抄録
本稿は,老年期心理臨床領域における事例研究の意義と役割について,先行研究の整理と筆者自身の臨床実践および研究経験をもとに検討したものである。高齢者の心理的体験は個別性が高く,量的研究のみでは捉えきれない側面を多く含む。本稿では,事例研究を「臨床の知」を可視化し,批判的思考を促す研究方法として位置づけ,3つの高齢者事例(脳出血後遺症例,施設入所高齢者の喪失体験例,ライフレビューの研究事例)を通して,その臨床的・研究的価値を示した。さらに,リサーチクエスチョンの構築やトライアンギュレーションなど,事例研究の確からしさを担保する方法論について論じ,臨床実践と研究が相互触発的に循環する重要性を指摘した。事例研究は,老年臨床心理学の発展に資する「古くて新しい」試みであることが示唆された。