日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
卵巣転移で発見された虫垂mixed carcinoid-adenocarcinomaの1例
磯崎 哲朗大平 学首藤 潔彦宮内 英聡松崎 弘志青山 博道河野 世章夏目 俊之神戸 美千代松原 久裕
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2013 年 46 巻 3 号 p. 210-216

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Abstract

症例は47歳の女性で,卵巣癌の診断で両側付属器切除術を施行した.病理組織学的検査でsignet-ring cell carcinomaを認め,消化管からの転移が疑われた.下部内視鏡検査で虫垂に杯細胞カルチノイドを認め手術を施行した.腹膜播種を認めたが原発巣切除および診断のため回盲部切除を施行した.病理組織学的検査所見で杯細胞カルチノイドの組織像を背景に低分化腺癌への移行が認められた.最終診断はWHO分類のmixed carcinoid-adenocarcinomaであった.術後経過は良好で化学療法を行い18か月現在生存中である.Mixed carcinoid-adenocarcinomaは杯細胞カルチノイドから発生した腺癌であるが杯細胞カルチノイドとの境界は明記されてなく混同して扱われていると考えられ,杯細胞カルチノイドの本邦報告例を検討した.

はじめに

WHO分類2000年版での虫垂mixed carcinoid-adenocarcinomaはmixed exocrine-endocrine neoplasmの一つで,杯細胞カルチノイドから発生した腺癌とされるが,杯細胞カルチノイドとの境界は明記されていない1).本邦の大腸癌取扱い規約第7版には杯細胞カルチノイドに関して,カルチノイド腫瘍の亜型とされていたが非充実型の低分化腺癌とする意見が強くなりつつあるとの記載がある2).しかし,mixed carcinoid-adenocarcinomaについての記載はなく,杯細胞カルチノイドと混同して扱われていると考えられる.今回,我々は卵巣腫瘍の診断で付属器切除術が施行され,病理組織学的に虫垂mixed carcinoid-adenocarcinomaと診断された1例を経験したので報告する.

症例

症例:47歳,女性

主訴:腹部膨満感と性器出血

家族歴,既往歴:特記すべきことなし.

現病歴:性器出血と腹部膨満感で近医産婦人科を受診し,卵巣癌疑いで当院産婦人科へ紹介となった.

入院時現症:右下腹部に圧痛あり,可動性のある固い腫瘤を触れた.

血液検査所見:血算ではHb 6.0 g/dlと貧血を認め,CRPが17.4 mg/ml,CA125が417 U/mlと高値であった.その他の血液,生化学検査は正常範囲内であった.

経過:腹部造影CTでは下腹部に10 cmの腫瘤と大量の腹水貯留を認めた(Fig. 1).以上から,感染を合併した卵巣囊腫と診断し産婦人科で手術を施行した.術中所見では,大量の腹水と腫大した左右卵巣を認め,虫垂は固く後腹膜と癒着しており,両側付属器切除が施行された.卵巣の病理組織学的検査所見で両側からsignet-ring cell carcinomaが認められたため,転移性卵巣癌が疑われ,消化管の精査目的で当科紹介となった.

Fig. 1 

An abdominal CT scan reveals a 10-cm ovarian tumor and massive ascites.

注腸造影検査所見:虫垂開孔部近傍に2 cmの扁平隆起を認め,虫垂は描出されなかった.

腹部造影CT所見:盲腸背側に造影効果のある2 cm大の索状構造物を認め虫垂腫瘍が疑われた.

下部消化管内視鏡検査所見:虫垂入口部にやや固い2 cm大の発赤を有する隆起を認めた(Fig. 2).同部位の生検でgoblet cell carcinoidが認められた.組織像の比較により卵巣腫瘍は虫垂腫瘍からの転移が疑われた.

Fig. 2 

Colonoscopy reveals an elevated wall at the root of the appendix.

以上の検査結果より,虫垂goblet cell carcinoidと診断し手術を施行した.

手術所見:腹膜および腸管に白色の小結節が散在し腹膜播種と判断した.虫垂は全体が硬化し盲腸壁に強固に癒着していた.原発巣切除および検索のため回盲部切除,D1郭清を施行した.

摘出標本肉眼所見:粘膜面で虫垂入口部に1.5 cmの扁平隆起を認めた.虫垂は全体が硬化し腫瘍に置換されており,内腔は閉塞していた.

病理組織学的検査所見:ルーペ像では,腫瘍細胞による内腔の閉塞と漿膜下までの腫瘍のびまん性浸潤を認めた(Fig. 3a).虫垂入口部には小型の核と好酸性の細胞質をもつ異型細胞のロゼット状増殖と,豊富な細胞質内粘液をもつ杯細胞様(印環細胞様)の細胞が混在する杯細胞カルチノイドの組織像を認め(Fig. 3b),虫垂中央部ではこのような杯細胞カルチノイドの組織像と低分化腺癌の組織像の連続性を認め(Fig. 3c),低分化腺癌成分の漿膜直下への浸潤性発育を認めた.漿膜表面に2–3 mmの白色結節を多数認め腹膜播種と判断した.免疫染色検査ではchromogranin A,synaptophysinの中等度陽性像を少数散在性に認めた(Fig. 3d).

Fig. 3 

a) The tumor cells obstruct the appendix and infiltrate the subserous part (HE, loupe). b) The tumor has small nuclei, eosinophilic cytoplasm, rosette-like structures (thin arrows) and goblet cells (thick arrows) (HE×100). c) The tumor has a goblet cell carcinoid (thin arrow) and poorly-differentiated adenocarcinoma (thick arrows) (HE×400). d) The tumor is faintly positive for chromogranin A. e) The cells in the ovarian tumor are signet-ring cell carcinoma (HE×100).

先に婦人科で摘出した卵巣腫瘍(Fig. 3e)と,今回郭清した16個中13個の201番リンパ節には,ほぼ全体にわたって,主に印環細胞様腫瘍細胞のびまん性増殖を認め,胞巣状に増殖する低分化腺癌を認めた.播種結節の組織像は低分化腺癌であった.虫垂腫瘍の構成成分の転移として矛盾しない組織像であった.

以上より,カルチノイドとするには強い異型と浸潤態度であり,最終診断はWHO分類に従うとmixed carcinoid-adenocarcinomaであり大腸癌取扱い規約による進行度はSE,N2,P3,M0,Stage IVとなった.術後経過は良好で,FOLFIRI療法とbevacizumabの併用による化学療法を行い,術後18か月間生存中である.

考察

WHO分類2000年版での虫垂mixed carcinoid-adenocarcinomaはmixed exocrine-endocrine neoplasmの一つで,杯細胞カルチノイドから発生した腺癌とされている.なお,2010年版のWHO分類では呼称が変わりmixed adenoneuroendocrine carcinomaとして扱われている3)

医学中央雑誌で「虫垂杯細胞カルチノイド」,「goblet cell carcinoid」をキーワードに1983年から2010年10月まで検索した結果,会議録を除き53例の報告があった.なお,「虫垂」,「mixed carcinoid-adenocarcinoma」をキーワードで検索したところ報告は認めなかった.ここで,mixed carcinoid-adenocarcinomaは杯細胞カルチノイドとのはっきりとした境界は明記されていないため,両者を混同して扱われていると考え,杯細胞カルチノイドの本邦報告例に自検例を加えた54例につき検討を行った(Table 1).

Table 1  Reported cases of goblet cell carcinoid in Japan (1983~2010)
Age (years) 56 (26–90) Final operatrion (n=54)
Male:Female 28:26  Appendectomy  7 (13%)
Chief complaint (n=54)  Ileocecal resection 28 (52%)
 Abdominal pain 42 (78%)  Right hemicolectomy 15 (28%)
 Abdominal fullness  7 (13%)  inoperability  4 (8%)
 Vomiting  7 (13%) Tumor depth (n=44)
 Diarrhea  2 (4%)  sm  2 (5%)
 Others  4 (8%)  mp 10 (23%)
Preoperative diagnosis (n=54)  ss 24 (55%)
 Acute appendicitis 31 (57%)  se  7 (16%)
 Appendix cancer  4 (8%)  si  1 (2%)
 Ovarian tumor  4 (8%) Lymph node metastasis (n=35)
 Ileus  4 (8%)  N0 21 (60%)
 Goblet cell carcinoid  3 (6%)  N1 10 (29%)
 Cancer of unknown primary  3 (6%)  N2  2 (6%)
 Ileocecal tumor  2 (4%)  N3  2 (6%)
 Others  3 (6%) Distant metastasis 13 (24%)
Primary operation (n=54)  Peritoneal dissemination 10 (19%)
 Appendectomy 30 (56%)  Ovary  7 (13%)
 Ileocecal resection 17 (31%)  Uterus  2 (4%)
 Right hemicolectomy  3 (6%)
 inoperability  4 (8%)

男女比は28:26とほぼ性差はなく,年齢は26~90歳(平均56歳)であった.主訴は腹痛が42例(78%)と最も多かった.各種画像検査所見,内視鏡所見では虫垂,またその近傍に腫瘤像や炎症像などの異常を認めるものが多かったが,非特異的であり本疾患に特徴的な所見は指摘できなかった.術前診断は急性虫垂炎としたものが31例(57%)と最も多く,杯細胞カルチノイドと診断したものは3例(6%)と少なく,正確な術前診断は困難だと考えられる.初回手術では術前診断を反映し,虫垂切除のみとした症例が30例(56%)と最も多かった.病理組織学的診断ののちに追加手術が行われたものが30例(56%)あり,最終的には郭清を伴う腸切除は回盲部切除と右半結腸切除合わせて43例(80%)に行われていた.病理組織学的検討では,深達度が漿膜下以深に達する症例が32例(73%)と進行した状態で発見されるものが多く,リンパ節転移は14例(41%)に認めた.リンパ節転移を高頻度に認める悪性度の高い疾患であり,リンパ節郭清を含む腸切除が望ましいと考える.本疾患の診断がついた場合は虫垂切除後でも郭清を含む追加切除を行うのが妥当であると考える.Pahlavanら4)も600例の杯細胞カルチノイドの検討の結果から,過去の報告では虫垂切除が主流であったが近年は右半結腸切除が主流であると報告し,この疾患に対する標準術式として右半結腸切除を推奨している.また,13例(24%)の症例が手術時に遠隔転移を伴っていた.遠隔転移の部位は腹膜播種が10例(19%)と最も多く,次いで卵巣転移を7例(13%)に認めた.大腸癌で遠隔転移として頻度が高い肝転移,肺転移の報告は認められなかった.卵巣転移を認めた7例のうち,卵巣腫瘍が本疾患の発見の契機となったものが自験例を含め6例と多く,頻度は少ないと思われるが自験例のように転移性卵巣腫瘍の原発巣として本疾患を念頭に置く必要があると考えられる.化学療法は,切除不能,あるいは腫瘍の遺残があった症例に対し自験例を含め7例で行われていた5)~10).シスプラチンと5-FU投与し4年以上生存した例もあり化学療法の有用性が示唆される.術後の補助化学療法は4例で行われていた11)~14).報告者によってレジメンはさまざまであり定まった傾向は認められなかった.

杯細胞カルチノイドとして報告された文献のうち,病理組織学的検討から腺癌が主体であったと明記されていた報告は自験例のみであり,3例の報告で杯細胞カルチノイドと虫垂癌の重複癌として報告がある11)15)16).これらは杯細胞カルチノイドとして報告されているが,mixed carcinoid-adenocarcinomaに該当する可能性がある.一方,Tangら17)は杯細胞カルチノイド(goblet cell carcinoid: 以下,GCCと略記)を組織像から①腺癌成分のないTypical GCC,②adenocarcinoma ex GCC,signet ring cell type,③adenocarcinoma ex GCC,poorly differentiated typeに分類し,それぞれの5年生存率が①96%,②73%,③14%であると報告した.本症例は低分化腺癌への移行像を認め③に該当すると考えられ,予後が悪いと考えられる.

組織像でmixed carcinoid-adenocarcinomaが疑われた場合は,単なるcarcinoidでなくgoblet cell carcinoid成分を含むadenocarcinomaであることを念頭において癌に準じた術式,化学療法などを積極的に行う必要があると思われる.

稿を終えるにあたり,病理組織診断で御指導をいただいた千葉大学医学部附属病院病理部神戸美千代先生に深謝いたします.

利益相反:なし

文献
 

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