日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
胃憩室内胃癌を合併した成人胃奇形腫の1例
神賀 貴大安西 良一丹野 弘晃森谷 卓也海野 倫明
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2012 年 45 巻 12 号 p. 1161-1169

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Abstract

症例は53歳の男性で,腹部超音波検査にて肝左葉に腫瘍を指摘されて当院へ紹介となった.上部消化管内視鏡検査にて胃体上部前壁に深い潰瘍がある3型腫瘍を認め,生検では中分化型管状腺癌であった.腹部造影CTでは小網内に胃体上部前壁と胃癌を介して連続する腫瘍を認めた.腫瘍は被膜を有し,大部分が脂肪成分で,囊胞構造と微小石灰化が混在し,胃奇形腫と診断した.胃癌と胃奇形腫に対して胃全摘術,脾合併切除術を施行した.病理組織学的検査にて小網内腫瘍は多様な組織を持つ成熟奇形腫であった.胃癌の深い潰瘍と考えられた構造物は腸上皮と固有筋層を有する真性胃憩室であった.胃癌は大部分が胃憩室内に存在しており,胃憩室に生じた胃癌と考えられた.本症例は胃外型の胃奇形腫の牽引により生じた胃憩室に胃癌が発生した非常にまれな症例であり,文献的考察を加えて報告する.

はじめに

胃奇形腫の発症年齢はほとんどが1歳未満であり,成人例は非常にまれである1).胃憩室は胃透視検査の約0.1%に認め,ほかの消化管憩室に比べてまれな疾患である2).さらに,胃憩室に発生する胃癌は非常にまれである.今回,我々は胃憩室内胃癌を合併した成人胃奇形腫という非常にまれな症例を経験したので報告する.

症例

患者:53歳,男性

主訴:腹痛

既往歴:中学3年生時に胃潰瘍を指摘された.糖尿病で食事療法を行っている.

現病歴:2004年4月に腹痛があり,近医を受診した.胃造影透視検査を行い,胃潰瘍の診断となった.症状は軽快したが,近医での腹部超音波検査にて肝左葉に腫瘍を指摘され,7月に当院内科へ紹介となった.

入院時現症:腹部は平坦であるが,心窩部に腫瘤を触れた.圧痛はなかった.

入院時検査所見:貧血,肝機能障害は認めなかった.腫瘍マーカーはCEA 28.6 ng/ml,CA19-9 52.4 U/mlと高値であった.

胃造影透視検査所見:胃体上部前壁の小彎寄りに境界明瞭なバリウムの貯留を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Upper gastrointestinal X-ray examina­tion shows a well-circumscribed protrusion on the anterior wall of the upper body (black arrow).

上部消化管内視鏡検査所見:胃体上部前壁に不整形の発赤隆起があり,中央に深い潰瘍を認めた(Fig. 2).生検にて中分化型管状腺癌の診断となった.

Fig. 2 

Gastrointestinal endoscopic examination reveals a type-3 tumor with deep ulceration (white arrow) on the anterior wall of the upper body.

腹部造影CT所見:胃小彎に胃壁と連続する直径約7 cm大の腫瘍を認めた.造影効果のある胃壁は腫瘍の一部を形成していた.被膜があり,ほとんどが脂肪組織であったが,造影される囊胞構造が混在していた.囊胞構造に沿って,または脂肪組織内に石灰化が散在していた.胃壁と接する以外は周囲組織への浸潤像は認めなかった(Fig. 3).

Fig. 3 

Abdominal contrast-enhanced CT shows a large tumor protruding from the anterior wall of the stomach, which has a smooth capsule (arrows) and cystic tissues with fine calcification (arrowheads).

腹部MRI所見:T1強調画像で小網内に約φ7 cm大の腫瘤を認めた.胃小彎側では胃壁と同じ信号強度の連続する構造物を認め,胃内腔も連続しており,胃壁が腫瘍の一部を形成していた.腫瘍には低信号の被膜を認め,その内側には脂肪組織と囊胞を多数認めた.脂肪組織内には低信号の不整形の構造物が散在していた.

以上より,小網内腫瘍を胃奇形腫と診断し,胃癌と胃奇形腫に対して手術を施行した.

手術所見:胃体上部小彎に約5 cm大の胃癌と考えられる腫瘍を触れた.小網内にある約10 cm大の腫瘍と胃癌は接しており,ともに動くことより一体化していた.転移が疑われるリンパ節腫大や肝転移,腹膜転移はなかった.腹腔洗浄細胞診は陰性であった.D2郭清の脾合併胃全摘術を施行し,小網内腫瘍を胃とともに切除した.

切除標本肉眼所見:胃内腔から見た胃癌は5.2×2 cm大の非常に深い潰瘍底を持つ3型腫瘍であった(Fig. 4a).小網内腫瘍は胃癌の潰瘍底と繋がる形で胃壁外に突出する12×10×9 cm大の腫瘍であった.小網内腫瘍は胃漿膜で覆われており,胃体上部小彎と連続していた(Fig. 4b).割面は脂肪組織がほとんどであり,骨組織・軟骨組織と粘膜上皮で覆われた囊胞が混在していた(Fig. 4c).3型腫瘍の深い潰瘍底と考えていたものは胃壁と連続する胃壁外に存在する管腔であった.3型腫瘍はその管腔と胃にまたがるように存在していた.

Fig. 4 

Resected specimen of the stomach and an exogastric tumor. a: A type-3 tumor on the anterior wall of the upper body has a deep ulceration. b: The exogastric tumor connects to the anterior wall of the upper body. c: Cut surface of the exogastric tumor reveals fatty tissue, cystic tissue and mucosa and cartilage.

病理組織学的検査所見:胃癌は腸上皮型の異型円柱上皮細胞からなる中分化型管状腺癌であった(Fig. 5).胃癌取扱い規約第13版に基づく病理組織学的病期はtub2,U,ant,type 3,53×21 mm,se,y2,v2,pT3N0,pStage IIであった.小網内腫瘍は多様な組織を持つ奇形腫であった.腫瘍内に存在する囊胞の粘膜は大部分が繊毛を持つ呼吸上皮であり,周囲に軟骨を認めた.奇形腫の構成組織として非角化扁平上皮・腺組織(Fig. 6a),前立腺(Fig. 6b),骨・軟骨(Fig. 6c),神経膠細胞を認めた.未熟な組織はなく成熟奇形腫であった.胃壁と小網内腫瘍の間には管腔構造があり,それを介して胃と連続していた.管腔構造は胃壁と連続する腸上皮と固有筋層を有しており,真性胃憩室と考えられた(Fig. 7).胃癌は胃憩室内に大部分が存在し,胃内にも浸潤していた.

Fig. 5 

Histopathological findings of the gastric cancer showed moderately differentiated tubular adenocarcinoma (H.E. staining, ×200).

Fig. 6 

Histological findings of the exogastric tumor. a (H.E. staining, ×100), Glandular tissue (white arrow) and squamous epithelium (white arrowhead). b (H.E. staining, ×200), Prostatic tissue. c (H.E. staining, ×100), Cartilage (black arrow) and bone (black arrowheads).

Fig. 7 

Whole-mount view of gastric teratoma and gastric diverticulum (H.E. staining). *: Muscularis propria

術後経過:術後は経過良好にて術後第22日病日に退院した.術後の腫瘍マーカーはCEA 3.7 ng/ml,CA19-9 13.2 U/mlと正常範囲に低下した.pStage IIであるが,再発のハイリスク症例と考えてS-1 100 ‍mg/‍bodyの術後補助化学療法を開始した.

考察

奇形腫は3胚葉由来の組織を有する腫瘍であり,発生部位は仙尾部が最も多く,次いで性腺であり,残りは頭蓋内,縦隔,後腹膜などである3).胃奇形腫はまれであり,全奇形腫症例の1%以下である4)5).1995年の増子ら6)の46例の集計では,発症年齢が1歳未満の症例は40例(87%)を占め,その内1か月未満の症例は9例(20%)である.性差は46例中45例が男性であり,明らかな性差を認めた.胃奇形腫の成人症例は非常にまれであり,1922年のEustermannら7)の報告以来,2009年のLiuら1)の集計によると7例の報告があるのみである.そのうちの1例は本邦の症例である8).医学中央雑誌にて1983年から2011年までの期間で「胃奇形腫」,「成人」で検索したところ該当する報告は3例であり9)~11),そのうちの吉岡ら11)の症例はMatsukumaら8)と同一症例である.よって本症例は本邦での4例目の報告となる(Table 18)~10).本邦の症例は全て男性である.

胃奇形腫の初発症状は,胃内型,胃外型,胃内外型と3つに分類される発育形式と関連があり,胃内型では吐血と下血,胃外型では腹部膨満と腹部腫瘤が多く,胃内外型では両者の症状を合わせたものとなっている12).胃奇形腫の画像検査では充実性成分および囊胞形成,腫瘍内の粗大な石灰化が特徴的な所見であり,診断は比較的容易である.本症例は腹部CTおよび腹部MRIにてそれらの所見を全て認め,胃壁との連続性も明らかであり,術前に胃奇形腫と診断することができた.胃奇形腫が胃壁のどの層に発生するのかいうことは今まで詳細に述べられていない.Matsukumaら8)の報告は胃内型の胃奇形腫であり,粘膜および粘膜下層に存在し,固有筋層以深への進展は認めなかった.Liuら1)の胃内外型の胃奇形腫は正常粘膜で覆われる粘膜下腫瘍の形態を呈しており,術前の超音波内視鏡では漿膜下層由来と診断していた.本症例は胃外型の胃奇形腫であり,固有筋層と漿膜の間に存在し,発育・増大するに伴い固有筋層と粘膜・粘膜下層を外側に牽引することにより胃憩室が生じたと考えられた(Fig. 8).胃奇形腫は胃壁のどの層にも発生する可能性があり,発生する層および発育する方向によって胃内型,胃内外型,胃外型の形態的な違いが生じると考えられた.胃奇形腫の発生部位が超音波内視鏡にて明らかになり,術式決定に有用であったという報告がある1)

Table 1  Reported cases of gastric teratoma in Japanese adults
Case Author Year Age Sex Signs and symptoms Location Procedure Pathological findings
1 Matsukuma8) 1995 83 M Tarry stool and anemia LC Total gastrectomy Immature teratoma with malignant transformation
2 Terada10) 2002 25 M Fever and pain AW-LC Proximal gastrectomy Mature teratoma
3 Hashimoto9) 2004 18 M None PW Partial resection Mature teratoma
4 Our case 53 M Pain AW-LC Total gastrectomy Mature teratoma and gastric cancer in gastric diverticulum

LC: Lesser curvature, AW: Anterior wall, PW: Posterior wall

Fig. 8 

Schema of the resected specimen shows the positional relation of gastric cancer, gastric diverticulum and gastric teratoma.

奇形腫の治療は遺残のない腫瘍の完全切除が重要である.胃奇形腫の場合は,発生部位や大きさ,胃内外へ発育形式によって術式が決定される.胃奇形腫のほとんどは小児例であり,術後の栄養障害を回避するために術式は胃壁を含めた単純摘出や胃部分切除術が選択されることが多い.増子ら6)の報告では手術を行った39例中35例(92%)が胃部分切除および単純摘出であった.本邦の成人胃奇形腫3例の報告では,悪性が疑われる症例は胃全摘術が施行され,ほかは近位側胃切除術と胃部分切除術を行った.本症例は術前に生検にて胃癌の診断がついており胃癌の根治術として胃全摘術を施行した.

奇形腫は病理組織像によって成熟型と未熟型の二つに分類される.高度に分化した3胚葉組織から構成される成熟奇形腫に対して未熟奇形腫の各構成組織はいずれもさまざまな程度の未熟性を呈している.胃奇形腫の予後は一般的に良好で,本邦では未熟型であっても再発や転移の報告はない13).奇形腫の構成組織が悪性転化して癌や肉腫を生じることがあり,性腺原発の20%,仙尾部原発の48%,縦隔原発の50%が悪性組織を混在する7)が,胃奇形腫は組織学的にほとんどが良性であり,悪性の報告は非常に少ない.本邦での小児の悪性胃奇形腫の報告例は1例14)のみであり,成人例も胃内型の未熟奇形腫の腺組織から腺癌が発生した1例8)のみである.本症例は成熟した内胚葉,中胚葉,外胚葉由来の組織を認め,成熟奇形腫の診断となった.胃憩室を囲むように胃奇形腫が存在し,憩室と胃に存在する腺癌の発生由来が問題となった.病理組織学的検査では胃憩室から発生した腺癌が憩室壁の固有筋層に浸潤し,その外側に存在する胃奇形腫の脂肪組織に浸潤している形態を呈していた.胃奇形腫と癌の間には明らかな連続はなく,癌の起源とは考えられなかった.

胃憩室は比較的まれな疾患であり,胃透視検査の0.16%に認める.胃憩室の分類については,組織学的には胃壁全層からなる真性憩室と胃壁構成の一部,特に固有筋層の部分的欠如からなる仮性憩室,成立機序からは圧出性憩室と牽引性憩室に分類される2).また,発生時期から先天性と後天性に分けられるが,先天性憩室は一般的には真性憩室である.胃憩室の合併症には結腸憩室炎のような炎症の報告はほとんどなく,また十二指腸憩室や結腸憩室と同様に悪性化は一般的に極めてまれである.胃憩室の治療はほとんど必要なく,憩室に出血,穿孔,癌などが合併する場合に内科的または外科的治療の適応となる15).本症例の胃奇形腫は憩室と裏表で接するように存在し,憩室壁は胃壁と連続して固有筋層を有する真性憩室であった.また,憩室粘膜は胃粘膜が腸上皮化生した小腸上皮であった.胃奇形腫のほとんどが乳児期に診断されていることから本症例もその時期にすでに胃奇形腫が存在し,症状がないために成人まで発見されなかったと考えるのが妥当である.胃奇形腫の発育・増大にともない胃壁が牽引されて真性憩室が生じたと考えられた.

1983年から2011年までの期間において医学中央雑誌で「胃憩室」と「胃癌」で検索したところ,胃憩室内に胃癌が発生した症例は8例の報告があった15)~22).そのうちの6例は粘膜下腫瘍の形態を呈しており,胃憩室の術前診断は困難であると報告している.本症例の胃癌は3型腫瘍で肉眼的に不明瞭な周堤が胃内と憩室内にまたがるように存在し,病理組織学的検査では腺癌成分のほとんどが胃憩室内に存在しており,胃憩室内から発生した胃癌と考えた.術前の上部消化管内視鏡では胃憩室の入口部を3型腫瘍の深い潰瘍底と認識しており,胃憩室の診断には至らなかった.

利益相反:なし

文献
 

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