2015 年 80 巻 3 号 p. 386-405
インタラクションの結果、ある動物Aが相手の動物Bを死亡させてしまうことがある。死亡させた側の行動に肉食や防御といった社会生物学的利益が明白に見いだされる場合には、殺しの因果プロセスモデルを適用できるため、その現象を動詞「殺す」を用いて「AがBを殺す」と記述できる。しかし野生チンパンジーと他動物との間の「狩猟」や遊びのインタラクションにおいては、結果として相手の動物が死亡する場合でも、チンパンジーの行動に明確な殺意や相手を殺す動機を認めることのできない事例が多く観察される。チンパンジーにとって他動物とのインタラクションは相手の動物からアニマシーを最大限引き出すこと自体やインタラクションの持続自体に動機づけられた感情的な実践である。チンパンジーの他動物に対する「狩猟」はアニマシーを有する対象と対峙し、互いに相手の動きを読みあうといった高度な駆け引きを要するゲームであり、インタラクションの持続自体に動機づけられていると考えられる。ヒトの殺しは動機、殺意ともに多義的であるといわれるが、仮にチンパンジーと他動物のこうしたインタラクションを、「チンパンジーが他動物を殺す」と記述することを許容するならば、その含意はヒトと同じく多義的でありうる。