抄録
自己硬化型アパタイトセメントの溶解性と再石灰化の挙動を, それぞれ酢酸, 乳酸, クエン酸等の有機酸ならびに, 人工唾液中で検討した.今回用いた人工唾液の過飽和度はヒトの安静唾液に相当する程度であった.種々試作した本セメントの有機酸溶液での1週間の溶解性は市販歯科用セメントと比較するとかなり小さいことがわかった.例えば, セメントの溶解において強い酸として知られているクエン酸中での本セメントの溶解度は, 1週間で約4.5%以下であった.化学ポテンシャルプロットを用いた熱力学的解析によると溶液組成は第2リン酸カルシウム2水塩(DCPD)に対して擬似平衡状態となり, それ以後溶解が進行しないことが示唆された.人工唾液を用いた実験では, ペレット導入後, 溶液のリン酸濃度は経時的に減少するのに対してカルシウム濃度は若干増加の傾向がみられた.リン酸濃度の減少はリン酸塩の析出を示唆し, カルシウム濃度の上昇はセメント体の一部の溶出を意味している.しかしながら, 溶液組成を熱力学的に解析すると, 溶解に比べ再石灰化がより優先していることが確かめられた.事実, 人工唾液浸漬前後のセメントペレットのSEM像を比較してみると, 浸漬後のペレット表面に小さなアパタイト結晶の沈着がみられた.このように口腔環境下においても本セメントは溶解することなく, むしろ口腔分泌液つまり唾液成分中の各イオンを取り込み再石灰化することが確認された.