抄録
〈脳性麻痺〉が言語臨床の対象となって40年あまりが経過した.当初,脳性麻痺の言語病理は発声発語器官の協調運動機能障害にあると考えられていたが,その後,考え方が脳性麻痺に固有な言語障害の特定から,脳性麻痺児に随伴する言語症状の統合化へと変化し,身体的欠損と共に成長せざるをえないことに由来する言語行動偏椅こそがその言語病理だと結論されるようになった.これは,小児神経学の考え方が発達という問題に重点を置くようになったことと呼応するのかも知れないが,言語病理に関するこのような考え方の変化は,脳性麻痺言語臨床の場に複合的評価(生理学的,記号論的,言語学的,語用論的)の必要性や言語診断,治療の在り方に関する様々な問題を投げかけている.脳性麻痺児やその母親との治療契約という問題は,その中でも,もっとも難解な現在的課題と言えよう.身体的欠損とともに生まれそれを生きている子供とその家族との間に営まれる言語生活の着地点を,言語臨床家は自らの治療不安に惑わされず統合的視野から見極め,それを子供や母親と共有するという難問に直面するからである.言語臨床家はそれに耐えられる臨床家としての成熟を求められている.