文化人類学
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代謝を生きる : 移動性をめぐる実験的考察(<特集>身体のハイブリッド)
モハーチ ゲルゲイ
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2011 年 76 巻 3 号 p. 288-307

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抄録

今日の日本において病気そのものの民族誌を描き出すことを目的とするならば、遅かれ早かれ、科学の現場にたどり着くことになるだろう。本論文では、種々の民族誌的ならびに科学的な材料をもとに、医学の二つの現場である臨床と研究所で行われるさまざまな実践を描く試みを展開し、そこで生活習慣と倹約遺伝子という、糖尿病学のそれぞれ異なる標的を行き来する代謝の動きを追いかけていく。糖尿病などの慢性病を患っている多くの人々は、自覚されていない体内の働きを抱きつつ、日々の生活に不可欠な知識を習得していくなかで、さまざまな他者との距離をはかる人格を再構成していく。この二つの配置を互いに見いだすプロセスをここで「代謝を生きる」と呼び、生活と生物との相互包含関係に注目したい。まずは、働き盛りの中年男性の生活世界と血糖の検査値という一見異次元のようにみえるものの間を揺れ動く「生活習慣」の動的な性格を示す。そしてこの「生活習慣」が、生そのものを意味する倹約遺伝子の関与を得て、日本人という主体と創薬の対象の間を行き来することについては、論文の後半で述べる。最後に、こうした糖尿病研究の現場で増殖しているハイブリッドを通じて、人間と非人間の多様性が互いに関係しあい、影響しあうことに着目し、人間と科学の複雑で動的な相互干渉に取り組む人類学の可能性を実験的に模索する。

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2011 日本文化人類学会
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