文化人類学
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特集 市場化・脱生業化時代の生業論―牧畜戦略の多様化を例に
内モンゴル遠隔地草原における牧畜戦略
尾崎 孝宏
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2017 年 82 巻 1 号 p. 073-092

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抄録

本論では、内モンゴルにおける遠隔地の牧畜民の牧畜戦略について検討した。現在のモンゴル高原での牧畜戦略は、都市に近い郊外では販売可能な畜産品の種類を増加させて現金収入を確保する一方、遠隔地においては家畜頭数の規模に依存して現金収入確保を目指している。いずれの地域も畜産品売却による現金収入を主目的に牧畜が行われており、生業性は低い。こうした傾向は2000年以降、グローバルな資本投下により都市部を中心にインフラ整備が進行するにつれて顕著となった。

シリンゴル盟の牧畜民に関する比較からは、2010年現在の遠隔地の牧畜が、1990年代の同地域や現在の郊外事例と比較して経済的(家畜頭数)に余裕の少ないことが示唆された。

また現在の事例データから収支構造を分析した結果、都市流出への閾値となる年間純収入を下回っていると思われる牧畜民も存在し、飼料にかけるコストにもよるが小家畜300頭以下の規模では十分な収入を得られないケースが散見された。また各種補助金の存在は収入源として無視できないが、補助金支給の根拠となる政策実施による家畜頭数の減少に対して完全な穴埋めとはなっていないことが明らかになった。

干ばつや家畜売却額の低迷などのシミュレーションも行った結果、家畜価格が30%下落すると現在牧畜民として生活しえている層にも深刻な影響がある可能性が明らかになった。それでも彼らは牧畜セクタから積極的に退出せず、牧畜民であり続けようと努力するだろうことは想像される一 方現状の内モンゴルの郊外で行われているのとは違った形で収入の確保を図らなくてはならない。

現在の内モンゴルでは、相対的に市場経済から遠い遠隔地草原の牧畜民ですら、市場経済の論理 が生業の論理を圧倒するような、つまり脱生業的な状況を生きているといえる。

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2017 日本文化人類学会
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