日本循環器病予防学会誌
Print ISSN : 1346-6267
循環器病における性差
エストロゲンと動脈硬化
大内 尉義
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2002 年 37 巻 1 号 p. 31-41

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抄録

女性の卵巣機能は50歳をはさむ約10年間で急激に低下し、女性ホルモン、特にエストロゲンが欠乏することにより種々の病的状態が起こる。これには、いわゆる更年期障害と、更年期から数年ないし10年を経て発症が増加する動脈硬化性疾患、骨粗音症があげられる。また、脂質代謝異常、高血圧、肥満なども閉経後の女性で頻度が増加し、動脈硬化の発症を促進する因子となる。これらのことを背景に、閉経前の女性では動脈硬化性疾患の発症頻度は男性に比べかなり低いが、閉経後次第に増加し、70歳代後半では性差はほぼ消失する。さらにエストロゲン投与によって動賑硬化性疾患の発症が抑微されることはよく知られた事実であるが、これはエストロゲンに抗動脈硬化作用があるためと考えられている。エストロゲンの抗動脈硬化作用は種々の実験モデルにおいて証明されているが、その機序は、脂質代謝、凝固系、糖代謝、血圧などの動脈硬化危険因子を改善することによる間接作用と血管壁に対する直接作用に分けられる。後者に関しては、血管壁構成細胞である血管内皮細胞、平滑筋細胞にはエストロゲン受容体 (ER) が存在するが、エストロゲン/ER複合体は転写因子として働き、エンドセリン、一酸化窒素などの血管作動物質や細胞増殖、細胞死に関係する種々の遺伝子の発現調節を行うことにより、内皮依存性血管拡張反応を増強し、血管平滑筋細胞の増殖、遊走を抑制、さらに血管内皮細胞のアポトーシスを抑制する。また、カルシウム拮抗作用による内皮非依存性血管拡張反応も惹起する。
以上のように、閉経に伴う女性ホルモンの欠落が循環器疾患を初めとする種々の疾病の性差の原因となっているが、欠落した女性ホルモンを薬剤として投与する治療法をホルモン補充療法 (hormone-replacement therapy;HRT) という。すなわち、女性ホルモン (エストロゲンまたはエストロゲン+プロゲステロン) を薬剤として投与することにより、閉経後女性の病的状態を改善、また予防する効果が期待されるのである。HRT は、動脈硬化はもとより閉経に伴う骨粗音症、高脂血症、高血圧の原因療法になりうる治療法として、高齢社会を迎えたわが国でも今後さらに一般化すると考えられ、婦人科だけでなくすべての臨床医が知っておくべき治療法になりつつある。しかし、動脈硬化性疾患の治療および一次、二次予防における HRT の臨床的意義はなお確立したとは言い難く、そのメリットとデメリットおよび患者のニーズををよく勘案する必要がある。

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© 社団法人 日本循環器管理研究協議会
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