2013 年 46 巻 9 号 p. 662-668
術後出血を契機に診断された血友病Bの1例を経験したので報告する.症例は70歳の男性で,胆囊結石症の診断で腹腔鏡下胆囊摘出術を行った.術後に胆囊床部ドレーンから凝血塊を伴わない出血を認め,凝固異常症を疑い,新鮮凍結血漿製剤(frozen fresh plasma;FFP)を緊急投与した.腹部CTで腹腔内に貯留液は認めず,ドレーン挿入部皮下筋層からの出血と診断して局所麻酔下に止血処置を行った.後日第IX因子が17%まで低下していたことにより血友病Bの診断となった.第IX因子製剤投与後腹部ドレーンを抜去,術後15日目に退院となった.さらに,今回の診断を契機に40歳代の長女が保因者(第IX因子:56%)で,10歳代の孫息子が血友病B(第IX因子:14%)であることが判明し,70歳の患者本人も含めて先天性血友病Bの診断となった.高齢患者においても観血的処置後に遷延する出血を認めた場合には,まれではあるが本疾患を疑い,迅速かつ適切な対応が要求されると考えた.
血友病患者に対して観血的治療を行うときには,周術期における十分な凝固因子補充療法と,さらなる慎重な手術操作が要求される1)~4).また,非常にまれではあるが,術後止血困難を契機に初めて血友病と診断された場合には,極めて迅速かつ適切な対応が要求される.今回は,腹腔鏡下胆囊摘出術後腹部ドレーン出血を契機に診断された高齢者先天性血友病Bの1例を経験したので報告する.
症例は70歳の男性で,右季肋部痛を主訴に来院された.腹部精査で胆囊結石症,急性胆囊炎の診断となり,手術目的に当科入院となった.
既往歴:40年前に内痔核根治術後出血で輸血歴がある以外に出血のエピソードはなく,2年前にC型肝炎に対してインターフェロン治療を行った.家族歴に特記すべきことはなかった.
入院時現症:身長160 cm,体重67.0 kgで,発熱はなく,外来初診時に認めた右季肋部痛は認めず,腹部は平坦,軟であった.
入院時血液検査所見:WBC 4,470/μl,Hb 13.6 g/dl,Ht 40.9%,Plt 22.3×104/μl,T.Bil 0.8 mg/dl,AST 20 IU/l,ALT 13 IU/l,Alb 4.3 g/dl,CRP 0.1 mg/dl,と炎症反応および肝機能障害は認めず.凝固機能に関しては,PT-INRは1.12とほぼ正常値であったが,APTTが42秒(正常値:25~40秒)と軽度延長していた.出血時間は2分30秒と正常値であった.腫瘍マーカー(CEA,CA19-9)は正常値であった.
腹部超音波検査所見:胆囊内に2個(20 mm,9 mm)の結石を認めた.胆囊壁肥厚所見は認めなかった.
腹部造影CT所見:腹部超音波所見と同様に,胆囊内に2個の結石を認めた.明らかな胆囊壁肥厚所見は認めなかった.
DIC-CT所見:胆囊管は,中部総胆管左背側より合流しており,明らかな胆囊管および胆管の破格は認めなかった.
手術所見:4ポートで腹腔鏡下胆囊摘出術を行った.胆囊壁に極軽度肥厚所見を認めるのみで,Calot三角部の剥離は容易に行えた.胆囊動脈および胆囊管処理後,胆囊を逆行性に剥離して摘出した.手術終了時心窩部ポートを抜去したときにポート部皮下出血を認め,電気的凝固処置および皮膚縫合による止血処置を行い,止血を確認した.その他,術中に止血困難となるようなことはなかった.胆囊床部にペンローズドレーン留置して手術を終了した.
術後経過:術後3時間より1時間に50 ml程度の腹部ドレーン出血を認めた.循環動態は安定しており,WBC 10,700/μl,Hb 13.5 g/dl,Ht 38.7%,Plt 24.3×103/μlと貧血所見も認めなかった.ドレーンを観察すると,ドレーン内腔の排液は漿液性で,ドレーン周囲からの出血であることが判明したため,ドレーン刺入部皮下出血を疑い,出血から1時間後に刺入部を縫縮するかたちで2-0ナイロンを用いて縫合止血処置を行った.一時的に止血されたが,術後半日から凝血塊を全く伴わない再出血を約3時間で700 ml程度認めた.循環動態は安定しており,緊急腹部CTを撮影したところ,腹腔内出血を示唆する貯留液所見は認めず,一度目の出血と同様にドレーン挿入部皮下からの再出血を疑った(Fig. 1).この時点で凝固異常症を強く疑い,凝固活性を反映する因子(PT,APTT,第VIII因子,第IX因子,第X因子,第XI因子,第XII因子,第XIII因子,AT III,von Willebrand 因子,第VIII因子インヒビター,第IX因子インヒビター)を外注検査依頼した後に新鮮凍結血漿製剤(frozen fresh plasma;以下,FFPと略記)の投与を開始した(FFP 6単位/日を2日間投与).FFP投与から1時間後に局所麻酔下止血術を行った.腹部ドレーン刺入創部を延長する形で4 cmの皮膚切開を加え,皮下組織を観察すると,ポート留置時に合併する腹壁動静脈損傷はなく,ドレーンルートに露出した皮下組織および筋層全体からにじみ出でるような出血所見を認めた.同部位に電気メスを用いた凝固止血と0-PDSによる縫合結紮止血を行い,完全止血を確認した.術後5日目に外注検査結果報告があり,第IX因子が17%(正常値70~130%)に低下していることにより,軽症血友病Bの診断となった(Table 1).術後5日目に第IX因子製剤(BeneFIX®)を2,000単位投与した後に腹部ドレーンを抜去して,術後15日目に退院となった.BeneFIX®投与後30分の第IX因子は49%まで上昇したが,投与後2日は27%にまで低下し,投与後5日には投与前とほぼ同様の19%まで再低下した(Fig. 2).現在,術後1年が経過するが再出血は認めず,経過良好で外来通院中である.
CT shows a mild fluid collection at the tract of the drain without space of the post cholecystectomy (arrows).
Coagulation activity | Measured value | Standard value |
---|---|---|
PT-INR | 1.03 | 0.90–1.10 |
APTT | 51 | 25–40 |
VIII (%) | 145 | 60–150 |
IX (%) | 17 | 70–130 |
X (%) | 87 | 70–130 |
XI (%) | 75 | 75–145 |
XII (%) | 55 | 50–150 |
XIII (%) | 70 | 70–140 |
AT III (%) | 86 | 79–121 |
von Willebrand factor (%) | 148 | 50–155 |
Anti VIII inhibitor (BU/ml) | Negative | Negative |
Anti IX inhibitor (BU/ml) | Negative | Negative |
Clinical course.
さらに,今回の診断を契機に血縁者の調査を行ったところ,40歳代の長女が保因者(第IX因子:56%)であり,10歳代の孫息子が軽症血友病B(第IX因子:14%)であることが判明し,70歳である患者本人も含めて先天性血友病Bであることが確定した(Fig. 3).幸い診断された血縁者は,現在までに出血歴はなく,血液内科で経過観察中である.
Blood related person.
血友病は,X連鎖劣性遺伝性の先天性疾患であり,通常男性のみに発病する1).1952年にBiggsら2)が血友病に2種の型があることを明らかにし,第VIII因子活性が低下する血友病Aおよび第IX因子(Christmas因子)活性が低下する血友病Bに分類した.血友病Bの原因遺伝子である第IX因子遺伝子の異常は,点変異のほか,欠失や付加,挿入が報告されている3).本邦における血友病の有病率は男性人口10万人当たり5人とされており4),血友病Bは,血友病Aの約5分の1の割合で存在するといわれている5).さらに,有病者における60歳以上の年齢別分布では,人口10万人に対し0.4人と著しく低く,非常にまれな疾患である6).2010年度の本邦における全国調査報告によると,血友病Bの累積登録患者数は952人(男性940人,女性12人)であった7).したがって,一般外科医が日常診療において遭遇する確率は極めて低い.
通常診断は,出血症状と家族歴,第IX因子活性測定のみで可能であり,遺伝子診断まで必要となることはないとされている3).
第IX因子活性の基準値は70~130%とされており,凝固因子活性低下の程度により重症度分類されている.活性値が1%未満を重症,1~5%を中等症,6~25%を軽症としており,重症例は通常幼少期より重篤な出血素因を有することが多いとされている.軽症例は自然出血を来すことはなく,抜歯,出産や手術など,何らかの観血的処置を契機に診断される場合がほとんどであると報告されており8),本症例も同様であった.
止血困難時における治療法は,凝固因子補充療法であり,第IX因子の目標ピークレベルは開腹手術であれば,術後1日までは50~70%,術後7日までは30~40%,創治癒までは10~20%とされている.凝固因子投与量は,必要投与量(単位)=体重(kg)×目標ピークレベル(%)×[0.75-1.0]という計算式から算出される9)10).さらに,近年遺伝子組換え製剤が登場したことにより,感染症のリスクが大幅に軽減した.リコンビナント第IX因子製剤(rFIX;BeneFIX®,Wyeth)は,体重1 kg当たり1単位の第IX因子を静脈内投与すると,血漿中の第IX因子レベルは成人で約0.8%上昇するとされている.本症例においても上記凝固因子投与式より算出して,BeneFIX® 2,000単位を投与した(体重67 kg×ピークレベル40%×0.75=2,010単位).投与期間は,出血状況に応じて1~7日間程度連日投与することが望ましいとされている.本症例は,FFP投与および止血操作により急性期における止血効果が得られたため,腹部ドレーン抜去時直前に単回のみBeneFIX®を投与して遷延する出血を回避した11).
PTが正常で,APTTのみ延長する場合は血友病の可能性を考慮すべきである.また,出血時の応急対応や第IX因子製剤が直ちに投与不可能な場合には,まずFFPの投与が有用であるとされている.凝固因子の血中レベルを20~30%上昇させるのに必要なFFP量は8~12 ml/kgとされており,体重50 kgの患者であれば,400~600 ml(FFP 5~7単位)の投与が必要であるとされている12).本症例も,診断が確定するまでの間にFFPを投与しており,緊急止血時の対処法として重要であると考えた.また,デスモプレシン(1-deamino-8-D-arginine vasopressin;DDAVP)は,抗利尿ホルモン(ADH)の合成類似体であり,血友病に対する有効な止血剤として広く認識されているが,血漿中の第VIII因子とフォンヴィレブランド因子レベルのみ上昇させる効果があるとされている.したがって,血友病Aには一時的に有効であるが,本症例のような血友病Bには無効である11).
自己免疫疾患,悪性腫瘍や分娩などを契機に凝固因子に対するインヒビターが出現して凝固因子活性が阻害され,後天性に止血困難となることが報告されており,本症例においても第VIII,第IX因子インヒビターを測定したが否定された(Table 1)13).
術後出血が遷延した部位は,右側腹部5 mmポート抜去部から留置した腹部ドレーンルート皮下組織および筋層からであった.軽症血友病を合併する手術では,エネルギーデバイスやクリップを用いた部位からの出血は起こしにくく,鈍的剥離のみで止血操作を行わない手術部位からの出血に注意が必要であると考えた.現に当科では,腹腔鏡下胆囊摘出術を行う場合においてもその他の鏡視下手術と同様に,極力鈍的剥離のみの操作は行わずに超音波凝固装置などの止血デバイスを積極的に使用して手術を行っている.この操作が胆囊周囲などからの腹腔内出血を回避できた可能性がある.
本症例は,術後遷延する出血を契機に凝固異常症の可能性を疑い,第IX因子を測定したところ,17%(正常値70~130%)に低下しており,軽症血友病Bの診断を得た.前述の診断基準に則り家族歴の調査を行ったところ,今回初めて40歳代の長女が保因者(第IX因子活性:56%)で,10歳代の孫息子が軽症血友病B(第IX因子活性:14%)であることが判明した.幸い孫息子に止血困難歴はなかった.
医学中央雑誌において「血友病B」,「術後出血」をキーワードとして1983年から2011年までについて検索を行ったところ,4例の報告のみであった(Table 2)6)14)~16).いずれも診断時の年齢が38から60歳と自験例よりも若く,本症例の70歳が最高齢であった.報告例は全て軽症,中等症の血友病Bであり,術後出血を契機に診断された.全て診断後に第IX因子製剤を投与することにより速やかな止血を得ており,生存している.
Case | Author | Year | Age | Sex | Organ | Diagnosis | Factor IX | Course |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Kishikawa6) | 1984 | 60 | M | Colon | Anal bleeding following the polypectomy | 32% | Alive |
2 | Ichikawa14) | 1993 | 41 | M | Duodenum | Gastric ulcer bleeding following the cholecystectomy |
4% | Alive |
3 | Musha15) | 2002 | 38 | M | Stomach | Re-bleeding following the endoscopical hemostasis for gastric ulcer |
11% | Alive |
4 | Toyoda16) | 2006 | 54 | M | Eye | Re-bleeding following the ocular surgery due to the blunt eye trauma |
1% | Alive |
5 | Our case | 70 | M | Gallbladder | Bleeding from Subcutaneous tissue and Muscles following the cholecystectomy |
17% | Alive |
術後に凝血塊を伴わない遷延する出血を認めた場合には,凝固異常症を疑い速やかに精査することが肝要である.また,本人のみならず,対象親族に本疾患の有無を調査することが今後の社会生活を送るうえで非常に重要であると考えた.
利益相反:なし