本稿は、イスラーム社会の周縁であるオランダに住まうインドネシア人ムスリムの食をめぐる実践に注目し、マイノリティとして人々がどのように生き、どのように考えや認識を変化させ、食のあり方を選び取っているのかを考える。
食品加工技術の発展に伴う交差汚染や混入のリスク、東南アジアに端を発し世界各地へと波及したハラール認証制度の広がり、世界的なハラールフードビジネスブーム、ヨーロッパ全体を覆う移民流入によるイスラーム化や、これに抵抗する反イスラームの動きといったグローバルな流れの中で、オランダ国内では移民統合政策の実施により1990年代以降ムスリム移民の定住化が進んだ。特にここ10年は生鮮ハラール肉を売るトルコ人やモロッコ人の精肉店が台頭し、一般小売店にハラールコーナーが設置され、ハラールを標榜する外食施設が数・種類ともに増加するなど、ハラールフードの入手は容易になってきている。
とはいえ、ムスリムが圧倒的多数派を占め、ハラール認証取得商品が当たり前に流通している母国インドネシアで考える「ハラール」やその実践と、ムスリムが少数派であるオランダにおいて考える「ハラール」や実践には、当然に大きな違いがある。オランダ在住インドネシア人ムスリムたちは、同国人同士あるいは他国からきたムスリムとの、また非ムスリムの同僚や隣人との交流を通して、さまざまな情報を入手し、意見を交わし、影響を与えあいながら、それぞれが実行可能な範囲で食のハラールを実践している。そして、近しい者同士では、共食や意見交換を行いながら、緩やかな合意を築き上げていく。
オランダ在住インドネシア人ムスリムが食のハラールに関してもつ意識の多様性や変化の様相を明らかにし、多様性や変化を生む要因を分析することから、彼らにとってハラールな物を飲食したり提供したりすることや、食のハラール性そのものがどのような意味をもつのかを考えてみる。