論文ID: 35.402
「泣き(crying)」は,ヒトの発達に深く組み込まれた日常的な営みであり,乳児期には覚醒時における最も顕著な状態の一つでもある。乳児の泣きは,養育者へのシグナルとして親子関係に与える影響が長年検討されてきたのとは対照的に,児自身の発達という観点から研究の俎上に載せられることは比較的限られてきた。しかし,近年の音響音声学的な検討から,生後数ヶ月間に泣き声の音響構造に発達的変化や個人差が存在すること,さらには,泣きの発達が言語獲得や社会性の発達を含む,長期的で広範な役割を果たしている可能性が示唆されるようになってきている。本稿では,乳児の泣きを「発達カスケード」の起点として新たに捉え直すことで,これまで複数の学術領域において蓄積されてきた実証的な知見を統合し,泣くことが乳児の身体内外の環境を変化させるプロセスや,それらが発達に及ぼす長期的な影響について議論する。「発達カスケード」の視座は,乳児の泣きが言語獲得に寄与するプロセスや,非定型的な泣きが発達にもたらす負の効果に関する理解を深める上で,重要な示唆を提供する可能性がある。
【インパクト】
本稿は,乳児の泣きの役割を「発達カスケード」の視座から新たに捉え直すことで,乳児の自発的な泣きがもたらす複雑かつ広範な発達プロセスを統合的に説明し,乳児の泣きが言語獲得に寄与するプロセスについての理解を進展させる。特に,非定型的な泣きが「発達カスケード」を変容させる機序についての理解を深めることは,神経発達症の児やその養育者に対する予防的介入や社会的支援に繋げる上で重要な示唆を提供する可能性がある。