした体重管理プログラムを行った。その結果、体重管理の行動変容段階の実行・維持期の者は増え、BMI(body mass index)25 kg/m2の人は減った。この実践的研究は、対策を中心としたプログラムの実施可能性を示した。さらに、体重管理における誘惑場面の対策を用いたカード教材を開発し、保健医療従事者および健康教室に参加した成人を対象に実施可能性を検討した結果、カード教材による学習を「楽しかった」と回答する人が多かった。一方で改良点も提案され、これらを参考に教材を改良した。本稿で紹介したような研究結果が、「食行動」視点のアドバイスには必要である。「栄養」を中心とした教育から、「食行動」視点を加えた栄養教育の実践のために、今後さらに「食行動」学の研究が実施されることを期待する。

はじめに

「どうせ、管理栄養士に相談しても栄養のことしか話さないでしょう」管理栄養士に対するこのような批判はよく耳にする。この批判の裏側には、「わかっているけれどできない」という気持ちがあるのだろう。なぜそういうアドバイスになってしまうのだろうか。たとえば、相談者が「やめようと思っていても、ついお菓子を食べちゃうんですよね」と相談に来たとする。そこで、管理栄養士が「どのようななお菓子をよく召し上がるのですか」と質問すると、「チョコレートが好きなんです」といった返事が返ってくるだろう。そして、会話はよく食べるお菓子になり、カロリーを中心とした栄養素の話になっていくことが想像できる。一方で、「どのようなときについお菓子を食べてしまうのですか」と質問すると、「イライラするとつい食べちゃうんです」といった返事が返ってくるだろう。このように、相談者の訴えに対し、管理栄養士が次どう質問するかで、話の展開が変わってくる。前者の質問が「食物や栄養」に焦点をあてているのに対し、後者は「行動」に焦点をあてている。つまり、「食物や栄養」に焦点をあてた質問をすると、おのずとアドバイスも栄養の話になってくる。

「食行動」視点のアドバイス

栄養教育の専門家であるContentoは、行動変容のための知識には2種類あり、1つを動機づけ知識(motivational knowledge)、もう1つを道具的知識(instrumental or how to knowledge)と解説している1)。動機づけ知識とは、相談者がアドバイスを聞いたとき、「このままじゃいけない」と思う知識である。「チョコレート1枚はおにぎり2個分ぐらいのカロリーですよ」といったアドバイスがこれにあたる。一方で、道具的知識は、「それだったら、できそう」と思う知識である。先ほどの例でいうと、「イライラしたときに食べないようにする対策」の話合いがこれにあたる。望ましい食生活の実践には、「食物や栄養」に関する知識も必要である。しかし、「食物や栄養」に関する知識だけがあっても、「わかっているけどできない」人を増やすだけである。「食行動」の知識も必要である。しかしながら、「食行動」視点の研究が少ないため、栄養教育に活用できる「食行動」視点のアドバイスが少ないのが現状である。

体重管理における誘惑場面と対策に関する研究

体重管理においては、食べてはいけないと思っているが、つい食べてしまう(または、食べ過ぎてしまう)場面をいかにコントロールするかが重要である。こういう場面は、誘惑場面(temptation)と呼ばれる。誘惑場面はセルフエフィカシーと相反する関係にあると言われており、誘惑場面が減ってくると、セルフエフィカシーが高まることが確認されている2)。このことから、これまでに体重管理の誘惑場面の研究が行われており、人は共通して次の場面を体重管理の誘惑場面と捉えていることが確認されている3,4,5)。それらは、入手可能性(availability)(例:食べ物が近くにあるとき)、否定的感情(negative emotion)(例:イライラしたとき)、社会的圧力(social pressure)(例:人からすすめられたとき)、リラックス(relaxation)(例:リラックスしているとき)、空腹(hunger)(例:お腹が空いたとき)、報酬(reward)(例:自分にごほうびをしたいとき)である。しかしながら、これら誘惑場面を把握しても、それをどう乗り越えていったら良いかがわからなければ、体重管理はできない。体重管理を支援する立場としては、相談者の誘惑場面を把握しても、克服するためのアドバイスができない。そこで、栄養教育に活用できる「食行動」研究として、体重管理における誘惑場面の対策(coping strategies)に関する研究を行うことにした。対策に関する研究は、ストレスマネジメントや禁煙行動を中心に発展しており、これらの研究から得られた行動技法を食行動変容に適用させ実践しているのが現状であった。そこで、食行動に焦点をあてて対策を抽出することにより、食行動特有の対策が得られるのではないかと考え、対策の内容を選定する質的研究から本研究に取りかかった。

最初の研究は、実際に減量プログラムに参加した成人65名(男性22名、女性43名)を対象に減量中、つい食べてしまいそうな場面でどういう対策を実施したかについてたずねた6)。対象者は3か月間減量プログラムで、平均(標準偏差)男性5.3(0.6)kg、女性2.6(0.5)kg減量した人たちである。やはり、実際減量した人たちからは、我々研究者が思いもつかない対策があがってきた。たとえば、「お腹の肉をつまむなど体型を再確認する」「味見・匂いなどで満足する」といったものもあがった(いずれも認知的対処)。対策は述べ461個あがり、これらをカテゴリー化し、最終的に5つのカテゴリーに対策は分類された(Table 1)。これら対策は、これまで行動変容で用いられている行動技法がほとんどであったが、「ゆっくり食べる」など食べ方を工夫する対策が多く出てきたため、「食べ方」という対策カテゴリーがあがったことは、本研究の特徴であったといえる。

Table 1. 体重管理の誘惑場面における対策のカテゴリー6)
カテゴリー名 対策例
行動置換 飲み物を飲む,運動をする
食べ方 量を調整する,低カロリーのものを食べる
刺激統制 食べ物を置かない,食べ物を買わない
ソーシャルサポート 減量の宣言をする,誘われても断る
認知的対処 減量の再確認をする,我慢する

文献6の表1を改変.

次に、質的研究の結果の妥当性と信頼性を検討するため、成人793名を対象とした量的調査を行った7)。妥当性の確認の1つとして、体重管理の行動変容段階と対策の実施を調べた。その結果、行動変容段階によって、対策の実施は異なった。どの対策においても、前熟考期では少なく、実行・維持期の方が多く実施されていた(Fig. 1)。このことから、これら体重管理の対策は、体重管理に利用できることが示唆された。

Fig. 1.

行動変容段階と対策尺度得点との比較.n=748(欠損45人).文献7の表2をグラフ化した.各対策得点(最小1点~最大6点).行動変容ステージごとの各対策の比較Kruskal Wallis 検定,すべてp<0.001.

そこで、この結果をもとに、都内のある企業において半年間、誘惑場面の対策を中心とした体重管理プログラムを実施した8)。実施可能性の高いプログラムを実施するために、この研究を行うにあたって、社内の環境調査および18名の社員にグループインタビューを行った。これらの結果から、社員に対する研修会は難しい、社員のパソコン利用率が低い、休憩室の利用頻度が高い、マネージャーを中心としたグループ体制で業務を進めているといった状況がわかった。そこで、休憩室の掲示板の利用、個人結果票による情報提供、マネージャー対象の研修会の実施などを中心にプログラムを進めることにした(Fig. 2)。体重管理の誘惑場面における対策のアドバイスを中心に情報提供を行った結果、6ヶ月後、実行・維持期の者は、36.9%(24名)から、52.3%(34名)に増えた(p=0.064)。食行動では、菓子・嗜好飲料の回数が1日0回であった人が47.6%(30名)から71.4%(45名)に増えた(p=0.001)(各々の対象者数68名)。さらに、BMI(body mass index)25 kg/m2の人は、26.1%(30名)から、20.0%(23名)になった(対象者数115名)。この実践的研究は、体重管理の誘惑場面の対策を中心としたプログラムの実施可能性を示した。

Fig. 2.

体重管理プログラムにおけるマネージャー対象の研修会

カード教材「ベストアドバイザー FOR ダイエット」

この実践的研究と並行して、体重管理における誘惑場面の対策の内容を教材化する研究も行った。栄養教育に用いる教材には、様々な種類があり、形態の視点から大きく動的なものと静的なものに分類される9)。リーフレットやパンフレットは静的なものに含まれる。一方、動的な教材には、エプロンシアターや人形劇といった子どもが喜ぶ教材に加え、カードゲームといったゲーム教材も含まれる。ゲームによる学習は、指導者から一方的に知識を与える学習方法とは異なり、参加者同士で考え、学び合う特徴がある。そこで、今回カード形式を活用し、「ベストアドバイザー FOR ダイエット」を開発した。カードの種類は3種類ある。1つは誘惑場面を示した誘惑カード(6種類の誘惑場面計48枚)、2つ目は対策を示した対策カード(5種類の対策計60枚)、そして評価カード(3種類)である(Fig. 3)。遊び方はロールプレイングを応用した。最初に、相談者と呼ばれるプレイヤーが誘惑カードの山から1枚誘惑カードを引く。そして、アドバイザーのプレイヤーがその誘惑場面に対して、手持ちの対策カードからアドバイスを行う。相談者およびその他の人はそのアドバイスに対して、評価カードを出す。順番に相談者を交代する(Fig. 4)。相談者となった人がいかに、誘惑カードに書かれた人になりきるか、また、アドバイザーの人がいかに、自分の提案する対策がベストかであるかを説明するかによって、ゲームは面白くなる。

Fig. 3.

各カードの例.左から誘惑カード(誘惑場面「報酬」の例),対策カード(「食べ方」の対策例),評価カード(「論理的」の例).

Fig. 4.

カード教材「ベストアドバイザー FOR ダイエット」による学習の様子.

まず、この教材を用いて市町村の保健医療従事者向けの研修会を行った(対象者数66名)10)。その結果、91.9%の参加者が「楽しかった」と回答した一方で、ゲームの遊び方について「わかりやすかった」と回答した人は68.8%であり、自由記述の回答から、「ルールが難しい」「字が小さい」などの意見があがった。同時に、一般住民を対象とした健康教室において本教材を活用した11)。教室の前後で、各誘惑場面のセルフエフィカシーを測定した結果、すべての誘惑場面のセルフエフィカシーは高まっていた(Fig. 5)。これらの結果から、カード教材の実施可能性はあるものの、高齢者の利用も視野に入れた改良が必要であることがわかった。これらの結果をもとに、改良したカードゲームは、お茶の水女子大学附属図書館e-bookサービスにて、無料でダウンロードできる12)

Fig. 5.

体重管理の誘惑場面ごとのセルフエフィカシー得点の教室前後の比較11)

n=64.文献11の表1をグラフ化,各対策得点(最小3点~最大18点).前後比較Wilcoxonの符号付き順位検定,すべてp<0.01.

「食べ過ぎた後の対策」研究

以上の研究は、体重管理の誘惑場面に出会ったときにどう乗り越えるか、すなわち事前に行う対策の研究であった。体重管理を希望するすべての人が事前に対策を行え、乗り切れれば、我が国の肥満の課題も減って来るであろう。しかし、実際はそう上手くいかない。そこで、現在取り組んでいる研究が、食べ過ぎた後の対策に関する研究である。誘惑場面の対策の研究と同様に、質的研究から始め、量的調査において、5つの食べ過ぎた後の対策を確認している(Table 213)。これらの対策は、やはり体重管理の実行・維持期の人の方が実施していた。現在、我が国の食環境は、どこでもすぐ食べ物が手に入いる環境であったり、「低脂肪」や「~控えめ」といった栄養強調表示の食品が食べ過ぎを加速させる環境であったり、衝動性の高い人には食行動をコントロールするのは難しい環境であるといえる。しかしながら、衝動性の高い人でも、食べ過ぎた後「食事による補償行動」を行っている人のBMIは低かった(成人800人対象、未発表)。この結果は、食べ過ぎた後でも対策をとれば、体重管理は可能であることを示唆する。このアドバイスは、相談者に希望を与え、体重管理の脱落を防ぐことにつながるであろう。

Table 2. 食べ過ぎた後の対策ADLCQ*の下位尺度と項目例と項目数12)
下位尺度名 項目 例
反省(self-reflective thoughts) 食べ過ぎてしまったことを反省する
二度と食べ過ぎないと心に決める 等4項目
食事による補償行動(compensation by healthy eating) 次に食べる食事の量を減らす
いつもより低カロリーな物を食べる 等4項目
運動による補償行動(compensation by exercising) ウォーキングやランニングをする
いつもより身体を動かす 等3項目
セルフモニタリング(self-monitoring) 体重計に乗って増えたかを調べる
鏡を見て体型を確かめる 等3項目
楽天的思考(positive thoughts) 「一食くらい大丈夫」と自分を励ます
「まぁ,いいか」と気持ちを切り替える 等3項目

*ADDLCQ:Aftermath of Dietary Lapses Coping Questionnaire.あなたは,食べ過ぎてしまった時に,これらの対策(工夫や対処方法)をとりますか.全くしない(1点)~いつもする(6点), 全17項目.

おわりに

本稿で紹介した対策は、「食行動」視点のアドバイスである。管理栄養士がこのようなアドバイスができるようになれば、「管理栄養士は栄養の話しかしない」といった批判も減り、「わかっているけれどできない」という人も減ってくると考える。平成12年に栄養士法が改訂され、平成14年度から管理栄養士養成カリキュラムにおいて、行動科学が取り入れられるようになった。それから10年が過ぎ、教育課程においては「食行動」といった言葉は定着したものの、その教育内容を充実させる「食行動」の研究はまだまだ少ない。「栄養」を中心とした教育から、「食行動」視点を加えた栄養教育の実践のために、今後さらに「食行動」学の研究が実施されることを期待する。

謝 辞

本稿で紹介した研究にあたって、本学大学院人間文化創成科学研究科修了生 玉浦有紀、博士後期課程3年 新保みさに感謝する。

文 献
 
© 2015 日本行動医学会
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