行動医学研究
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総説
地域での損傷事故の予防のためのリスク行動分析の現状と課題
酒井 亮二
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1999 年 5 巻 1 号 p. 12-16

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抄録

事故・災害の予防に対するリスク・マネージメントとして、化学物質の突発的放出事故、原子力発電事故、自然災害などに対するリスク・マネージメント・システムという行政措置が国内外で検討されている。事故および災害による損傷を「不確実な発生を示す好ましくない事象のおきる確率」と定義される「リスク」の概念から考察することの利点の1つは損傷事故の発生の原因と予防を定量的に分析できる点であるが、損傷予防に関する人間側の要因として「リスク行動」を研究の対象とすることの必要性が認められる。
損傷予防に対するリスク行動研究は近年開始されたばかりである。ここで一般にリスク行動研究としては、疫学のごとき方法によって「損傷者のリスク行動のとく調和定量分析する」リスク・アセスメント研究、および「その結果を踏まえ、損傷リスクの発生を予防するための対費用効果の高い戦略を定量的に同定する」リスク・マネージメント研究の2つの研究分野に分けることができる。
(1) 損傷に係わるリスク行動のリスク・アセスメントに関するこれまでの研究では、実際の走行路に対する運転者のリスク認知度の調査によって交差点などの改善の提言する交通事故予防研究に例をみるように、交通事故とリスク認知に関する研究が活発である。これらの多くの研究は、リスク認知の年齢差、性差および民族差を解明するものである。異なる機械ごとにリスク認知の年齢依存型が見出されており、これは運転操作の困難性や交通事故の規模などによると思われる。私どもの研究では、日本人成人の事故・災害を含くむ様々なリスクに対する危険度認知度が「環境リスク」、「個人の生存に関するリスク」および「社会生活維持上のリスク」の3因子に分類され、この順で危険性の重視度が高いというリスク認知構造を認めた。この研究の目的は習慣性のリスク行動がリスクに対する思考様式の異常によって生じるかを実証することであるが、少なくとも交通事故多発者についてはリスク認知の構造の異常は今回の研究方法では検出できなかった。しかし、自動車運転事故多発者を誘発する要因として飲酒の健康影響に対するリスク認知の乏しさが見出された。なお、航空機運転事故と産業事故に対するリスク認識度は加齢と伴なって逆の増減傾向であることが報告されている。交通事故以外の分野では、子供の事故予防に対する母親の行動を決定する要因に関する研究および骨折児童の心理学的特徴に関する調査というリスク・アセスメント研究が最近報告された。
これらの損傷予防に関わるリスク行動のリスク・アセスメント研究では、リスク行動の規定要因として「危険認知」の研究が中心仮説となっている。この種の研究が今後認知科学の手法を導入することにより発展が期待される。しかし、リスク行動の規定要因には危険認知の他に精神心理学ないし神経行動学のパラメータが関与していると予想されるので、これらの関連性を検討することも今後必要である。
(2) これらのリスク行動のリスクアセスメントから得られるリスク行動の特性からどのような戦略が費用効果の観点からもっとも望ましいかを検討することができる。たとえば、特定の道路における信号・標識の設置方法を運転者と歩行者のリスク認知度から定量的に決定することにより、当該道路での信号・標識の設置数の最適化解を求めることなどが考えられる。
健康リスク予防に対するリスク行動分析は、災害での人間行動分析、製造業事故での損傷者のリスク行動分析など損傷予防上の広範な諸問題を定量的に解析できる新しい研究方法である。

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© 1999 日本行動医学会
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