文化人類学
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原著論文
動きを感知する
米国黒人教会のエコロジカル・ミュージッキング
野澤 豊一
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ジャーナル 認証あり

2024 年 89 巻 3 号 p. 335-354

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抄録

人類学的記述の目標は、「現実の生の不可量部分」を含む出来事の〈全体〉に迫ることである。こう考えるとき、音楽パフォーマンスの研究ほど挑戦しがいのあるテーマもない。というのも、人類学者のほとんどが、全体的出来事としてのミュージッキング(=音楽すること)から「音楽」を抽出し客体化するという音楽学的前提を暗黙裡に受け入れてしまっているからである。本稿ではアフォーダンス理論を手掛かりに、この前提から離れた記述を試みる。研究対象となる米国の黒人ペンテコステ/カリスマ派キリスト教会の礼拝儀礼は、音楽の演奏や歌唱だけでなく、「音楽」の枠に入りきらない音や信者たちの振る舞いに満ちている。本稿では、信者らが音に働きかけられる様子、音のなかで信者同士がやりとりする様子を、文字的記述、継時的行動を表した図、映像データから分析し、社会的な音=身体のアフォーダンスを取り出す。そこから浮かび上がるのは、意識によって必ずしもコントロールされない次元の振る舞いであり、個々人のあいだを流れる運動としての「ノリ(=グルーヴ)」である。音楽をめぐる客体主義を超えた先に構想される音楽人類学は、調査者がフィールドのミュージッキングに共振しつつ、「音楽以前のミュージッキング」を研究する地平に我々を誘う。

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2024 日本文化人類学会
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