文化人類学
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特集 ハラールの現代――食に関する認証制度と実践から
台湾ムスリムの食文化をめぐる交渉と創造
清真、ハラール、ムスリム・フレンドリー
砂井 紫里
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2019 年 83 巻 4 号 p. 593-612

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抄録

本稿の目的は、台湾を対象に、ムスリムが少数派を構成する社会においてムスリムと非ムスリムを取り込み展開するハラール認証制度と、制度を活用する事業者と消費者の動向を考察することである。他の非イスラーム地域と同様に、台湾でもハラール認証制度は、非ムスリムのハラール産業への参入を促進しており、その点で制度はムスリムと非ムスリムを架橋する。他方で台湾の中国回教協会のレストラン認証では、事業主がムスリムか非ムスリムかに応じてそれぞれムスリム・レストラン/ムスリム・フレンドリー・レストランと認証カテゴリーを分けている。このカテゴリーの分化は、ムスリムと非ムスリムの違いを可視化している。本稿ではまず、ハラール認証制度が自己と他者を連接し差異化するという両面性を有していることを指摘し、新たに創造された商品・料理やサービスがムスリムと非ムスリムを架橋しつつ弁別していることを明らかにする。従来、中国語圏のムスリムである回民は、ハラールを含意する語として清真(qingzhen)を用いてきた。人びとの生活の中の清真は、ムスリムにとって非ムスリムと自己とを弁別するアイデンティティの根幹となってきた。だが、近年のハラール産業に関わる場面では、清真はもっぱら「イスラーム法における合法」を意味するアラビア語のハラールの訳語として限定的に用いられるなど、清真とハラールの意味は、重なりながらもずれがある。他方で台湾の現代ハラール産業では、広く人と人との取引や相互行為において重視されてきた「誠信(誠実と信頼)」の精神や、食の選択肢の一つとしての「素食(ベジタリアン食)」、そうした食の対応にみられる「弾性(弾力性)」といった地域独自の価値観や食文化との接合もみられる。本稿では、台湾のハラール認証が、自己と他者を弁別しながらも、台湾独自の価値観を包摂しつつ、非ムスリム事業者、ムスリム団体、政府関係機関を巻き込み展開する動向を明らかにする。

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2019 日本文化人類学会
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