文化人類学
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特集 在来の紛争処理をめぐる比較民族誌――「平和への創発的ポテンシャル」を探究する
モロと非モロ先住民の平和へのポテンシャル
フィリピン南部におけるバンサモロ自治政府設立をめぐって
石井 正子
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2018 年 82 巻 4 号 p. 488-508

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抄録

本論は、アキノⅢ世政権期(2010年6月30日~2016年6月30日)におけるフィリピン政府とモロイスラム解放戦線(MILF)との和平プロセスに注目し、新自治政府設立の実現可能性の高まりと共に争点化された非モロ先住民の位置づけをめぐる議論を検証する。

アキノⅢ世政権は、既存のムスリム・ミンダナオ自治地域を失敗と位置づけ、バンサモロ基本法 (BBL)を法律として制定し、新たなバンサモロの自治政府設立を目指した。しかし、新自治政府 の大多数がムスリムを中心とした「モロ」になることが見込まれたため、「非モロ先住民」の間から、 彼らの権利をどのように位置づけるのかについて問題提起がなされた。具体的には、新自治政府に おける1)非モロ先住民の先祖伝来の領域、2)非モロ先住民のアイデンティティ、3)先住民権 利法(IPRA)の位置づけが主な争点となった。本論は、これら三つの点を取り上げ、BBLに反映さ れたMILF側の主張、非モロ先住民側からの意見表明、上院・下院の委員会が承認したBBLの代替法 案について論じる。

フィリピン南部では、モロと非モロ先住民が、それぞれ別々にフィリピン政府に対して垂直的な 闘争を展開してきた。しかし、新自治政府設立の実現可能性が高まると、両者の水平的な関係性の 取り結び方が問われることとなった。この過程において、モロと非モロ先住民は、かつて両者が対 等なキョウダイであったとの伝説をもとに、互いの差異をどのように一つの政体に位置づけるかを 議論した。モロは、両者のアイデンティティと先祖伝来の領域が一つであるとの前提に立ち、非モ ロ先住民はそれぞれが独自の(distinct)ものをもつと主張した。

非モロ先住民は、モロに対して政治的、軍事的に弱い立場に置かれてきた。そのため、この過程 で彼らはモロとの関係性を悪化させないように配慮しつつも、かつてないほど活発に意見を表明し た。このことは、モロとの対等な関係性構築を促し、両者の間の平和へのポテンシャルが高められ たと見ることができよう。一方、主張の違いがローカルな交渉の場では解決されず、国政レベルで 議論される過程で、両者の関係性がより対立的に語られる傾向を見せたことは、平和へのポテン シャルのマイナス要因となったと捉えることができる。

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2018 日本文化人類学会
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