2014 年 47 巻 5 号 p. 259-267
症例は51歳の男性で,胸部下部食道に2型腫瘍を認めた.生検で一部にCD56,chromogranin A,synaptophysin陽性の低分化な腫瘍細胞が見られ,内分泌分化を伴う低分化食道扁平上皮癌,LtAe,2型,cT3N2M0,cStage IIIの診断となった.食道扁平上皮癌に準じ術前化学療法5-FU+CDDP 2コース施行後に,右開胸開腹食道亜全摘,後縦隔経路胃管再建,両側頸部郭清を施行した.病理組織学的検査所見では食道内分泌細胞癌と低分化食道扁平上皮癌の混合型,CT-pT2(MP),pN1(1/56),CT-pStage II,grade 1aの診断となった.術後5-FU+CDDP 2コースを追加し現在術後54か月無再発生存中である.食道内分泌細胞癌と扁平上皮癌の混合型癌はまれな食道悪性腫瘍であり,文献的考察を加え報告する.
食道内分泌細胞癌は食道癌のうち0.05~7.6%と比較的まれである1)2).今回,我々は術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy;以下,NACと略記),根治切除術および術後化学療法を施行後に,長期生存を得た食道内分泌細胞への分化を示す低分化扁平上皮癌の1例を経験した.食道内分泌細胞癌と低分化扁平上皮癌の混合型癌の症例報告は多くなく,治療法や化学療法レジメンの選択が臨症上の問題点となる.文献的考察を加え報告する.
患者:51歳,男性
主訴:通過障害
現病歴:2008年6月中旬,通過障害を主訴に近医を受診した.精査にて腹部リンパ節転移を伴う食道癌の診断,同年7月上旬に精査加療目的に当科紹介受診となった.
家族歴:特記すべきものなし.
既往歴:特記すべきものなし.
生活歴:喫煙30本/日,25年間(index=750),飲酒 焼酎4杯/日,26年間.
入院時現症:体格・栄養は中等度,特記すべき異常所見なし.
入院時血液検査所見:血液生化学所見に異常値を認めなかった.腫瘍マーカーは全て正常範囲内であった.
上部消化管X線造影検査所見:食道LtAeに長径6 cm,中心への造影剤貯留を伴う2型病変を認めた(Fig. 1).
Barium esophagogram study shows a type 2 tumor located in the lower thoracic and abdominal esophagus (arrow).
造影CT所見:下部食道に4×3 cm大の腫瘍性病変を認め,No. 1およびNo. 7リンパ節への転移が疑われた.明らかな遠隔転移を認めなかった(Fig. 2).
An abdominal enhanced CT shows a mass located at the lower esophagus, and swollen lymph nodes (No. 1, No. 7) indicate suspected metastasis (arrows).
上部消化管内視鏡検査所見:切歯列から31 cmの食道前壁に1/2周性の中心潰瘍を伴う隆起性病変を認めた.同部位はルゴールに不染であった(Fig. 3).
An upper gastrointestinal endoscopy shows a protuberant tumor at 31 cm from the front teeth, without staining using Lugol’s solution (This figure was reproduced from Esophagus. 2009;6:279-83)40).
FDG-PET所見:主腫瘍にSUVmax:20.52,No. 1およびNo. 7リンパ節にそれぞれSUVmax:19.03,14.56の異常集積を認めた(Fig. 4).
FDG-PET shows an abnormal uptake of FDG in the main tumor and lymph nodes (No. 1, No. 7) (arrows).
上部消化管内視鏡生検:大部分が低分化な食道扁平上皮癌で,一部にCD56,chromogranin A,synaptophysin陽性の未分化な腫瘍細胞が散見され,内分泌細胞への分化が認められた.
以上より,内分泌分化を伴う低分化食道扁平上皮癌,LtAe,type2,cT3,cN2,cM0,cStage IIIの診断で,NAC施行後に根治切除の方針となった.化学療法のレジメンは扁平上皮癌細胞優位であったため,通常の食道扁平上皮癌に準じ5-FU+CDDP(5-FU:800 mg/m2,day 1~5,CDDP:80 mg/m2,day 1)を2コース施行した.NAC後効果判定では主腫瘍は著変なかったが,No. 1リンパ節は著明に縮小,No. 7リンパ節はほぼ消失し,総合効果判定はSDとなった.
手術所見:NAC 2コース終了から約4週間後に右開胸開腹食道亜全摘術,後縦隔経路胃管再建および頸部郭清術を施行した.根治度はCurAであった.
摘出標本所見:胸部下部食道から食道胃接合部にかけて,粘膜下発育を主体とした7.5×5.5 cm大の2型腫瘍を認めた(Fig. 5).
Macroscopic picture of the resected esophagus shows the tumor located in the lower thoracic esophagus and esophageal gastric junction (This figure was reproduced from Esophagus. 2009;6:279-83)40).
病理組織学的検査所見:わずかに扁平上皮様に形態分化する細胞を認めたが,免疫染色検査ではCD56,chromogranin A,synaptophisinに染色される細胞が腫瘍の優勢を占め,内分泌細胞癌の診断となった(Fig. 6).リンパ節転移はNo. 7に一つ認め,内分泌細胞癌成分が主体であった.
Histological findings show small, poorly differentiated cells with partial components of squamous cell carcinoma (arrows). Immunohistological findings show the tumor is stained with CD56, chromogranin A and synaptophysin.
以上より,最終病理組織学的診断はesophageal neuroendocrine carcinoma with poorly differentiated squamous cell carcinoma component,CT-pT2,pN1(1/56),CT-pStage II,組織学的効果判定grade 1aであった.
術後経過:術後補助化学療法として5-FU+CDDP(5-FU:800 mg/m2,day 1~5,CDDP:80 mg/m2,day 1)を2コース施行した.現在術後54か月無再発生存中である.
食道内分泌細胞癌は腺癌や扁平上皮癌への分化を示さず内分泌細胞への分化を示すものであり,食道癌取扱い規約第10版で未分化癌から新たに分類が独立した3)4).それ以前には「食道未分化癌」,「食道小細胞癌」などとして報告される例がほとんどであり,1952年にMcKeown5)がoat cell carcinomaの2例を報告して以来,本邦では1973年の谷口ら6)の報告が最初である.食道小細胞癌として報告されている発症頻度は,食道癌全体の0.05~7.6%とされており,まれな疾患である1)2).
本疾患の確定診断には内分泌細胞を同定することが必要となる.Grimelius法やMasson-Fontana法による好銀性顆粒の確認,電子顕微鏡での内分泌顆粒の確認に加え,cluster of differentiation(CD)56,synaptophysin,chromogranin A,neuron specific enolase(NSE)などの免疫染色検査による内分泌細胞マーカーの確認も行われている7).
医学中央雑誌で「食道内分泌細胞癌」,「食道内分泌腫瘍」,「食道小細胞癌」をそれぞれキーワードとして1983年から2013年4月までの期間を検索し,さらにその中から病理組織学的に食道内分泌細胞癌と診断できる,または食道内分泌細胞癌と診断されている症例を選択すると84例であり8)~34),自験例および当科経験例4例を含めた88例がこれに該当した.しかし,自験例のように内分泌細胞癌と扁平上皮癌の混合型癌の報告は比較的少なく,88例中13例(14.7%)のみであった10)11)15)~17)24)29)~34).内分泌細胞癌の組織学的発生様式に関しては,①先行した一般組織型癌から発生,②先行したカルチノイドから発生,③非腫瘍性多分化能幹細胞から発生,④非腫瘍性幼若内分泌細胞から発生の4経路が考えられるとされる35).また,食道内分泌癌の発生学的起源には諸説あり,食道中下部に多く存在するKullchitzky細胞由来との説6)36)やKullchitzky細胞よりさらに幼若で扁平上皮癌,腺癌,小細胞癌の共通前駆体であるtotipotent primitive cell由来との説37)などが有力である.諸家の報告によれば食道小細胞癌として報告された症例には扁平上皮様分化を伴うものもあるとされているが37),詳細な症例報告は上記の13例のみにとどまった.本症例においては術前生検組織の大部分を低分化扁平上皮癌が占め,一部が内分泌分化を伴うことから,前述の①の発生経路が考えられた.この13例の食道内分泌細胞癌と扁平上皮癌の混合型癌の報告を詳細に検討してみると,平均年齢は63歳で,1例を除き全て男性であった(Table 1).T2以深が13例中7例を占め,リンパ節転移は7例に認められた.血行性転移(肝転移)も1例に認められた.Stage Iは4例のみであり,進行癌の割合が高かった.治療は手術に加え化学療法や放射線療法などの補助療法を施行したものが10例,手術単独,ESDと補助化学療法,化学放射線療法を施行したものがそれぞれ1例ずつであった.平均生存期間は552.0日(45~1,650日)であり,自験例の1,650日は最長生存例であった.前述のように比較的早期から局所進行やリンパ節転移を伴う可能性が高いことから,手術による局所制御に加え全身的な補助療法の併用が有効であることが示唆される.
No | Author | Year | Age/Sex | Stage | Treatment strategy | Survival time (days) |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | Okita34) | 1993 | 68/M | TxN3M0 Stage III | ope→AC (EP) | 84 |
2 | Sato33) | 1995 | 58/M | T2N0M0 Stage II | ope→CRT (CDDP) | 960 (dead) |
3 | Furukawa32) | 1996 | 55/M | T1bN0M0 Stage I | NAC (EP)→ope→AC (EP) | 180 |
4 | Akaike31) | 2006 | 60/M | T4N3M0 Stage III | ope→CRT (FP)→chemo (IP) | 118 (dead) |
5 | Imura30) | 2006 | 87/M | T2N3M0 Stage III | ope | 45 (dead) |
6 | Sakamoto29) | 2007 | 65/M | T1bN1M0 Stage II | ope→AC (IP) | 240 |
7 | Hirota24) | 2009 | 69/M | T1bN0M0 Stage I | ope→AC (IP) | 810 |
8 | Kubo17) | 2010 | 38/M | T3N2M0 Stage III | NAC (5-FU+CDGP)→ope→AC (5-FU+CDGP) | 120 |
9 | Kobayashi16) | 2011 | 61/M | T1bN0M0 Stage I | ESD→AC (FP)→ope→CRT (FP+DOC) | 750 (dead) |
10 | Kishino15) | 2011 | 70/F | T1aN0M0 Stage I | ESD→AC (IP) | 660 |
11 | Nishimura11) | 2012 | 72/M | T3N0M0 Stage II | ope→ope (liver meta)→AC (IP) | 1,080 |
12 | Isshiki10) | 2012 | 71/M | T2N2M1 Stage IVb | CRT (IP) | 480 |
13 | Our case | — | 51/M | T3N2M0 Stage III | NAC (FP)→ope→AC (FP) | 1,650 |
*ope: surgical operation, chemo: chemotherapy, NAC: neoadujvant chemotherapy, AC: adjuvant chemotherapy, CRT: chemoradiation therapy
自験例では術前の生検で大部分が低分化な扁平上皮癌成分であり,一部に内分泌分化を伴うとの診断であったため,治療方針ならびに化学療法レジメンを慎重に検討した.食道扁平上皮癌に対してはJCOG990738)で切除可能なstage II,IIIの食道扁平上皮癌においてNACが術後化学療法と比較して全生存期間を有意に改善することが示され,本邦における標準治療と位置付けられている.内分泌細胞癌に対しては内視鏡的治療や手術治療,化学療法,放射線療法などさまざまな治療が試みられているが,現在までに明確なエビデンスの示された治療法は存在しない.化学療法として現時点では食道扁平上皮癌に対してはFP療法,食道内分泌細胞癌に対しては確立された化学療法はないが,肺小細胞癌に準じたCDDP+VP16(EP療法),CDDP+CPT11(IP療法)などが選択されることが多い39).本症例では生検組織において組織学的に優位な組織型である低分化扁平上皮癌成分を治療の対象とし,食道扁平上皮癌に準じた治療方針を取った.先に述べた13例の食道内分泌細胞癌と扁平上皮癌の混合型癌の病理組織学的検査を検討すると内分泌細胞癌を優位とするものが8例,扁平上皮癌を優位とするものが自経例を含め3例11)16),記載のないものが2例であった.扁平上皮癌を優位とする3例のうち1例は術後無治療で経過観察されたが,2例にはFP療法が施行され,いずれも優位な組織型である扁平上皮癌を標的にしたと考えられる.また,食道内分泌細胞癌88例においてNACが施行された症例は14例(15.9%)であり,そのレジメンはFP療法8例(術前化学放射線療法3例を含む),EP療法3例,IP療法1例,5-FU+CDGPおよび5-FU+CBDCA+pepleomycinが1例ずつであった.術前FP療法施行8例における治療効果判定はPRが5例(62.5%),SDが2例(25.0%),記載のないものが1例(12.5%)であり,組織学的効果判定の記載があるものではgrade 2が1例(12.5%),grade 1aが4例(50.0%)であり,FP療法によるNACは食道扁平上皮癌のみならず,食道内分泌細胞癌に対しても良好な成績を示す可能性があると考えられた.本症例においてもFP療法によるNACを施行し,主腫瘍における効果判定はSDであったがリンパ節においては著明な縮小を認め,良好な治療効果を得ることができた.
食道内分泌細胞癌88例において術後補助化学療法が施行された症例は39例(44.3%)であり,そのレジメンはFP療法12例(30.7%),EP療法7例(17.9%),IP療法10例(25.7%),その他10例(25.7%)であった.それぞれのレジメンにおける無再発症例数はFP療法3例(25.0%),EP療法3例(33.3%),IP療法8例(80.0%)であり,IP療法の成績が良好な傾向にあったが多施設からの報告であり一概には結論付けることはできない.本症例のように複数の組織型が混合して存在する症例では,術後補助化学療法において消失した成分と遺残した成分,そのどちらを標的にして術後補助化学療法のレジメンを選択すべきかが問題となる.食道内分泌細胞癌と扁平上皮癌の混合型癌13例においてNAC施行後に根治手術を施行し,術後補助化学療法を行った症例は自験例を含む3例17)32)であり,これら3例ではいずれの症例においてもNACと術後補助化学療法は同じレジメンであった.NACの効果判定はPRが2例,SDが1例であり,NACによって消失した腫瘍成分を術後補助化学療法の標的にしたと考えられた.また,3例全てにおいて観察期間中の再発は確認されなかった.この解析から,食道内分泌細胞癌と扁平上皮癌の混合型癌において,NACの効果がある場合には術後補助化学療法の標的はNACで消失した成分でよく,NACと術後補助化学療法のレジメンは同一でよい可能性が示唆される.
本症例においてNAC後の摘出標本の主腫瘍部分における病理組織学的検討では食道内分泌細胞癌が優位であり扁平上皮癌成分はごく一部に残存しているのみであった.また,残存した内分泌細胞癌部分は組織学的効果判定がgrade 1aであり,転移リンパ節においてNACが著効しているが,それらは扁平上皮癌成分が優位であった可能性も考えられる.我々は術後補助化学療法としてNACで効果のあった扁平上皮癌成分に対するFP療法を選択し,術後1,650日の長期生存を得ることができた.
食道内分泌細胞癌は臨床学的特徴や治療法において食道扁平上皮癌と異なる部分が多く系統的な検討はほとんどない.今後さらなる症例の集積が必要と思われる.
利益相反:なし