文化人類学
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論文
海を渡る生者たちと死者たち
ソロモン諸島マライタ島北部のアシ/ラウにおける 葬制、移住と親族関係
里見 龍樹
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2016 年 81 巻 2 号 p. 161-179

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抄録

 本稿では、ソロモン諸島マライタ島北部で特徴的な海上居住を営んできたアシ/ラウにおける葬制とその変容について考察する。オーストロネシア語圏の複葬慣習に関する一群の研究には、葬制が、生前の通婚・姻族関係を儀礼的に解消し、死者を集合化することを通じて社会集団を再生産するという共通理解が見出される。本稿では、反復的な移住の中で海上に居住してきたアシの葬制が、この通説に回収されえない独自性をもつことを示す。

 キリスト教受容以前のアシの葬制は、死者の頭蓋骨を切除・保管した後、特定の場所に海上移送する「トロラエア」という慣習を中心としていた。遺体の取り扱いの3つの段階からなるこの葬制は、個別的葬送から集合的葬送へと明確に移行する。とくに最後の段階は、同一氏族に属する死者たちの頭蓋骨を、父系的祖先のかつての居住地へと移送するものであり、氏族における祖先崇拝の一体性を維持する意義をもっていたとされる。

ただし以上の側面は、アシの伝統的葬制の一面にすぎない。他面において女性の個別的葬送は、出身地と婚出先という2つの場所・集団の間における女性の二面的な立場を明確に反映している。しかも注目すべきは、通婚・姻族関係をたどって移住を繰り返してきたアシにおいて、氏族の集合的葬送が一面で、女性の個別的な移住と葬送を再現しているという事情である。本稿では葬制に おける集合性と個別性のこのように逆説的な関係に、アシの葬制の独自性を見出す。

 しかし、20世紀を通じて進展したキリスト教受容により、アシの葬制は根本的な変質を遂げる。新たに形成されたキリスト教的葬制において、死者はあくまで個別的に埋葬され、またコンクリート製墓標の普及により、埋葬地の個別性と固定性はいっそう強められた。本稿では、このような葬制が現在のアシにある困難をもたらしていることを指摘する。

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2016 日本文化人類学会
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