日本消化器外科学会雑誌
Online ISSN : 1348-9372
Print ISSN : 0386-9768
ISSN-L : 0386-9768
症例報告
非拡張型膵管胆管合流異常に合併した胆囊粘膜上皮内癌の1例
藤本 大裕河野 史穂寺田 卓郎三井 毅中沼 安二山口 明夫
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2012 年 45 巻 12 号 p. 1180-1185

詳細
Abstract

症例は67歳の女性で,心窩部痛にて紹介医を受診し急性膵炎にて入院となった.保存的加療にて症状は軽快し,急性膵炎の原因精査のため当院内科紹介となった.ERCPにて膵管合流型の胆管非拡張型膵管胆管合流異常と診断.腹部CTでは胆囊底部に不整な壁肥厚を認め,胆囊癌の合併も否定できないため,開腹肝床合併胆囊摘出術を施行した.組織学的には胆囊体部から頸部にかけては,粘膜のびまん性乳頭状過形成を認めたが,細胞異型は認めなかった.一方,体部から底部にかけては,乳頭状の病変で,軽度から高度までさまざまな程度の異型性を認め,一部には癌に相当する異型も認められた.びまん性乳頭状過形成粘膜を背景に,多段階的な異型上皮から粘膜上皮癌を認め,膵管胆管合流異常における発癌過程において示唆に富む症例と考えられた.

はじめに

膵管胆管合流異常は解剖学的に膵管と胆管が十二指腸壁外で合流する先天性の奇形と定義されている.東洋人に多く,男女比は1:2.6~3と女性に多い.合流部に括約筋の作用が及ばないことにより,胆管炎,胆石形成,閉塞性黄疸,急性膵炎,先天性胆道拡張症などのさまざまな病態を引き起こす1).本症の重大な合併疾患として胆道癌の発生が重要である.特に胆管非拡張症例では,胆囊癌を高頻度で発生し,日本膵・胆管合流異常研究会では1990~2007年までの全国成人登録症例2,561例の検討で514例中201例(39.1%)とされている2).今回,急性膵炎を契機に発見された非拡張型膵管胆管合流異常を伴う胆囊上皮内癌の1例を経験したので報告する.

症例

症例:67歳,女性

主訴:心窩部痛

既往歴:24歳,急性虫垂炎にて手術.

家族歴:父,大腸癌

現病歴:2010年12月下旬ごろからの心窩部痛を主訴に紹介医を受診した.急性膵炎の診断にて入院となるが,保存的加療にて軽快した.その後精査目的に当院内科紹介となった.

受診時現症:身長149 cm,体重52 kg,体温35.9°C,血圧105/77 mmHg.腹部は平坦・軟,右下腹部に手術瘢痕あり.

腹部超音波所見:体部にくびれを認め,全体的な壁肥厚とコメットエコーが散見された.底部に10‍ ‍mm程度の内腔に隆起する病変を認めた.

腹部造影CT所見:胆囊体部にくびれと壁肥厚を認め,底部には不整な隆起性病変を認めた.胆管拡張は認めなかった(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal contrast enhanced CT scan shows a constricted gallbladder body and an irregularly thickened gallbladder fundus wall suggestive of carcinoma.

MRCP所見:胆管非拡張型の膵管胆管合流異常を認めた.胆囊はびまん性の壁肥厚と壁内の小囊胞を伴うadenomyomatosis様の変化を認め,底部には多数の小隆起を認めた.

ERCP所見:膵管合流型の膵管胆管合流異常を認めた.胆管の拡張は認めなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

Endoscopic retrograde cholangiopancreatgraphy shows a pancreaticobiliary maljunction without bile duct dilatation at the junction.

以上より,非拡張型の膵管胆管合流異常と胆囊癌疑いと診断され,手術加療目的に外科入院となった.

手術所見:開腹後,胆囊内胆汁のアミラーゼおよびリパーゼの測定と細胞診を行った.アミラーゼは178,400 IU/l,リパーゼは53,900 IU/lと高値を示した.胆汁細胞診では腺癌成分を認めclass Vと診断された.術中エコーでは胆囊底部にびまん性に肥厚した低エコー層を認めたが,明らかな肝浸潤を疑わせる所見は認めなかったため(Fig. 3),肝床合併胆囊摘出術を施行した.術中迅速診断では胆囊管断端に悪性像を認めなかった.

Fig. 3 

Intraoperative ultrasound image shows papillary mucosal thickening in gallbladder fundus, but there is no clear invasion to liver.

病理組織学的検査所見:胆囊体部から頸部にかけては,広範な乳頭状過形成(papillary hyperplasia:以下,PHPと略記)を認めたが,異型細胞は認めなかった.一方,体部から底部にかけては,腫瘍性の乳頭状病変が存在し,多段階的なbiliary intraepithelial neoplasia(以下,BilINと略記)-1,-2の異型上皮が認められ,一部にはBilIN-3に相当する上皮内癌も認めた(Fig. 4).免疫組織学的検査ではPHPの部位ではKi-67によるlabelling indexは1%以下であった.癌抑制遺伝子であるP16INK4AはPHPの部位に発現を認めたが,異型上皮部位では発現が認められなかった.P53においてはPHP部位での発現は陰性であったが,異型上皮から上皮内癌では一部陽性であった.P16INK4Aの発現を抑制するポリコーム蛋白群enhancer of zeste homolog 21)(以下,EZH2と略記)はPHPの部位では陰性であったが,P53と同様に異型上皮から上皮内癌の部位において,一部に核の染色を認め陽性と判断した(Fig. 5).

Fig. 4 

Mapping of the resected gallbladder. Hyperplasia is traced by a green line. Biliary intraepithelial neoplasia (BilIN)-1 or -2 is indicated by a red line, and BilIN-3 or carcinoma in situ is indicated by a blue line.

Fig. 5 

Immunohistochemical stain for P16INK4A, EZH2 and P53 in PHP and dysplasia. (Upper: papillary hyperplasia area, lower: dysplasia area). P16INK4A is found in the nuclei and/or cytoplasm of the cell. P53 and EZH2 are expressed in the nuclei of the cell. P16INK4A is frequently expressed in PHP in comparison with dysplasia. EZH2 is strongly and frequently expressed in dysplasia, whereas its expression is faint and infrequent in PHP. P53 is also expressed in dysplasia. (×100)

術後経過:術後経過は良好で術後9日目に退院となった.現在,外来通院中であるが再発は認めていない.

考察

胆囊癌のハイリスク疾患として,胆石症や膵管胆管合流異常などが知られている.膵管胆管合流異常は解剖学的に膵管と胆管が十二指腸壁外で合流する先天性の奇形と定義され,実際には共通管が成人で10‍ ‍mm,小児で4 mm以上を異常に長い共通管と規定することが多い3).重大な合併疾患として胆道癌の発生がある.一般の胆道癌より好発年齢が10歳程度若く,20歳代から加齢とともに発癌のリスクは増大し,一般と比較し発生率は10~30倍高い.特に胆管非拡張例では胆囊癌の発生頻度が高い.無症状で発見される例も多く,癌発生の危険が高いため予防的胆囊摘出術は推奨されているが,予防的肝外胆管切除術に関しては統一した見解は得られていないのが現状である4)

膵管胆管合流異常に関し医学中央雑誌にてキーワードを「膵胆管合流異常」,「乳頭状過形成」として1983~2011年,PubMedでは「pancreaticobiliary maljunction」,「papillary hyperplasia」として1950~2011年までの期間で検索したところ,Yamaguchiら5)は,15例の症例を検討した結果,4例に胆囊癌の合併を認め,癌合併例の年齢は60±15.9(39~77)歳であり,癌を合併していない膵管胆管合流異常では41.5±17.9(18~77)歳であった.全例において胆囊粘膜面にはPHPを認めたが,合流異常を伴わない胆石症や胆囊癌を合併する胆石症においては,PHPは認められなかったと報告している.Sekiら6)の膵管胆管合流異常38例における検討報告では,PHPを密度の程度でGrade 0~IIIに分類,Grade 0は1例(非拡張型0例),Grade Iは7例(非拡張型5例),Grade IIは14例(非拡張型9例),Grade IIIは16例(非拡張型6例)であった.非拡張型膵管胆管合流異常の20例中癌病変を認めた9例では,Grade Iが3例,Grade IIが6例であった.PHPが非常に密集しているGrade IIIでは癌病変部や異型上皮は認められなかったと報告している.また,胆囊微小癌の検討から膵管胆管合流異常を伴わない場合は化生が,膵管胆管合流異常を伴う場合は過形成が,ぞれぞれの前癌病変として重要であるとも報告している7).Mukadaら8)は60歳代から,過形成は異型に置き換わり前癌病変となると報告している.自験例においても,非拡張型膵管胆管合流異常で認められるPHPを胆囊頸部から体部にかけて広範に認め,体部から底部にかけては,PHPに接する形で多段階発癌過程を反映する病変と考えられているBilIN-1~-3の異型上皮から上皮内癌を認めた.

膵管胆管合流異常におけるPHPは乳児期あるいは小児期からびまん性の乳頭状過形成の出現が知られているが9),胆囊癌の発生の多くは成人になってからであり50歳代にピークがある.過形成から異型上皮を経て癌に至るsequenceの存在の可能性が報告されているが10),PHPが前癌病変もしくは癌に移行する病変としては,経過が長期におよぶ点が取扱い上問題と考えられる.中沼ら11)は,膵管胆管合流異常に発生するPHPは癌抑制遺伝子であるP16INK4AやP21SDI-1などの細胞老化マーカーがびまん性に発現し細胞増殖活性も低いため,細胞老化病変であり,癌発生に対して抑制的に作用している可能性があると報告している12).自験例においても,PHPの病変部位はKi-67によるlabelling indexが1%以下と低く,細胞増殖能の活性は認められず,またP16INK4Aの発現が認められた.胆管上皮の癌化に関連し,遺伝子発現調節タンパク質複合体の一員として後成的な遺伝子発現に関与し,ヒストンH3コアタンパク質の27番目のリジンをメチル化することで,その領域の遺伝子の転写を抑制しているEZH213)は,PHPでは発現は認められなかったが,異型上皮の部位では発現を認め,膵管胆管合流異常における癌化の過程においてEZH2が関与していると考えられた.

膵管胆管合流異常における胆囊癌の発生において,PHPは逆流膵液中に存在する活性化された蛋白分解酵素により,正常胆囊粘膜に対して発癌ストレスが生じたことによる癌抑制機構として早期の老化が誘導されることで形成された可能性が考えられるが,PHPから胆囊癌への進展には細胞老化から逸脱するための何らかの機構が存在する可能性があり,EZH2が細胞老化の解除や回避による癌化に関与していることが考えられるが,関連性の解明には今後のさらなる検討が必要である.本例は非拡張型膵管胆管合流異常症においてPHPから異型上皮,上皮内癌と多段階的な異型病変を認めた症例で,医学中央雑誌にてキーワード「非拡張型膵管胆管合流異常」,「胆囊癌」として1983~2011年の期間で検索しうるかぎり報告例は確認できず ,非常に示唆に富む貴重な症例であったと考える.

利益相反:なし

文献
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top