文化人類学
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特集 2000年代以降の「道徳/倫理の人類学」の射程
なぜ「敵」を助けたのか
倫理的な生と不自由さの感覚
佐川 徹
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2021 年 86 巻 2 号 p. 269-286

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抄録

本論では、人びとが「われわれ」と「やつら」に分かれて暴力を行使する戦いの現場でなされた、「敵」を助けるという行為に注目する。助命行為を対象とした先行研究においては、相手を助けた行為者の意図性が強調される。しかし、東アフリカにくらすダサネッチにおける調査からは、なぜ助命したのかを行為者がはっきりと説明できない語りがみられる。そこで本論では、助命行為の動機を解明することを試みるのではなく、「敵」の命を助けた経験を行為者が事後的にどのように認識しているのかを検討する。焦点をあてるのは、助命行為は自己が意識しないままにおこなったという点において、また事後的にその経験をうまく了解・説明できないという点において、二重の「不自由さ」を抱かせる経験だったと行為者が考えている事例である。道徳/倫理の人類学の一潮流においては、デュルケーム由来の道徳観念が「不自由の科学」を生みだした点が批判され、再帰的・反省的自由を有した主体の存在が倫理的な生の前提であるとの指摘がなされる。それに対して本論では、「自由」を倫理的主体の条件とする研究者の主張と、研究対象とする人びと自身が自己の経験を思いかえす局面で抱く「不自由さ」の感覚との間に、大きなずれが生じるおそれがある点に注意を喚起する。そして、戦場で経験した一回的な出来事をめぐって行為者が抱くようになった「不自由さ」の感覚に接近することを試みる。

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2021 日本文化人類学会
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