文化人類学
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論文
取引関係のリスクとその対処としての 「公然の秘密」に関する考察
カトマンズの観光市場、タメルの宝飾商人の取引関係を事例に
渡部 瑞希
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2016 年 81 巻 1 号 p. 062-079

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抄録

 カトマンズの観光市場、タメルにおいて、ツーリスト向けの宝飾店で働く小売商人は、仕入れに おける詐欺のリスクを軽減するために、タメルに宝石を売りにやってくる卸売商人と信用取引を行 いながら、相互にレギュラーと呼びうる関係になろうとする。小売商人はレギュラー関係になった 卸売商人に信頼を表明する。それは、購入商品の品質や価格について調べる情報探索をしないこと の表明である。

小売商人にとって、情報探索をしないことは、宝石に関する新しい情報が制限されるだけでなく、 レギュラー関係にある卸売商人に偽物をつかまされた場合にそれに気づかないリスクを伴う。その ため、小売商人は、レギュラーとの関係を続けながら、レギュラーに対しては通常なされない情報 探索を行うことでこれらのリスクに対処している。こうした小売商人の相反する行為は、通常、レ ギュラーである売り手や情報探索時の情報提供者に秘密にされている。

 しかし、本稿では、そうした小売商人の相反する行為がレギュラーである卸売商人に隠された単 なる秘密ではなく、レギュラーの誰もが知り得ているが知らないでおく「公然の秘密」であること を民族誌的記述において明らかにしていく。すなわち、小売商人の相反する行為について、彼のレ ギュラーである売り手も情報提供者も知り得ているが、三者がともに情報探索を明るみに出してし まう取引相手の名前や存在に触れないことで、情報探索は、表向き、情報探索とは見なされないで いる。本稿では、そうした小売商人の行為が、小売商人によって秘密されているだけでなく、卸売 商人にも共有される「公然の秘密」であることから、それがレギュラー全体の取引に関わる規範を 形成していることを明らかにする。

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2016 日本文化人類学会
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