日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
孤立性膵癌肺転移の2切除例
砂川 真輝磯谷 正敏原田 徹金岡 祐次亀井 桂太郎前田 敦行高山 祐一
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キーワード: 膵癌, 肺転移, 外科治療
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2013 年 46 巻 9 号 p. 678-685

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Abstract

膵癌根治切除後の孤立性膵癌肺転移に対し肺切除を施行したので報告する.症例1は79歳の女性で,膵体部癌に対して膵体尾部脾合併切除および左副腎合併切除を施行した(pT4N0M0 Stage IVa).術後20か月で右上葉および下葉に計3か所の肺転移を認め,胸腔鏡下肺部分切除を施行した.病理組織学的に膵癌肺転移の診断であった.肺切除後再肺転移および骨転移を来したが,肺切除後18か月の現在生存中である.症例2は52歳の男性で,膵頭部癌に対して亜全胃温存膵頭十二指腸切除を施行した(pT3N1M0 Stage III).術後54か月で右上葉および右下葉に計2か所の肺転移を認めた.右上葉およびS6区域切除を施行した.病理組織学的に膵癌の肺転移と診断された.肺切除後に多発脳転移を来し,肺切除後12か月で永眠した.膵癌肺転移に対し癌遺残のない切除が可能な場合,切除を行うことが予後の改善に寄与する可能性があると考えられた.

はじめに

膵癌は根治切除率が低く,根治切除しえたとしても術後再発率も高い予後不良な疾患で,通常型膵癌の切除症例の5年生存率は9.7%と報告されている1).そのなかでも膵癌の肺転移は多発転移や癌性リンパ管症を伴うことが多く,肺転移に対して肺切除を施行した報告は少ない.しかし,孤立した肺転移を切除することで予後が延長したという報告も散見される2).我々は膵癌の片葉に限局した肺転移に対して,肺切除を施行した2例を経験した.これまでの本邦報告14例に自験例を加えて膵癌根治切除後,肺転移に対して肺切除を施行した症例を集計し報告する.

症例

症例1:79歳,女性

主訴:検診異常

既往歴:高血圧

現病歴:2009年4月膵体部癌に対して膵体尾部脾合併切除術および左副腎合併切除術を施行した(pT4N0M0 Stage IVa)3).術後補助化学療法にゲムシタビン(1,000 mg/m2,3週投与1週休薬)を6コース施行した.外来経過観察中の術後20か月,胸部X線検査で右下肺野に境界明瞭な結節影を認めた.胸部CTで右上葉(S2,S3)に2か所,右下葉(S8)に1か所の結節影を認めた.PET-CTではいずれも高集積像を呈しており,膵癌の肺転移もしくは原発性肺癌かのいずれかと判断し,手術目的に入院となった.

入院時現症:特記事項なし.

血液検査所見:腫瘍マーカーはCEA 1.7 ng/ml,CA19-9 23.9 U/ml,サイトケラチン19フラグメント(cytokeratin fragment;以下,CYFRAと略記)1.7 ng/ml(基準値3.5 ng/ml以下),ガストリン放出ペプチド前駆体(pro-gastrin-releasing peptide;以下,Pro GRPと略記)37.2 pg/ml(基準値80.0 pg/ml以下)であった.生化学検査に異常を認めなかった.

胸部X線検査所見:右下肺野に辺縁整,境界明瞭な15 mm大の結節影を認めた.

胸部CT所見:胸部CTで右上葉S2に12 mm,S3に16 mm,右下葉S8に11 mmの結節影を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Chest CT scan shows a 12 mm, ground glass opacity in segment 2 in the right lung, 6 mm and 11 mm, the nodular opacity in the right lung segment 3 and segment 8 in each.

PET-CT所見:右下葉S8に一致してFDGの高集積(SUV max: 9.33)を認めた.右上葉S2,S3にはFDGの集積を認めなかった.その他の臓器にFDGの集積を認める部位を認めなかった(Fig. 1).

入院後経過:胸腔鏡下肺部分切除術を施行.術後経過は良好で合併症なく,術後7日目に退院となった.

病理組織学的検査所見:腫瘍は中分化型管状腺癌であり,膵原発と類似する組織像であることから膵癌の肺転移と診断した(Fig. 2).

Fig. 2 

Histological findings of lung metastases indicate moderately differentiated adenocarcinoma with proliferation of foamy cells, which is same as initial pancreatic cancer (HE staining). (A): pancreatic cancer, (B): lung metastases.

退院後経過:高齢であるため術後補助化学療法を行わず,経過観察とした.肺切除後12か月に胸部CT写真で,左上葉S3,左下葉S9に8 mmの辺縁不整で境界明瞭な小結節影を認めた.転移も否定できないため2回目の胸腔鏡下肺部分切除術を施行した.病理組織学的検査の結果は膵癌肺転移の診断であった.さらに,3か月後,第3~4腰椎に骨転移を認め骨痛を訴えたためQOL改善のために放射線療法を施行した(50 Gy/25 Fr).現在初回肺切除後18か月(膵切除後41か月)現在,外来通院中である.

症例2:52歳,男性

主訴:検診異常

既往歴:特記事項なし.

現病歴:2006年8月膵頭部癌に対して亜全胃温存膵頭十二指腸切除術,Child変法再建を施行(pT3N1M0 Stage III)3).術後補助化学療法は本人の希望により施行せず.外来経過観察中の術後54か月,胸部X線検査で右上肺野に淡い結節影を認めた.CTガイド下肺生検で腺癌と診断され,膵頭部癌の病理組織と類似していたことから膵癌の肺転移と診断し手術目的に入院となった.

入院時現症:特記事項なし.

血液検査所見:腫瘍マーカーはCEA 2.8 ng/ml,CA19-9 50.4 U/ml,CYFRA 2.1 ng/ml,Pro GRP 37.6 pg/mlとCA19-9のみ高値を認めた.生化学検査に異常を認めなかった.

胸部X線検査所見:右上肺野に淡い境界不明瞭な結節影を認めた.

胸部CT所見:右上葉S2に一部空洞形成を伴う33×28 mmの境界不明瞭,辺縁不整な結節影および右下葉S6に14×15 mmのスリガラス状陰影を認めた(Fig. 3).

Fig. 3 

Chest CT shows a 33 mm, nodular opacity with spicula in the right lung segment 2 and a 14 mm, ground glass opacity in segment 6 in the right lung.

PET-CT所見:右肺上葉S2にFDGの強い集積(SUV max: 8.70),右肺下葉S6に淡い集積(SUV max: 1.49)を認めた.また,右肺門リンパ節に中等度の集積(SUV max: 4.40)を認め,膵癌の肺転移の診断であった.その他の臓器に明らかなFDGの集積を認めなかった.

入院後経過:右上葉切除および右S6区域切除およびリンパ節郭清を施行した.術後経過は良好で合併症なく術後12日目に退院となった.

病理組織学的検査所見:著明な壊死と線維化,炎症細胞浸潤を伴う中分化から高分化型管状腺癌を認めた.免疫染色検査でCA19-9陽性,甲状腺転写因子(thyroid transcription factor-1;以下,TTF-1と略記)陰性であり,組織像の類似より膵癌肺転移と診断された(Fig. 4).また,肺門リンパ節にも転移を認めた.

Fig. 4 

Histological findings of lung metastases indicate well-differentiated adenocarcinoma, which is similar to that of initial pancreatic cancer (HE staining) (A, B). Immunohistochemical staining for CA19-9 is positive (C), but is negative for TTF-1 in lung metastases (D). (A); pancreas, (B), (C), (D); lung metastases.

退院後経過:術後補助化学療法としてゲムシタビン(1,000 mg/m2,3週投与,1週休薬)を6コース施行した.肺切除後10か月で多発脳転移を認め全脳照射(40 Gy/20 Fr)を施行するも肺切除後12か月(膵切除後68か月)で永眠した.

考察

膵癌は根治を目指した拡大手術が施行されても長期生存を得ることは極めて困難な疾患で,2004年に発表された本邦の膵癌登録報告によると,病期別の5年生存率はそれぞれStage I 56.7%,Stage II 43.6%,Stage III 24.1%,Stage IVa 11.1%,Stage IVb 3.0%である1).膵癌の再発には,リンパ節転移,腹膜転移,肝転移,骨転移,肺転移などがあり,中尾ら4)57例の膵癌術後再発部位の検討で肝転移を58%,局所再発44%,腹膜播種37%,骨7%,肺1.8%と報告している.島田ら5)はこの原因を膵臓のdrainage veinが全て門脈系に流入しており循環経路では肝臓が最初の血管床になっているからで,肝臓についで転移巣を形成することが多いのが肺であり,さらに副腎,小腸,腎臓に転移がみられると報告している.肺転移を来す症例の多くは他の遠隔転移病変が併存しているため切除の対象とならず予後は極めて不良である.しかし,相浦ら6)は膵癌術後長期生存例の剖検を検討し,長期生存例では肺転移の頻度が多いと報告した.当院で経験した症例は術後20か月および54か月と比較的長期経過観察後に肺転移が出現していた.

膵癌の肺転移は全身疾患としての一部として考えるため治療としては一般的に進行・再発治療に準じた化学療法が主体となる.Conroyら7)は切除不能・再発進行膵癌に対して5-FU,ロイコボリン,イリノテカン,オキザリプラチンの4剤を用いたFOLFIRINOXと名付けた治療を報告した.この試験ではゲムシタビン単独治療の生存期間中央値は6.8か月であったのに対し,FOLFIRINOXのそれは11.1か月であり有意に予後を延長したが,このレジメンは日本では保険収載されていない.また,日本で保険収載可能な治療法としてFukutomiら8)はゲムシタビン+S-1併用療法の生存期間中央値が9.9か月とゲムシタビン単独療法と比べて有意に延長した結果を報告している.現在はさまざまな化学療法のレジメンが開発されているが,大きく生存期間を延長するような結果は得られていない.

その一方で,転移性肺腫瘍に対する局所治療としては手術治療が一般的である.転移性肺腫瘍の手術適応はThomfordら9)による基準で,①原発巣が制御されていること,②肺外転移がないこと,③肺転移が一側に限局していること,④耐術が可能であることとしている.Arnaoutakisら2)は孤立性膵癌肺転移症例31例を検討し,肺切除群9例における肺切除後生存期間中央値は18.6か月と報告した.孤立性肺転移で切除適応のある場合は局所治療としての効果が高いことが示唆される.

一方で,現在のところ膵癌に対する術前化学療法は高度局所進行膵癌に対しdownstageを目的として施行されている.しかし,切除可能な孤立性肺転移に対して術前化学療法を施行することにより腫瘍の生物学的悪性度を評価することが可能になること,投与された化学療法の効果をin vivoで検討でき無効な化学療法の投与を避けることができるようになる可能性があること,腫瘍縮小により切除する肺容積が減少し,肺切除後の呼吸器合併症を減らしうる可能性があることが示唆されるため,切除を前提とした積極的な化学療法の介入も今後は検討すべき問題である.

医学中央雑誌で「膵癌」,「肺転移」をキーワードとして1983年1月から2012年12月まで検索した(会議録を除く)ところ14例の報告を認めた10)~18).これに自験例を加えた16例をまとめ検討した(Table 1).年齢は52歳~81歳で,性別は男性4例,女性12例であった.手術術式は膵全摘1例,膵頭十二指腸切除10例(亜全胃温存膵頭十二指腸切除1例,幽門輪温存膵頭十二指腸切除5例を含む),膵体尾部合併切除5例で,門脈浸潤を認めたものは2例,上腸間膜動脈に浸潤を認めたものは1例に認めたが,いずれも癌遺残のない手術が施行されていた.癌取扱い規約第6版で病期はStage I 2例,Stage II 2例,Stage III 4例,Stage IVa 6例,Stage IVb 2例であった.病理組織は高分化型管状腺癌が5例,中分化型管状腺癌が5例,その他は未記載であった.肺転移出現までの期間は8か月~132か月(中央値48か月)とばらつきを認めた.分化度別に肺転移出現までの期間を比較すると高分化型が中央値48か月,中分化型が37.5か月と高分化な症例で遅発性に肺転移巣が出現している傾向がみられた.肺転移個数は1~4個であり,片葉に限局しており全ての症例で完全に切除が施行されていた.肺転移出現までの期間は単発症例で中央値54.5か月,多発症例で39.5か月と単発症例で遅発性に肺転移を来している.また,単発症例の3例(30.0%),多発症例の4例(66.6%)に肺切除後に再発を来しているが,肺切除後の生存期間は単発例で4~36か月(中央値14か月),多発例で11~37か月(中央値16か月)であり,肺転移個数は予後に影響を与えないことが示唆される.

Table 1  Reported cases of resection of isolated lung metastases from pancreatic cancer
No Author
(Year)
Age/Sex Operation Vessel invasion Stage (UICC Staging) Histology Adjuvant Chemotherapy Time until lung metastasis (Month) Number of lung nodules Chemotherapy after lung resection Survival after lung resection (Month) Status Time until relapse after lung resection (Month) Site of relapse
 1 Ito10)
(2003)
66/F TP SMA IVa tub 1 none 101 4 n.d. 11 NED
 2 Sakurai11)
(2004)
63/F PPPD none II n.d none 48 1 n.d. 4 NED
 3 Shimada5)
(2005)
76/F PD none IVb n.d none 61 1 n.d. 24 NED
 4 Enomoto12)
(2009)
79/F PD none I tub 2 none 8 1 n.d. 6 NED
 5 Yasuda13)
(2009)
75/M DP none II n.d none 48 2 GEM 37 DOD 5 lung, peritoneum
 6 Yasuda13)
(2009)
81/M PPPD PV IVa n.d none 36 1 n.d. 6 NED
 7 Takano14)
(2010)
68/F DP none III tub 2 GEM 37 1 GEM+S-1 36 Alive 3 lung
 8 Takano14)
(2010)
78/F PPPD none III tub 1 GEM 31 2 none 14 NED
 9 Takano14)
(2010)
69/F PPPD none IVa tub 1 HAI, GEM 26 2 GEM+S-1 32 DOD 20 peritoneum
10 Takano14)
(2010)
77/F DP none IVb tub 2 GEM 78 1 GEM+S-1 14 DOD 8 lung
11 Emoto15)
(2010)
79/F PD none IVa n.d GEM, UFT 66 1 S-1 12 NED
12 Yoshizu16)
(2012)
78/F PPPD none I n.d none 38 1 none 12 NED
13 Kitasato17)
(2012)
59/F DP PV IVa tub 1 HAI 132 1 S-1 14 NED
14 Ishihara18)
(2012)
68/M PD none III tub 2 GEM 89 1 GEM 15 DOD 5 brain, bone
15 Our case
No. 1
79/F DP none IVa tub 2 GEM 20 4 none 18 Alive 12 lung, bone
16 Our case
No. 2
52/M SSPPD none III tub 1 none 54 2 GEM 12 DOD 10 brain

※abbriviations; TP: total pancreatectomy, PPPD: pylorus preserving pancreatoduodenectomy, DP: distal pancreatectomy, SSPPD: subtotal preserving pancreatoduodenectomy, GEM: gemcitabine, HAI: hepatic arterial infusion, n.d: not described, NED: no evidence of disease, DOD: dead of disease

肺切除後の化学療法は8例に施行されており,ゲムシタビン+S-1併用療法が3例,ゲムシタビン療法が3例,S-1療法が2例,化学療法未施行群が3例であった.肺切除後再発を来した症例は7例に認め,肺切除後再発までの期間は3~20か月(中央値8か月)で,再発部位は再肺転移が4例,腹膜転移2例,骨転移2例,脳転移を2例に認めた.再肺転移症例のなかで再肺切除は2例に施行されていたが腹膜播種再発もしくは骨転移を来した.1例は再発治療としてゲムシタビン+S-1併用療法を行いながら,再肺切除後36か月有病生存中である.肺転移切除後の予後は無再発生存が9例,有病生存が2例,原病死が5例であった.肺切除後再発を認めていない9例の孤立性肺転移出現までの期間は8~132か月(中央値48か月)で,肺切除後再発を認めた6例のそれは20~89か月(中央値43か月),とわずかながら肺切除後肺転移を認めない症例の無再発生存期間が長い傾向を認めた.肺切除後の生存期間は4~37か月(中央値14か月)であった.化学療法による生存期間中央値を若干上回ることからも症例ごとに十分な検討を加えた後での肺転移巣に対する手術治療も選択肢の一つといえる.

原発巣切除後に長期生存している膵癌肺転移症例に対し癌遺残のない切除が可能な場合,切除を行うことが予後の改善に寄与する可能性があると考えられた.

利益相反:なし

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