文化人類学
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原著論文
弔いのディスタンス
ブガクウェ・ブッシュマンの死との向き合い方の変遷
杉山 由里子
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2022 年 87 巻 2 号 p. 149-169

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抄録

本稿は、ボツワナ北部のブッシュマン(ブガクウェ)に焦点を当て、他民族との交流による埋葬様式の変化と、それによる弔いの再編を考察する。ブッシュマンの埋葬は、非常に簡潔と記録されてきた。本稿では、死の発生から弔いまで自動的には移行せず、人々の世界観に基づいた何らかの段階(弔いのディスタンス)が存在するという視点で、彼らの弔いの姿とその変遷を明らかにした。

遊動時代の弔いは、埋葬後の居住地の移動/歩みによって死から時間的・空間的な距離をとっていた。ブガクウェの生活域は水が豊富な生産性の高い土地であったため、彼らは他民族の流入や感染症の蔓延、また政府の土地開発に巻き込まれながら生きてきた。こうした環境下で進んだ定住化の過程を個人の語りを基に明らかにし、ブガクウェが新しい埋葬実践(薬)を取り入れていく様子を描いた。「具体的な原野での経験と深く結びついた想像世界」で死の発生を理解していたブガクウェにとって、薬の導入は、「死者が絶対的存在としてある想像世界」での死の理解へと、死に対処する想像の方向性を変更させた。原野での歩みと経験の文脈の中で個別の死を弔うという遊動時代の弔いから、記号的な力によって集団の想像を方向づけて死を抽象化するという、現在の葬儀への変化を担ったのが薬であった。変わりゆく現実に合わせて、ブガクウェが死と対峙するための想起のあり方と、死者の意味を変化させてきた様子を描く。

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2022 日本文化人類学会
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