2013 年 46 巻 12 号 p. 938-944
症例は71歳の男性で,敗血症性ショックの状態で当施設へ搬送された.同日,試験開腹を施行したが,炎症性腹水のみの手術所見であった.術後も敗血症性ショックが遷延したため,感染源の検索として造影CTを行い,大腸全域にわたる壁肥厚を認めた.Clostridium difficle(以下,CDと略記)腸炎の既往と高度な白血球増多を認め,さらに下部消化管内視鏡検査では偽膜形成を認めたため,CD腸炎による敗血症性ショックの診断に至った.入院4日目に双口式回腸瘻造設+大腸洗浄を施行し,術後は回腸瘻から大腸側へのバンコマイシン投与を14日間継続した.術後経過は良好で,術後27日目にICUを退室し,術後56日目にリハビリ継続目的で転院した.CD腸炎に対する外科的治療は大腸亜全摘+回腸瘻造設が標準であるが,今回,我々は双口式回腸瘻造設+大腸洗浄を施行し,大腸亜全摘を回避しえたので,報告する.
Clostridium difficile(以下,CDと略記)腸炎は,近年院内感染症として注目を集め,その頻度や死亡者は上昇している1).多くは保存的治療で改善するが,まれに劇症化し,敗血症性ショックや多臓器不全を伴い,外科的治療を要する.今回,我々は劇症型CD腸炎に対し「双口式回腸瘻造設+大腸洗浄」を施行し,良好な経過を辿った1例を経験したので,報告する.
患者:71歳,男性
主訴:腹痛
既往歴:70歳 喉頭癌,食道癌に対して放射線化学療法.肺気腫.
現病歴:喉頭癌に対して2011年3月より化学療法(docetaxel 80 mg day 1,cisplatin 90 mg day 1,5-FU 1,100 mg day 1~5)を4クール終了後,放射線療法中の9月に腹痛,下痢が出現した.CD腸炎と診断し,バンコマイシン内服治療(500 mg×3回/日,14日間)にて軽快し,退院となった.しかし,退院後5日目から腹部症状が再燃し,近医にて補液による経過観察を行っていたが,退院後14日目に全身状態が悪化し,意識状態の低下を認めたため,当施設へ救急搬送された.
現症:搬送直後,心肺停止状態となり,心肺蘇生により停止後33分に心拍再開となった.
血圧90/50 mmHg(ノルアドレナリン0.5γ),脈拍110回/分,体温38.1°C,JCS II-20,腹部は膨満しており,全体的に圧痛は著明で,筋性防御を伴っていた.
血液検査所見:白血球28,180/μl,CRP 9.8 mg/dlの高度な炎症反応と,BUN 52.4 mg/dl,Cr 2.93 mg/dlの腎不全を認めたが,その他異常所見はなかった.
腹部単純CT所見:中等量の腹水貯留と横行結腸の拡張を認めた(Fig. 1).なお腎機能低下を認めたため造影剤は使用しなかった.
Plain abdominal CT scan shows moderate ascites.
腹水穿刺所見:淡黄色の軽度混濁した腹水を認めた.細胞数26,100/μl(多核球94%)であり,滲出性腹水と判断した.
上記所見より,腹腔内感染による敗血症性ショックと診断し,同日緊急試験開腹を施行した.
手術所見:腹部正中切開にて開腹.淡黄色の軽度混濁した腹水と,軽度拡張した横行結腸を認めた.腸管壊死や穿孔の所見は認めず,大量の生理食塩水で腹腔内を洗浄し,手術を終了した.
術後は,敗血症性ショックの状態が遷延したためICUへ入室し,抗生剤治療(メロペネム0.5 g 1回/日,バンコマイシン0.5 g 1回/日),昇圧剤(ノルアドレナリン0.5γ),人工呼吸および血液浄化による集学的治療を開始した.
前医におけるCD腸炎の治療経過と高度な炎症反応,腹水貯留からCD腸炎の再燃が示唆された.ICU入室2日目に提出した便中CD毒素は陽性であった.CD腸炎治療後のCD toxin偽陽性の可能性を考慮し,確定診断と重症度評価を目的として,ICU入室3日目に造影CTならびに下部消化管内視鏡検査を施行した.
腹部造影CT所見:上行結腸から直腸までの壁肥厚および横行結腸の最大径5 cmの拡張を認めた(Fig. 2a, b).
Enhanced abdominal CT scan shows diffuse wall thickening of the entire colon with prominent dilation of the transverse colon and massive ascites.
下部消化管内視鏡検査所見:横行結腸から直腸に至る大腸粘膜の発赤と腫脹,ならびに高度な偽膜の付着を認めた(Fig. 3).
Colonoscopy shows inflammatory changes with off-white plaques over the colorectal mucosa.
上記所見よりCD腸炎による敗血症性ショックと診断した.内科的治療に抵抗性と判断し,ICU入室4日目に双口式回腸瘻造設+大腸洗浄を目的として再開腹術を行った.
再手術所見:前回切開創にて開腹.淡黄色で軽度混濁した腹水を大量に認めた.横行結腸の軽度拡張を認めたが,大腸の壊死や穿孔の所見は認めなかった.
双口式回腸瘻を造設し,回腸瘻から肛門側回腸へ20 Frの尿道カテーテルを挿入し,先端を盲腸内に留置した.閉腹後,ポリエチレングリコール溶液8 lを用いてカテーテルから大腸洗浄を施行し,術前に留置していた導便チューブを用いて排液を回収した(Fig. 4, 5).
We create a temporary loop ileostomy followed by intraoperative lavage of the colon with 8 liters of polyethylene glycol (PEG) via 20 Fr Foley catheter placed in the ileostomy.
Schema of the operative treatment.
術後経過:術後は,回腸瘻に留置したカテーテルからのバンコマイシン投与(バンコマイシン500 mg+乳酸リンゲル液500 ml,×3回/日)を14日間続けた.
術後8日目に血液浄化を離脱し,術後12日目に抜管可能なまでに呼吸状態は改善したが,喀痰排出困難のため術後26日目に気管切開を施行した.術後27日目にICUを退室し,術後56日目にリハビリ目的で長期療養型病院へ転院した(Fig. 6).
The patient’s clinical course.
入院患者の感染性下痢症で最も多い原因はCD腸炎である2).CD腸炎の多くは抗生剤の内服治療で改善するが,時に劇症化し,敗血症性ショックや多臓器不全に進行する.①昇圧剤持続投与を要するショック,②中毒性巨大結腸,③大腸の穿孔や虚血,のいずれかを呈するものが劇症型CD腸炎と定義され3),CD腸炎の3~8%に観察される4).その死亡率は最大で80%とされ5),早期の診断と外科的治療が重要視されている.予後規定因子として,①70歳以上,②白血球数≧35,000/μlもしくは<4,000/μl,③循環不全(昇圧剤もしくは人工呼吸管理を要する),が挙げられる6).また,特に近年では,より毒素の強いB I/NAP1/027株の出現が報告されており,CD腸炎患者の増加や死亡率上昇の一因と考えられている4).
CD腸炎の診断には,典型的な臨床所見が重要である.一般的には高度な白血球増多と下痢が特徴的であるが,重症例では麻痺性イレウスにより下痢が顕著とならないことがあり7),診断の際はこの点に注意を要する.Longoら8)は,手術を要したCD腸炎の67症例を検討し,その37%が下痢を呈さなかったと報告している.
検査としては,便中CD毒素が最も一般的である.毒素検査(enzyme immunoassay)は,98%と特異度は高いが,73%と感度は低いため5),陰性確定には3回の提出が必要とされている4).
画像診断における消化管内視鏡検査は特異度が高く早期の診断確定に有用だが,重症例では腸管穿孔のリスクがあるため,慎重な操作が必要である.腹部CTでの大腸の拡張や壁肥厚および腹水貯留の所見は,重症度の評価に有用とされる7).
本症例は下痢症状が顕著でなかったためCD腸炎の診断に至るまでに2日を要した.原因不明の白血球増多(≧15,000/μl)の50%以上はCD腸炎だったという報告もあり9),積極的にCD腸炎を疑う姿勢が必要である.
CD腸炎の手術時期の決定に関して,現時点では確立した基準はない10).一般的には,保存的治療に反応を示さない症例や,腹膜炎,敗血症性ショックが手術適応とされてきた11).近年,早期の緊急手術を推奨する文献は多く10),Hallら12)は,昇圧剤投与もしくは人工呼吸管理が必要となった時点が緊急手術の適応であると報告している.また,Adamsら13)は,通常は治療開始後72時間以内に症状改善が得られることから,そうでない場合は手術を考慮すべきだと提起している.
劇症型CD腸炎の外科的治療は,大腸亜全摘+回腸瘻造設が標準である4).しかし,手術を行っても死亡率が高いことが問題となっており,術後死亡率は57%とされ5),本邦でも所ら14)が,手術例14例を検討し死亡率34.7%と報告している.また,この術式は,大腸機能の喪失や高侵襲手術という欠点があり,早期の外科的治療介入を遅らせる要因となっている.
Nealら15)は,新たな術式として,「双口式回腸瘻造設+大腸洗浄」の有効性を報告している.一時的な双口式回腸瘻を造設し,術中に8 lのポリエチレングリコール溶液で大腸洗浄を行い,術後はバンコマイシン(500 mg,3回/日,10日間)を回腸瘻から大腸側へ投与する方法である.この新たな術式を42症例に対して施行し,従来の術式(「大腸亜全摘+回腸瘻造設」)と比較して死亡率を減少させた(19% vs 50%;odds ratio,0.24;P=0.006).
なお,医学中央雑誌で,「Clostridium difficile腸炎」および「回腸瘻」をキーワードに1983年から2013年2月までの文献を検索したところ,本邦において,CD腸炎に対して双口式回腸瘻造設+大腸洗浄を施行した報告はなかった.
原法では基本的に腹腔鏡手術であるが,本症例は開腹の既往があること,大量の腹水貯留を伴っていたことから,開腹術を選択した.大腸の壊死や穿孔の所見はなかったため,原法通り双口式回腸瘻造設+大腸洗浄を施行した.術後は,全身状態の改善が乏しければ大腸亜全摘も予定していたが,術後数日で全身状態は著明に改善した.
双口式回腸瘻は,大腸洗浄や抗生剤の投与経路としてだけでなく,fecal diversionにより,CD毒素によってじゃっ起される大腸粘膜の炎症性変化を最小限に留めると考えられている15).そして,双口式回腸瘻造設+大腸洗浄は,手術自体が低侵襲であることと,大腸温存が可能なことが最大の利点である.
劇症型CD腸炎の治療において最も苦慮するのは手術時期の決定であったが,この術式によって,より積極的な早期外科的治療介入を可能にすると期待される.そのためには,CD腸炎劇症化高リスク群の同定による新たな手術適応の設定が重要である.
Nealら15)は,①腹膜炎,②腹部膨満の悪化,③敗血症,④呼吸状態の悪化,⑤昇圧剤管理,⑥意識レベルの悪化,⑦全身状態の悪化,⑧96時間の抗生剤治療で白血球数(>20,000/μlもしくは<3,000/μl)もしくは桿状球数(>10%)が改善しない,のいずれか一つを満たせば手術適応とし,従来に比べ,さらに手術適応を拡大している.
本症例においては,70歳以上,先行する化学放射線療法,下痢のない結腸拡張,昇圧剤の使用および人工呼吸管理と,重症化危険因子および予後不良因子を多く有した劇症例であったが,CD腸炎の診断後,早期の外科的治療により良好な経過を辿ったと考える.
重症化を示唆する臨床経過を来してから手術時期を決定しているのが現状であるが,劇症化に至ると急速に病態は悪化し,予後は不良である.劇症化に至る前段階で劇症化リスクの高い患者群を同定し,早期に外科的治療を行うことにより,治療成績の更なる向上が期待される.
利益相反:なし