抄録
近年,重度失語に対して種々の治療的アプローチが試みられるようになってきた.本稿では,当院における重度失語の臨床の実態調査と1訓練例を基にして,重度失語の言語治療の問題点と当面の課題について若干の検討を加えた.
実態調査の結果,伝統的アプローチ(刺激法を基礎とし,聴理解,発話,書字などの言語モダリティに対して刺激を段階づけて与え,反応を改善させる方法)と,要素的アプローチ(喚語,構文処理,構音などの障害された言語要素を取り出して訓練する特定の方法)が重度失語全体の約80%に採用され,一方ジェスチャー,描画,PACE等の非言語的アプローチが約30%に試みられていることが明らかになった.言語治療士は,言語的アプローチを採用するか非言語的アプローチを採用するか,また治療の目的を,障害された言語機能そのものの改善に置くかコミュニケーション全般の改善に置くか,といった観点に立ってアプローチを選択していると推測された.
しかし選択すべきアプローチの決定に寄与する評価法が未確立である点,また種々の非言語的アプローチにはそれぞれ適用上の限界がある点,などが問題点としてあげられた.今後,訓練例の緻密な研究をさらに蓄積していくことが重要な課題だと思われる.そのための一石としてジェスチャー訓練を適用した1例を紹介し,この訓練には象徴機能の改善を促し,コミュニケーション全般を活発にさせる側面がある点を指摘した.