モンゴルの草原において、遊牧という生業に由来する移動式住居であるゲルは、緊急時の避難先、日常の牧畜作業中の休息所として機能している。見知らぬ家であっても、その場所で休息や食事、情報等を得る必要がある者は誰でもその家の扉を開け、自ら足を踏み入れることができる。本論の目的は、そのようなゲルとそこに住まう人たちの受動的な性質に注目し、歓待の時空間が、訪問者と家人たち双方のまなざしやふるまいに呼応しながらいかに生成、変化していくのかを明らかにすることである。
さまざまなスケールで自他の境界をめぐって議論されてきた主題である歓待論のなかで、家屋もまた歓待が必然的に生じる機構である。それは、親密圏としての家屋に他者が侵入するというイメージを伴って理解されている。しかし、我が家という安住の地があり、そこに他者が侵入するという見方の前提には、西洋近代的な家屋とそこに住まう者との関係へのまなざしも窺える。そこで本論では、他者や外部環境との身体的な相互作用から居住空間がつくりあげられていくという見方を参照し、訪問者を迎え入れる行為を伴って、親密圏としてのゲルがいかに変容しているのかについて考察する。
本論を通じて明らかになるのは、親密圏の外部から訪れる他者を「迎え入れ」つつ「もてなさない」ことで、親密性の生成や、よそ者の排除といった、他者との関係性の成立までのあいだに生じる、限られた時空間である。そしてその営みは、自己を抑制することで他者を受容することが可能になるような身構えに支えられている。