日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
大量出血によりショックを呈した多発性空腸憩室症の1例
伊藤 麻衣子遠藤 出大谷 弘樹久保 雅俊宇高 徹総水田 稔
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2012 年 45 巻 12 号 p. 1210-1217

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Abstract

出血性ショックを呈した多発空腸憩室症の1例を経験したので報告する.症例は44歳の男性で,大量下血とショックを主訴に当院を紹介受診した.腹部造影CTでは空腸に造影剤の漏出所見を認め,空腸出血が疑われた.小腸ダブルバルーン内視鏡を施行したが,胃・十二指腸・上部空腸の観察範囲内に明らかな出血部位は確認できなかった.ガストログラフィンにて造影すると上部空腸に多数の憩室を認め,CT結果と合わせて空腸憩室出血が疑われた.準緊急的に開腹手術を施行した.術中所見では腸間膜付着側に小腸全長にわたって多数の憩室を認め,上部空腸には径3 cm大前後の比較的大きな憩室を複数認めた.出血源と思われる憩室を含め約90 cmの空腸を切除した.切除標本では小腸平滑筋層と連続して憩室にも平滑筋層を認め,真性憩室からの出血と診断された.Meckel憩室を除くと小腸憩室の大半は仮性憩室であり,本症例はまれな症例と考えられた.

はじめに

十二指腸憩室,Meckel憩室を除く小腸憩室は比較的まれで,空腸憩室は剖検例の0.06~4.5%,小腸造影検査の0.3~5%に確認されている1)~3).無症状で経過することがほとんどであるが,時に穿孔や出血などの合併症を起こし緊急的な処置が必要となることがある.

今回,空腸憩室の中でもまれな真性憩室からの大量出血によりショックを呈した多発性空腸憩室症の1例を経験したので報告する.

症例

患者:44歳,男性

主訴:下血

既往歴:特記事項なし.

現病歴:朝からの下血を主訴にかかりつけ医を受診し下部消化管内視鏡を施行されたが,多量の凝血塊のため観察不可能であった.精査目的に近くの総合病院に紹介され造影CTにて空腸に出血を疑う部位を認めたが,診察中にも多量の下血と数回の意識消失があり,小腸内視鏡での精査目的に当院へ紹介となった.

入院時現症:赤血球濃厚液を輸血されながら救急搬送された.身長170 cm,体重63 kg,意識は清明,血圧117/67 mmHg,心拍数132 bpm,SpO2はroom airで100%,顔色は不良であった.腹部は平坦・軟で圧痛は認めず,腸雑音は亢進気味であった.

入院時血液検査所見:RBC 266×104/mm3,Hb 8.0 g/dl,Hct 21.9%と貧血を認めた.約7時間前,3時間半前の検査ではそれぞれHb 10.3 g/dl,8.7 g/dlであり,貧血の進行を認めた.凝固系に異常は認めなかった(Table 1).

Table 1  Laboratory data on admission
 WBC 11,740 /mm3  CRP 0.60 mg/dl
 RBC 266×104 /mm3  AST 13 IU/l
 HGB 8.0 g/dl  ALT 8 IU/l
 HCT 17.90 %  ALP 123 IU/l
 PLT 16.1×104 /mm3  T.Bil 0.6 mg/dl
 TP 4.5 g/dl
 PT 11.9 sec  ALB 2.6 g/dl
 PT 79.50 %  BUN 21 mg/dl
 PT.INR 1.11  CRN 0.74 mg/dl
 APTT 33.3 sec  Na 134 mEq/l
 K 4.1 mEq/l
 Cl 106 mEq/l

腹部造影CT所見:前医で施行された腹部造影CTでは左上腹部の空腸壁から突出する約35 mm径の管腔を認め,消化管と連続した腫瘍もしくは小腸憩室,重複腸管が疑われた.この管腔に接した空腸には造影剤の漏出が見られ,小腸出血の原因と考えられた(Fig. 1A, B).

Fig. 1 

Abdominal contrast-enhanced CT scan shows a lumen protruding from the jejunum (arrow) and extravasation near the lumen (arrowhead).

経口的ダブルバルーン内視鏡(double balloon endoscopy;以下,DBEと略記)所見:胃・十二指腸・空腸観察内には明らかな出血は認めなかった.空腸には多数の憩室を認め,ガストログラフィンで造影したところ左上腹部に巨大な憩室が描出された(Fig. 2).CTで指摘された径35 mm大の管腔と一致していると考えられた.

Fig. 2 

Radiologic enteroclysis reveals a jejunal diverticulum (arrow).

持続する出血部位は確認できず,循環動態も安定していたため,翌日に準緊急手術を行う方針とした.

手術所見:上腹部正中切開で開腹した.腹水は認めなかった.小腸は全長で約9 mあり,小腸全長にわたって腸間膜付着側に憩室が多発していた.回腸末端から約770 cm口側の部位に径3 cm大の憩室を認め,責任病変と思われた.この巨大憩室以外にも複数の径2 cm前後の憩室を認め,癒着により一部の腸管は一塊となっていた.責任病変と思われた憩室を中心に,これらの大きな憩室を含めて約90 cmの空腸を切除した.

切除標本肉眼所見:出血源と思われる径3 cm大の空腸憩室と,その口側と肛門側にも径2 cm前後の憩室を複数認めた(Fig. 3).

Fig. 3 

The resected specimen shows a jejunal diverticulum, thought to be the source of bleeding, approximately 3 cm in diameter (arrow) and multiple diverticula (arrowheads) on the mesenteric border.

病理組織学的検査所見:憩室の粘膜は小腸粘膜のみで異所性胃粘膜は認めなかった.不明瞭ながらも粘膜筋板下に空腸の平滑筋層と連続して平滑筋層を認め,真性憩室と診断された(Fig. 4A).出血を疑った憩室ではUl-III-IVの潰瘍形成を認め,同部位からの出血と診断された(Fig. 4B).

Fig. 4 

Microscopic findings of the resected specimen (HE, ×20) shows no presence of ectopic mucosa in the diverticula, but smooth muscle layer under the muscularis mucosae (A). At the orifice of the diverticulum, mucosal ulcer of Ul-III-IV can be seen in the muscular layer, suggesting bleeding from the true diverticulum (B).

術後経過:術後経過は良好で術後9病日に退院し,術後約5か月現在,再出血は認めていない.

考察

空腸憩室は60~70歳代に発症のピークがあるとされ,男性に多くみられるといわれてきたが,最近では女性に多く見られるようになったとの報告もある4).80%が空腸に,15%が回腸に,5%が両方に発生するといわれており3),上部空腸に最も多い5)

1983年~2010年の医学中央雑誌で「小腸憩室」,「空腸憩室」,「出血」をキーワードに検索したところ,自験例を含めて15例の空腸憩室出血についての本邦報告例があった(会議録を除く)(Table 26)~18).男女比は8:7で平均年齢は68歳(44~86歳),自験例は最も若年であった.全症例で下血もしくはタール便を主症状としており,15例中自験例を含む7例がショックを呈していた.2例で腹痛を伴う下血を認めたが,他の13例は消化器症状を伴わない突然の大量出血で発症していた.

Table 2  Reported cases of bleeding from the jejunal diverticula
No. Author/Year Age/Sex Sympton Treatment Location False or True Number
 1 Ishii6)
1983
54/F abdominal pain,
bloody bowel discharge
segmental resection of jejunum mesenteric border true multiple
 2 Hori7)
1984
69/M bloody bowel discharge segmental resection of jejunum mesenteric border false 13
 3 Sakaguchi8)
1989
52/M bloody bowel discharge segmental resection of jejunum mesenteric border false 2
 4 Okano9)
1994
86/F abdominal pain,
bloody bowel discharge
segmental resection of jejunum mesenteric border false 15
 5 Sakata10)
1994
83/F bloody bowel discharge 20
 6 Wan11)
1999
63/M tarry stool segmental resection of jejunum+resection of diverticulum false 2
 7 Kawamura12)
2000
70/F tarry stool segmental resection of jejunum mesenteric border false 7
 8 Shutou13)
2004
75/F bloody bowel discharge segmental resection of jejunum both false multiple
 9 Mutou14)
2005
85/F tarry stool segmental resection of jejunum mesenteric border false multiple
10 Yamamoto15)
2005
81/M bloody bowel discharge resection of diverticulum mesenteric border false 3
11 Narazaki16)
2006
74/M tarry stool segmental resection of jejunum multiple
12 Yamaoka17)
2009
55/F bloody bowel discharge segmental resection of jejunum mesenteric border false 1
13 Yamaoka17)
2009
63/M tarry stool filling of Barium multiple
14 Uehara18)
2010
78/M hematemesis and melena segmental resection of jejunum both false 3
15 Our case 44/M bloody bowel discharge segmental resection of jejunum mesenteric border true multiple

小腸憩室はMeckel憩室を除くとほとんどが仮性憩室である.仮性憩室は,腸管内圧の上昇によって腸管壁の脆弱部位を粘膜層が筋層を貫いて脱出することで形成される.この脆弱部位とは腸間膜血管が筋層を貫いて腸管壁に流入する部位で,locus minoris resistentiaeと呼ばれる19).したがって,漿膜を欠く腸間膜付着側に多発しやすく,小腸のなかでも腸間膜動脈が太く縦走筋が薄い上部空腸に好発する20).また,Krishnamurthyら21)による筋細胞や筋層間神経叢の変性を指摘した説もあり,真性憩室と仮性憩室では発生機序が異なる.本症例では空腸固有筋層に連続して憩室にも固有筋層を認め真性憩室と診断された.今回検索した範囲内では真性憩室からの出血例は本症例が2例目であり,非常にまれな1例であったと思われる.

空腸憩室では軽度の腹痛や腹部不快感といった腹部不定愁訴を訴えることはあるが,検査や手術で偶然発見される場合が圧倒的に多い22).大半は無症状とされており,診断に有用な病歴や身体所見はない23).20~40%が腹部不定愁訴を呈し,10%が憩室炎,穿孔,出血,腸閉塞などで外科的治療を要する3)20).Orrら24)は臨床症状により小腸憩室を3グループに分類している.(1)無症状で経過するもの,(2)慢性的な消化不良,消化障害を起こすもの,(3)急性腹症を起こすもの,といった分類で,臨床的に問題となるのは(2),(3)のグループである.

消化管出血における小腸からの出血は1.4~5%と報告されており7),その診断は容易ではない.一旦出血が起こると極めて重篤となり,致死的な状態に陥りやすい25).空腸憩室は約35%に大腸憩室を合併することもあり25),術前に空腸憩室からの出血と診断がつく確率は50%程度といわれている12).本症例でも造影CTで空腸に造影剤漏出像を認めたことから空腸出血を疑い,DBEで多発する空腸憩室を認めたため空腸憩室出血と推測することはできたが,確定診断には至らなかった.

出血点不明の消化管出血に対しては出血点同定のためにさまざまな検査が行われるが,血管造影検査で陽性所見を得るためには0.5 ml/min以上の動脈出血が必要といわれている26).一方,helical CTは0.07 ml/minの動脈出血を描出できるという報告もあり27),陽性検出率79%で血管造影検査より有用であるとの見方もある28).また,近年のカプセル内視鏡(video capsule endoscopy;以下,VCEと略記)やDBEの実用化により,全小腸の内視鏡観察が可能となった.VCEにて空腸からの出血と診断した後にDBEを施行し,空腸憩室出血と診断しえた例も報告されている17).本症例でもDBEを施行し,空腸多数の憩室を認めたことで憩室からの出血を疑うことができた.観察時に出血所見が得られなかったのは一時止血していたためと思われる.しかし,急性の大量出血例では初診時にショック状態を呈していることも少なくなく,重症例では再出血などの合併症によりさらに重篤化する場合もある.このような例では迅速な止血が求められ,内視鏡治療が困難であることが多い29).また,DBEやVCEが施行できる状況には限りがあり,各施設の実情に応じた対処が必要である.

憩室出血に対する治療法としては内視鏡的止血術,interventional radiology(以下,IVRと略記),手術が考えられるが,本症例ではDBEで出血点を同定することができず,内視鏡的止血術は不可能であった.IVRを施行することも検討したが,前述の如く一時止血が得られていたため,血管造影検査で出血点を同定することは困難であろうと判断し手術に踏み切った.動脈性出血が持続する場合にはIVRは診断と治療を同時に行えるという大きな利点があり,IVR後に繰り返す憩室出血に対して憩室切除術を施行した例も報告されている30)

空腸憩室に対する手術としては空腸部分切除術が一般的である.多発憩室で全てを切除するわけにはいかない場合,術中内視鏡が出血源の同定に有用であるといわれている23).空腸憩室は腸間膜付着側に発生するために出血点を同定するのが困難であり,そういった観点からも術中内視鏡が有用であるといわれてきた31).本症例でも術中内視鏡を行う準備をしていたが,手術開始直前に下血を認め,術中所見で径3 cm大の憩室より肛門側の小腸に血液が充満していたためこの憩室を出血点と判断し,術中内視鏡は施行しなかった.今後,VCEやDBEがさらに普及し術前に出血源が同定できる機会が増えれば術中内視鏡の必要性も変化してくるかもしれない.

利益相反:なし

文献
 

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