行動医学研究
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巻頭言
学際分野に携わる者として
錦谷 まりこ
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2015 年 21 巻 2 号 p. 55

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この雑誌を読まれる皆様なら「学際性」および「学際的研究」についてはご存知だと思います。既存の分野に従事する研究者からは、学際的研究など広く浅い内容でいい加減だ、というような批判もあるようです。一方、学際的研究は人間社会の複雑な問題をとらえ、より良い方向へ向かわせるのに有用だとの評価もあります。

賛否両論である学際分野ですが、私が現在所属している大学内の研究センターでは大学院生を対象に、学際性を含め専門性や統域性などの3学識を修得させ、実践能力を養うことでグローバルリーダーを養成することを目的とした教育プログラムを実施しています。今日は地球温暖化、大規模災害、世界的な人口増加と高齢化問題など、不確実性が高く社会的に利害対立のある複雑な課題が蔓延しているため、分野を超えた研究や取り組みが必要だからです。と言えば、格好いいのですが実情はなかなか大変です。

研究センターは、私の属する健康モジュールのほか、統治、環境、災害、人間モジュールに分かれてそれぞれ、そして時には一緒に活動しています。健康モジュールでは久山町コホート研究のほか、バングラデシュ疾病予防プロジェクトなどの既存研究フィールドを学生に提供し、実習や研究を行っています。私の本来の専門は公衆衛生学であり、細分化すれば社会疫学や産業衛生学のはずなのですが、プログラムの人材や内容がバラエティに富む中で、そのような細かい主張はできません。特に他のモジュールの教員や学生には公衆衛生学も国際保健学も同じ専門だと思われており、そのような役割を求められます。

バングラデシュでの研究の内容を少し紹介しましょう。疾病予防プロジェクトでは「ポータブルヘルスクリニック」というアタッシュケースに各種健診用のセンターを入れた機材を持って無医村へ出向き、健康診断を行う活動を行っています。バングラデシュは医師が大変少ない一方で、各種処方薬が町の薬局でOTCのごとく手に入るような仕組みがあります。また、ICTが良く発達しており、健診データは都心部の医師へインターネットを通して送られ、またスカイプ等の技術を使って遠隔診療を行うこともできるため、生活習慣病を早期発見すれば悪化する前にOTCの指示を出し、適切に対処することができます。私がセンターに赴任する前までは、主に情報工学の研究者、内科系の臨床医師、BOPビジネスとして経営学の専門家などを中心にこのプロジェクトは行われ評価されてきました。公衆衛生の専門家である私としては、「健康診断に接することで医療と無縁な人の健康リテラシーを上げる取組になる利点」を見出し、予防効果が高いと考えています。これらの医療サービスは現在のところ、日本で実施されている健診の手法や診断基準を用いており、評価の対象も途上国にありがちな感染症ではなく、生活習慣病をターゲットにしていますが、実データを見ると色々なことに気づかされます。例えば、日本では「規則正しい食事摂取」が望ましく、「就寝直前の夕食」は推奨されませんが、かの国は大多数がイスラム教徒であり、1年のうち1か月近くの間、日中の飲食一切が禁止されるようなラマダンがあり、夕食は夜のお祈りの時間を避けるため大変遅く就寝直前になることが日常で、介入しようにもこちらの予想を超えています。適時適切量の食事摂取の方が内分泌や消化器官の活動と休息を考慮すると健康上望ましい気もしますが、WHO憲章の前文で健康の定義として「健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態」とあるように、宗教的な活動を無視して介入はできないだろうなと予想されます。

以上のように、本来の専門ではない分野へ出張っていかなければならないのが昨今の私の状況で、慣れないことをするのに大変な目にも会いますが、勝手に自分の得意とする予防医学や社会疫学の分野に近づけて俯瞰することもできて、工夫する楽しみもあります。

この雑誌を読まれている皆様も同じような体験をされているのではないでしょうか?行動医学と言う分野は、まさに心理学や医学など複数の専門分野が互いの垣根を超越して複雑な健康問題を解明し、対処しようと取り組んでいる学問だからです。この分野に携わることで、皆様も独自のご苦労と、工夫をする楽しみがあるのだろうと考えています。

 
© 2015 The Japanese Society of Behavioral Medicine
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