文化人類学
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特集 現代世界における人類学的共生の探究
多文化主義という暴力
カナダ先住民サーニッチにとっての言語復興、アート復興、そして格差
渥美 一弥
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2016 年 81 巻 3 号 p. 504-521

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抄録

本稿では、カナダにおける多文化主義政策の先住民への影響について、カナダのブリティッシュ・コロンビア州の先住民族、サーニッチを事例として検討する。そして、現時点において「多文化主義」がカナダ先住民にとって、社会的地位や経済的状態の改善に寄与している状況を評価する立場をとりつつ、先住民集団内においても、その受け取り方は複数存在することを指摘する。サーニッチの場合、多文化主義の政策を活用して経済的な自立をめざす人々と、従来の社会福祉政策に依存した暮らしを望む人々に大きく二分されているように筆者のような部外者には見える。

多文化主義は、「言語」あるいは「アート」を守ってきた先住民に対し経済的後押しをしている。独立し た学校区が生み出され、学校が建設され、教員や職員としての雇用が生まれた。トーテム・ポール等の先住民アートは、非先住民の地域住民を対象に含む市場を創造し、その作品に対する注文は増加し続けている。このような先住民の経済的自立の背景にカナダの多文化主義が存在する。しかし、それは同時に、「言語」や「アート」を身につけた人々と、そうでない人々との間に経済的な「格差」を生む結果となった。

かつて「白人」から銃火器などの「武器」を手に入れた集団と手に入れなかった集団との間で格差が生まれたように、サーニッチの間で「多文化主義」の恩恵を受けることができる人々と受けられない人々の間に格差が生じている。多文化主義においても、結果として主流社会との関係が先住民の運命を左右する決定的要素となっている。

本稿はまずカナダの多文化主義を歴史的に確認する。次に多文化主義が先住民にとって持つ意味を考察する。そして、具体例として、筆者が調査を行っているサーニッチの事例を紹介しながら、多文化主義政策が先住民の人々の間に「格差」を生じさせている状況があることを指摘する。しかし同時に、現在のサーニッチはその「格差」を乗り越えて結束している。最後に、その彼らを結びつけているのは同化教育という名の暴力に対する「記憶」であることを明示する。

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2016 日本文化人類学会
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