日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
小型膵管内乳頭粘液性腫瘍からの発生が示唆された浸潤型膵癌の2例
黒田 陽介中島 雄一郎増田 隆伸丸山 晴司島袋 林春高橋 郁雄飛田 陽大城 由美西崎 隆
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2012 年 45 巻 12 号 p. 1202-1209

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Abstract

腫瘍径30 mm未満の小型膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)からの発生が示唆された浸潤型膵癌の2例を経験した.症例1は67歳の男性で,膵癌と,近接する径17 mmの分枝型IPMNを指摘され膵頭十二指腸切除術を施行.組織学的に両者は接し境界部に移行像を認めた.2例目は59歳の男性で,2年前より経過観察中の膵鈎部の径25 mmの分枝型IPMNに接して膵癌の発生を認め膵頭十二指腸切除術を施行.組織学的に囊胞性病変にはIPMNと浸潤型膵癌の混在を認めた.国際診療ガイドラインでは囊胞径30 mm以上,壁在結節,膵液細胞診陽性,主膵管拡張,症状ありの5因子が分枝型IPMNの手術適応とされる.本症例のように壁在結節のない小さな分枝型IPMNからの浸潤癌の発生もまれながら存在するためIPMNの経過観察において注意を要する.

はじめに

膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)は豊富な粘液産生による膵管拡張を主徴とする膵管内上皮性腫瘍で,比較的予後良好な腫瘍である1).分枝型IPMNには長期の経過観察でほとんど進展がない病変が多数存在することが明らかとなっており,手術適応に関して多くの議論がなされてきた2).2006年に提唱された国際診療ガイドラインでは,囊胞径30 mm以上,壁在結節あり,膵液細胞診陽性,主膵管拡張,症状ありの5因子を悪性の指標として切除を考慮するよう推奨している3).しかしながら,壁在結節のない30 mm以下の分枝型IPMNからの発癌症例の報告も少ないながらも報告されており,注意を要する4)5).今回,我々は壁在結節を有しない腫瘍径30 mm未満の小型IPMNからの発生が示唆された浸潤型膵癌の2例を経験したので報告する.

症例1:67歳,男性

主訴:食欲不振,体重減少

既往歴:10年前に胃潰瘍にて保存的治療.5年前より境界型糖尿病で食事療法中.

家族歴:特記事項なし.

生活歴:喫煙30本/日,飲酒なし.

現病歴:食欲不振と数か月で5 kgの体重減少にて前医受診.CTにて膵頭部腫瘍を認め,精査加療目的にて当院を紹介された.

入院時現症:黄疸認めるも腹部は平坦,軟で圧痛なく,異常な腫瘤も触知しなかった.

入院時検査所見:Table 1に入院時検査所見を示した.血算に異常はないが,生化学検査にて肝胆道系酵素の上昇を認めた.HbA1c 7.0%と血糖コントロールは不良で腫瘍マーカーはCEA 9.5 ng/ml,DUPAN-2 1,915 U/mlと上昇を認めた.

Table 1  Laboratory data of Case 1 and Case 2
Case 1 Case 2
 WBC (/μl) 5,300 5,940
 RBC (/μl) 470×104 440×104
 Hb (g/dl) 14.9 14.2
 Plt (/μl) 21.4×104 19.3×104
 TP (g/dl) 7.8 7.6
 Alb (g/dl) 4.6 4.1
 T-Bil (mg/dl) 4.8 7.5
 D-Bil (mg/dl) 3.0 5.1
 AST (U/l) 376 76
 ALT (U/l) 637 114
 LDH (U/l) 334 132
 ALP (U/l) 880 603
 γ-GTP (U/l) 1,238 335
 AMY (U/l) 66 313
 BUN (mg/dl) 12.4 17.1
 Cr (mg/dl) 0.60 0.89
 T-Chol (mg/dl) 223 164
 BS (mg/dl) 210 187
 HbA1c (%) 7.0 7.5
 CRP (mg/dl) 0.1 0.1
 CEA (U/ml) 9.5 2.3
 CA19-9 (U/ml) 2.00 89.1
 DUPAN-2 (U/ml) 1,915 156
 SPAN-1 (U/ml) 27.4 55.2

腹部造影CT所見:膵頭・鈎部に径2.5 cmの低吸収域を認め,同部位より上流の胆管拡張を認めた(Fig. 1a).腫瘍に近接して径1.7 cmの囊胞性病変を認めた(Fig. 1b).総肝動脈,門脈背側,膵頭部背側にリンパ節転移が疑われた.

Fig. 1 

Case 1. Abdominal CT. a) A low-density area, suggesting pancreatic cancer, is 2.5 cm in size in the pancreatic head (arrows). b) The cystic lesion is 1.7 cm in size, close to the pancreatic cancer (arrows).

MRCP所見:膵頭部に径3 cm程度の腫瘤を認め,主膵管の拡張はないが,下部胆管の閉塞と胆管の系統的拡張を認めた.近接して径1.7 cmの囊胞性病変を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Case 1. MRCP shows the cystic lesion 1.7 cm in diameter (arrows) with obstruction of the lower bile duct and dilatation of the upstream bile duct.

ERCP所見:膵管下部3.5 cm,胆管下部3.0 cmに狭窄像を認め,上部は拡張していた.ERPD,ERBD tubeを留置した.

以上より,膵頭部癌, Stage III(cT3,CH(+),DU(–),S(–),RP(–),PV(–),A(–),PL(–),OO(–),N1,P0,M0)および膵頭部分枝膵管型IPMNと診断し,手術の方針となった.

手術所見:2群リンパ節郭清を伴う膵頭十二指腸切除術を施行した.腫瘍は膵頭部に約3 cm大の硬い腫瘤として触知し,膵頭部背側に腫大リンパ節を認めた.腹水,肝転移巣,播種結節はいずれも認めなかった.腫瘍範囲を術中USにて確認し,断端距離2 cmを確保して膵臓を切離し,術中迅速診にて陰性を確認した.再建は膵胃吻合,胆管空腸吻合,胃空腸吻合にて施行した.

病理組織学的検査所見:膵頭部に中分化型の浸潤性腺癌を認め,IPMNと接しており,IPMN上皮内の高度な異型や両者の移行像を認めた(Fig. 3).膵外神経叢浸潤と#13aのリンパ節転移も認めた.以上より,膵頭部癌fStage IVa(T4,N1,M0)と診断した.

Fig. 3 

Case 1. Histological findings on HE stain. The broken line shows the lesion of the pancreatic cancer, and the dotted line showed IPMN. The boundary between cancer and IPMN shows transitional features.

術後経過:術後4か月目に肝転移および播種再発を認め,術後5か月目に死亡した.

症例2:59歳,男性

主訴:黄疸

既往歴:早期胃癌に対し内視鏡的粘膜切除術(4年前),糖尿病,慢性C型肝炎.

家族歴:特記事項なし.

生活歴:喫煙40本/日,機会飲酒.

現病歴:急性膵炎,再発性膵炎を繰り返し,2年前に前医でのCTにて膵頭部にIPMNを指摘された.以後,半年ごとに画像検査を施行されていた.初診の1か月前にCTにて膵頭部に腫瘍を認め,ほぼ同時期に黄疸も出現し,当院を紹介入院となった.

入院時現症:黄疸認めるも腹部は平坦,軟で疼痛なく,異常な腫瘤も触知しなかった.

入院時検査所見:Table 1に入院時検査所見を示した.生化学検査にて肝胆道系酵素とアミラーゼの上昇を認めた.HbA1c 7.5%と血糖コントロールは不良で腫瘍マーカーはCA19-9 89.1 U/ml,DUPAN-2 156‍ ‍U/ml,SPAN-1 55.2 U/mlと上昇を認めた.

腹部造影CT所見:膵頭部に径2.0 cm大の造影される腫瘍を認め,同部位より上流の胆管拡張と主膵管の拡張を認めた.腫瘍に近接して径2.5 cmの囊胞性病変を認めた(Fig. 4).有意なリンパ節転移は認めなかった.

Fig. 4 

Case 2. Abdominal CT shows the enhanced nodular lesion 2.0 cm in diameter (arrowheads) with an adjacent cystic lesion 2.5 cm in diameter (arrows).

FDG-PET CT所見:膵頭部腫瘍に一致してFDGの軽度集積を認めたが,囊胞性病変には集積を認めなかった.

MRCP所見:前医初診時の2年前は膵頭部に径2.5 cmの囊胞性腫瘍を認め,主膵管,胆管に特筆すべき所見は認めなかったが,入院時はFig. 5のように,肝内外胆管と主膵管の著しい拡張を認め,膵頭部に2 cm大の腫瘍性病変の存在が疑われた.また,左背側には既知の径2.5 cmの多房状囊胞性病変を認めた.

Fig. 5 

Case 2. MRCP shows a markedly dilated main pancreatic duct and a common bile duct with a nodular lesion in the pancreatic head (arrowheads). The cystic lesion remained the same size for two years (arrows).

ERCP所見:膵頭部で主膵管の閉塞と胆管の狭窄,末梢の拡張を認めた.主膵管へは膵管チューブを挿入できず,ERBD tubeのみ留置した.

以上より,膵頭部癌,Stage III(cT3,CH(+),DU(–),S(–),RP(–),PV(–),A(–),PL(–),OO(–),N0,P0,M0)および膵頭部分枝膵管型IPMNと診断し,手術の方針となった.

手術所見:2群リンパ節郭清を伴う膵頭十二指腸切除術を施行した.腫瘍は膵頭部に約3 cm大の硬い腫瘤として触知した.腹水,肝転移巣,播種結節はいずれも認めなかった.上腸間膜静脈前面でトネリングして膵臓を切離し,術中迅速診にて断端陰性を確認した.再建は膵胃吻合,胆管空腸吻合,胃空腸吻合にて施行した.

病理組織学的検査所見:膵頭部に高分化型の浸潤性膵癌を認め,浸潤性膵癌に接してIPMNを認めた.IPMNの領域内に浸潤癌の混在を認め,周囲には高度な線維化を伴って膵管内に進展する領域を認めた(Fig. 6).膵外神経叢浸潤と#13aのリンパ節に転移を認めた.以上より,膵頭部癌fStage IVa(T4,N1,M0)と診断した.

Fig. 6 

Case 2. Histological findings in HE stain. The dotted line shows the area of pancreatic cancer, including IPMA. Invasive cancer is adjacent to the atypical IPMA and IPMC.

術後経過:術後5か月目に腫瘍マーカーの上昇を認め,再発が疑われている.

考察

IPMNは膵管上皮に粘液を産生する乳頭状腫瘍を生じる疾患で,膵管の拡張やVater乳頭の開大を認め,病変の主座により主膵管型,分枝型,混合型に分類される3).1982年の大橋ら6)の報告以来,症例の集積がなされ,2004年には大規模な臨床病理学的検討が行われた7).主膵管型は癌の可能性が61~100%と高く,原則的に手術適応とされている8)~10).一方,分枝型で壁在結節のない症例では非浸潤癌への進展は0~3.3%,浸潤癌への進展は0~0.8%程度と報告されており,悪性化のリスクは低いことが推測される2)11)12).2006年の国際診療ガイドラインでは,分枝型IPMNの悪性の可能性を示す指標として囊胞径3 cm以上,壁在結節,主膵管拡張,臨床症状を有するもの,および膵液細胞診陽性を挙げ,それ以外は手術適応外とし,経過観察を推奨している3)

本症例は2例とも画像診断上,壁在結節を有しておらず,囊胞径も症例1が1.7 cm,症例2が2.5 cmであり,壁在結節と囊胞径の2項目から判断すれば手術適応外の状態であった.病理組織学的診断では囊胞から連続して浸潤癌の領域を伴っていた.症例1は膵頭部癌に近接する偶然発見の分枝型IPMNとして切除したところ,両者は接しており,IPMN上皮内の高度な異型や両者の移行像を認めたことより,分枝型IPMNからの浸潤癌の発生が示唆された症例であった.一方,症例2は2年前より分枝型IPMNを指摘されており,定期的な経過観察が行われた過程で浸潤癌成分が出現しており,組織学的に浸潤癌はIPMN周囲に主病変を有し,一部囊胞へと連続していた.分枝型IPMNからの浸潤癌の発生を強く示唆する症例であった.2年間の観察期間の後の発癌であり,貴重な症例であると思われる.

IPMNの発癌様式には,囊胞性病変から連続的な進展を示すadenoma-carcinoma sequenceによる典型的IPMN由来浸潤癌,既往の囊胞性病変とは別の膵の部位に通常型膵癌が発生する併存膵癌とが知られている13).一方,通常型膵癌は膵管上皮から異型の連続的変化を伴って多段階的に発生するとされ,その前駆病変は2000年にHrubanら14)により提唱された膵管内の顕微鏡的病変であるpancreatic intraepithelial neoplasia(以下,PanINと略記)と考えられており,正常膵より膵癌の周囲膵組織に高頻度に認められる.IPMN由来浸潤癌と併存膵癌の鑑別については,日本膵臓学会の囊胞性腫瘍委員会チーム3が各々の定義を作成しており,IPMN由来浸潤癌の確診例を「IPMNが画像診断,肉眼所見,または組織学的所見により明らかで,IPMNと浸潤性膵癌の間に組織学的移行像を認める」と定義している.本症例は2例ともこの定義に合致しており,また,浸潤癌周囲にPanINの成分を認めなかったことより,IPMN由来浸潤癌と診断した.また,IPMNは膵癌のリスクファクターで癌の発生率が高いことが知られており小型IPMNに偶然膵癌が合併した可能性も否定はできないが,236例のIPMN切除症例中,膵癌を同時性,異時性に合併した22例をretrospectiveに詳細に検討したIngkakulら15)の報告や,60例のIPMNのフォロー中に膵癌を合併した5例を検討したUeharaら5)の報告において両者が同時に接して存在していた症例はなく,このことからも本症例は小型IPMNから浸潤癌が発生したことが推測される.

IPMNは一般的にslow growingな腫瘍であり,通常の膵癌と比べ予後も比較的良好である2).そのため,悪性を疑わせる所見に乏しい腺腫は経過観察となることが多い.通常型膵癌より予後は少し良いとの報告もあるが,その一方で明らかな浸潤癌になると通常の膵癌と同様に予後不良との報告も多い16)17).自験例2例のように,画像所見上壁在結節のない囊胞径30 mm未満の分枝型IPMNから囊胞内腔ではなく,囊胞に接して雪だるま状に発育する浸潤癌が発生する症例もまれながら存在すると思われ,経過観察には注意を要すると考えられた.

利益相反:なし

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