日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
病理組織学的に分類不能であった大腸未分化悪性腫瘍の1例
宮永 克也多保 孝典林 秀樹稲井 邦博内木 宏延
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2013 年 46 巻 12 号 p. 945-951

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Abstract

症例は72歳の男性で,左下腹部痛にて当院受診し,腹部CTにて直腸S状部に全周性腫瘍を認め,周囲(下行結腸,小腸)への浸潤,および多発性肝転移,腹部大動脈周囲リンパ節転移が疑われた.大腸内視鏡では,肛門縁より18 cmに白苔に被われた全周性の潰瘍を伴う腫瘍性病変を認めた.同部よりの術前生検では病理学的確定診断は得られなかった.開腹所見で腫瘍は直腸S状部を主座に壁外発育し,下行結腸と小腸へ直接浸潤していたため,直腸低位前方切除術,小腸合併切除術を施行した.切除標本の免疫染色検査にて,腫瘍細胞に特定の分化傾向は認められず,分類不能な大腸腫瘍と診断された.術後経過は良好であったが,1年後に肝転移巣,ならびに肝門部~腹部大動脈周囲リンパ節転移巣の増大,さらには脳転移も出現し,術後1年3か月で死亡した.病理組織学的検査所見で分類不能な大腸腫瘍は極めてまれなことから,報告する.

はじめに

各臓器の腫瘍には組織学的分類の基準からみて,従来の分類にあてはまらない病変,単一の病変と決定しがたい病変があり,分類不能と診断せざるをえない腫瘍が存在すると里見ら1)により報告されている.近年,大腸癌は増加傾向にあるが,その多くは腺癌である.大腸癌取扱い規約上,病理組織学的分類に分類不能の腫瘍という項目は存在するが,最終的に分類不能の腫瘍と診断される症例は非常に珍しく,症例報告はほとんど存在しない.今回,免疫組織学的に分類不能の腫瘍と診断された,まれな大腸原発腫瘍を経験したので,若干の考察を加え報告する.

症例

症例:72歳,男性

主訴:左下腹部痛

既往歴:左鼠径ヘルニア根治術歴あり.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2006年10月左下腹部痛を認め,当院外科を受診した.腹部CTにて,直腸の腫瘍,および多発性肝腫瘍を認め,精査加療目的にて入院した.

入院時現症:身長165 cm,体重55 kg.結膜に貧血,黄疸なし.表在リンパ節は触知せず.腹部では左下腹部に腫瘤を触知し,圧痛を認めた.

入院時検査所見:WBC 7,600/μl,CRP 6.5 mg/dlと軽度上昇,RBC 343×106/μl,Hb 11.3 g/dl,Ht 32.3%と,軽度の貧血を認めた.腫瘍マーカーはCEA 1.3 ng/ml,CA19-9 14.2 U/mlと正常範囲内であった.血液生化学検査はいずれの項目も正常範囲内であった.

腹部・骨盤CT所見:直腸S状部に全周性の腫瘍(Fig. 1a),ならびに腹部大動脈周囲リンパ節腫大を認め,周囲臓器への浸潤も疑われた.肝S6には直径2 cmの占居性病変,ならびに両葉に亘る多数のsmall low density areaを認め(Fig. 1b, c),直腸癌のリンパ節,多発性肝転移と診断された.

Fig. 1 

a and b: Abdominal CT; Metastatic foci were located at S6, S5 and S4 (one at each site, with the lesion in S6 measuring 38 mm in maximum diamension). c: Pelvic CT; Luminal hypertrophy was found around the entire periphery of the sigmoid colon.

大腸内視鏡検査所見:肛門縁より18 cm口側に白苔に被われた全周性の潰瘍を伴う腫瘍を認め,同部より口側へは挿入不可であった.同部よりの生検では壊死組織しか得られなかった(Fig. 2).

Fig. 2 

Colonoscopic findings: The ulcer floor was covered with white plaques. Endoscopy showed a tumor lesion associated with an ulcer extending around the entire periphery.

以上の検査所見から,2006年11月直腸腫瘍に対し,貧血進行防止,腸閉塞防止を主目的とした手術を施行した.肝転移は多発のため,術後に化学療法の適応を考慮することにした.

手術所見:原発巣は直腸S状部に位置し,壁外発育して下行結腸に直接浸潤しており剥離は不能であった.また,小腸壁へも直接浸潤していた.このため小腸合併切除,直腸低位前方切除術,2群郭清を施行した.

切除標本:肉眼的に,腫瘍は直腸S状部に位置し,2型様の深い潰瘍を呈し,奨膜下に浸潤する,8.0×8.0 cm大の全周性腫瘍で,小腸ならびに下行結腸への直接浸潤が疑われた(Fig. 3).

Fig. 3 

Resected specimens: Macroscopically the lesion was located at the rectosigmoid. The tumor extended around the entire periphery and measured 8.0 cm in diameter, with direct infiltration into the small intestine and descending colon.

病理組織学的検査所見:切除標本の腫瘍存在部位を全割し組織検索を行った.

HE染色弱拡大で,粘膜下層から漿膜層にかけて少量の線維性間質を伴い,上皮性結合を示さない腫瘍細胞が髄様に増殖し,一部では粘膜面にも浸潤して広範な潰瘍が形成されていたが,組織学的に小腸浸潤は否定された.また,251番リンパ節にリンパ節転移が認められた(Fig. 4a).腫瘍細胞は,N/C比の高い類円形から多角形細胞で,顆粒を含む軽度好酸性の胞体を有し,核分裂や壊死・アポトーシスを多数伴っていた.また,一部に明瞭な核小体を有する多核細胞が散見されるものの,脳回状核や,核嵌入像は目立たなかった(Fig. 4b).以上の所見から,悪性リンパ腫が第一に疑われたが,消化管間葉系腫瘍(gastro intestinal stromal tumor),悪性黒色腫,顆粒球肉腫などの間葉系腫瘍も否定できず,免疫染色検査が施行された.

Fig. 4 

Pathological photographs: a; HE staining ×40: Tumor cells had proliferated, forming a medullary pattern with a small amount of fibrous interstitium but without epithelial connections between the submucosal and serous membrane layers. b; HE staining ×400: The tumor cells were ovoid or polygonal with a high N/C ratio. They had mildly acidophilous cells containing granules, which were associated with frequent nuclear fission, necrosis and apoptosis. Multinuclear cells having clearly visible nucleolei were noted in part. c; Vimentin ×400, strongly positive.

免疫染色検査では,腫瘍細胞はサイトケラチンAE1/AE3,CK7,CK20,CAM5.2,ならびにEMAのいずれも陰性で,中間径フィラメントvimentin強陽性から間葉系腫瘍と考えられた(Fig. 4c).しかし,LCA,CD3ε,UCHL-1,CD20,CD79a,CD56,Pax5,perforin,granzymeなどのリンパ球マーカーならびにMPOはいずれも陰性で,悪性リンパ腫や顆粒球肉腫は否定され,またCD34,c-kit,α-SMA陰性よりGISTや平滑筋肉腫も否定された.HHF35,desmin,myogenin,の筋系マーカーも陰性で,神経内分泌細胞系マーカーであるchromogranin Aも陰性であった.さらに,神経系マーカーのS-100も陰性で,腫瘍細胞にHMB-45,Melan-Aが発現していなかったことも含め悪性黒色腫も否定された.ALK(5A4),NKX2.4,CD99も全て陰性であった.

以上より,明らかな分化傾向を示さない分類不能の大腸腫瘍と最終診断された.大腸癌取扱い規約に沿うと,8×8 cm,8/8 cm,Rs,circ,Type 2,med,INFα,pSI,ly2,v2,pN1,H3,P0,M0,stage IVであっ‍た.

術後経過:病理組織学的検査結果により,術後は化学療法のレジメン決定に苦慮したが,本人が化学療法を希望しなかったこともあり,外来にて経過観察とした.術後は順調に経過していたが,1年を経過した頃から腹部大動脈周囲リンパ節の腫大を認め,さらに左頭頂部に脳転移も出現した.その後,多発肝転移巣の増大,肝門部~腹部大動脈周囲リンパ節の増大,また右頭頂部にも転移巣が出現し,術後1年3か月で死亡した.剖検は実施されなかった.

考察

腫瘍の病理組織学的分類は形態学的特徴を礎に発展してきたが,近年免疫組織学的手法の普及と,染色体・遺伝子解析技術の発展により,WHO classificationに代表される詳細な分類がなされてきている.しかしながら,依然として既知の腫瘍分類に合致しないものも存在し,最新の解析手法を持ってしても分類不能の腫瘍と診断せざるをえない腫瘍が存在する.このような分類不能の腫瘍は全く未知の腫瘍である場合と,既知の腫瘍の修飾型である場合がありうると里見ら1)は述べている.

最新版の各種の癌取扱い規約における分類不能の悪性腫瘍の取扱いをみると,分類不能の悪性腫瘍の取扱いについて,肺癌取扱い規約では2)は,カテゴリーのいずれにも含められない悪性上皮性腫瘍を分類不能癌と定義している.また,乳癌取扱い規約3),膵癌取扱い規約4),胆道癌取扱い規約5)では,採取標本量や標本の挫滅,放射線療法や抗悪性腫瘍剤による治療などで,組織型判定が困難なものも分類不能腫瘍としている.すなわち分類不能の腫瘍には,既存のカテゴリーにあてはまらないもののみならず,放射線治療や人為的変化,採取不良などで組織型の判定が不能な腫瘍も含まれているのが現状である.

本症例は,全経過を通じて放射線治療や制癌剤投与などの人為的影響はなく,また採取標本量も十分であったが,免疫染色検査ではリンパ腫を始め顆粒細胞肉腫,GIST,悪性黒色腫など,いずれも否定的で,特定の分化傾向を示さない,組織型の判定が不能な腫瘍であった.分類不能の腫瘍に関しては,大腸癌取扱い規約第7版補訂版6)には分類不能の腫瘍という項目があるが,その定義がなされていない.このことは,下部消化管には,分類不能の腫瘍が非常にまれなことに起因すると考えられる.実際,著者らが医学中央雑誌(1983年~2012年)で,病理組織学的に分類不能型の下部消化管腫瘍を,「病理組織学的」,「分類不能」,「腸腫瘍」をキーワードとして検索しえた範囲では,S状結腸原発の分類不能型肉腫7)と,病理組織学的に分類の困難であった空腸原発腫瘍症例8)の2例が報告されているのみで,分類不能の腫瘍について詳細に述べられた論文も,里見ら1)の論文のみであった.

本症例は,形態学的にリンパ腫様細胞が髄様に増殖しており,免疫染色検査でvimentinのみ陽性で,高度に脱分化した間葉系細胞由来と推定される.S-100陰性で,束状の紡錘形細胞は見られずHE染色所見で神経鞘腫は否定的であった9)10).また,本症例の腫瘍細胞が好酸性胞体を有していたことから,rhabdomyosarcomaやextra-renal malignant rhabdoid tumor(MRT)も鑑別にあがるが,rhabdomyosarcoma はHHF35,desmin,myogeninの筋系マーカーがいずれも陰性であったことより否定的であった11).胃癌取扱い規約12)の組織分類に未分化癌という項目があり,rhabdoid cell型の細胞の増殖からなる腫瘍で肉腫や悪性リンパ腫との鑑別が問題となり,vimentinとCAM5.2の発現が証明されたとある.最近,大腸腫瘍でもrhabdoid cell型の細胞の増殖からなる腫瘍が報告されているが,いずれもvimentinとサイトケラチン陽性を示していた13)14).一方,本疾患はvimentinは陽性であったが,CAM5.2,AE1/AE3などのサイトケラチンは陰性で,免疫組織学的に胃癌取扱い規約で定義される未分化癌のentityにも完全に合致していない.現行の大腸癌取扱い規約には,胃の未分化癌に相当する分類が存在せず,未分化癌は,その他の癌に含めるとされており,本症例は現時点では分類不能の腫瘍に分類してよいであろう.

一方,他臓器で病理組織学的に分類不能の腫瘍の報告例を検索すると,肺では,病理組織像が非定型的であり,免疫組織化学染色では,vimentinを除く種々のマーカーが陰性で,神経・筋・リンパ球などあらゆる組織の性質を伴わない起源不明の分類不能型肉腫の1手術例15)や,分類不能の二層性構造を示した末梢肺上皮性腫瘍の一例16)が,また胃では,HE染色上は悪性リンパ腫が疑われたが,免疫染色上では悪性リンパ腫を示唆するマーカーが全て陰性であり,病理組織学的に分類不能であった進行胃癌の一例17)が報告されているに過ぎない.いずれも病理組織像,免疫組織化学的所見でWHO分類に合致せず,診断確定に至らないという結果であった.一方,common typeの全ての組織型の混在を認めたという理由から分類不能型胃癌とされた報告も見られた18)

本症例と既報の下部消化管の分類不能の腫瘍7)8)の病理組織学的特徴を比較検討してみると,それぞれリンパ腫様,平滑筋肉腫様,充実性髄様を示し,いずれも間葉系細胞由来の肉腫や高度に脱分化したsarcomatoid carcinomaなどを想像させる腫瘍形態を示していた.免疫組織学的に特徴的な分化傾向を示さないものの,vimentin発現は共通しており,このような病理組織学的特徴が現在分類不能として扱われている腫瘍の特徴の一つと考えられる(Table 1).今後症例の集積が進めば,将来新たな疾患entityとして認定されるかもしれない.

Table 1  Reported cases of unclassifiable tumors of the lower digestive tract
No Author Year Age Sex Chief complaint Location HE staining Immunohistochemistry Metastasis Tumor marker
1 Asai8) 1988 37 M abdominal pain, fever jejunum Solid medullary structure differentiation not specified paraAortic lymph node unknown
2 Yamaki7) 2001 64 M left low abdominal pain Sigmoid colon Leiomyosarcomatoid differentiation not specified bladder normal
3 Our case 74 M left low abdominal pain Rectum (Rs) Lymphomatoid differentiation not specified liver, lymph node, brain normal

実際,里見ら1)が指摘しているように,現在の解析手段では分類不能な腫瘍が,今後免疫組織化学染色を始め,遺伝子検索,染色体分析手法の改良により,既存の分類の範ちゅうに入るようになる可能性や,新分類が登場する可能性もある.現在の手法では未分化腫瘍として扱わざるをえない細胞の分類に有効な,新規の分化マーカーの出現に期待したい.

今回,大腸癌取扱い規約上,分類不能型の腫瘍を経験したので報告した.臨床の立場からすると,明確な組織診断ができないと,化学療法や放射線療法の選択や適応を判断するうえで非常に苦慮するため,更なる病理診断学の発展を祈念してやまない.

稿を終えるにあたり,病理コンサルテーションならびに御教授を頂きました,国立がん研究センター病理科 九嶋亮治先生,名古屋大学医学部付属病院病理部 中村栄男先生,金沢医科大学病院病理部 野島孝之先生に深謝いたします.

利益相反:なし

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