2014 年 47 巻 5 号 p. 290-294
症例は71歳の女性で,夜間に増強する腹痛と嘔気を認め,当院へ救急搬送された.CTでは小腸の拡張と腸間膜血管の巻き込みを認めるとともに,左横隔膜は著しく挙上し,拡張した胃や小腸が一塊となって胸腔内へ突出しているように考えられた.横隔膜ヘルニア,絞扼性イレウスの術前診断で緊急手術を施行した.術中所見では左横隔膜弛緩を認め,小腸は上腸間膜動脈を中心として時計方向に180°回転し,一塊となって左横隔膜が弛緩したためにできた大きな左横隔膜下腔へ向かって捻転していた.捻転を用手的に解除すると腸管の色調は改善したため,腸管切除は施行せず,再発予防として回盲部の後腹膜固定のみを追加した.術後経過は良好であり,術後10日目に自宅退院となった.本邦では開腹既往のない小腸軸捻転症は比較的まれな疾患である.医学中央雑誌で検索しうるかぎり横隔膜弛緩症を伴った症例は本症例が初めてであり,文献的考察を含めて報告する.
小腸軸捻転症は本邦では比較的まれな疾患であり,大量腸管壊死のために致死的となることもある1).今回,我々は横隔膜弛緩症に伴った小腸軸捻転の1例を経験したので,文献的考察を含めて報告する.
症例:71歳女性
主訴:腹痛,嘔気
現病歴:当院受診前日の午後11時頃から軽い腹痛を自覚したが就寝していた.しかし,午前2時頃に強い腹痛と嘔気で目が覚め近医を受診し,腸閉塞の診断で同日午前中当院へ救急搬送された.
既往歴・家族歴:特記事項なし.
身体所見:身長147 cm,体重47 kg,血圧94/66 mmHg,脈拍88回/分・整,体温36.6°Cだった.心窩部から臍部にかけて自発痛・圧痛を認めるものの,明らかな腹膜刺激症状は認めなかった.
血液・生化学検査所見:WBC 11.7×103/mm3と急性期炎症所見を認めた.BUN 23.1 mg/dlと軽度腎機能障害を認めた.LDH 283 U/l,CK 211 U/lと上昇し,SBE –4.5 mM/lで,腸管虚血を示唆する所見を認めた.他に有意な所見は認めなかった(Table 1).
| WBC | 11,700/mm³ | TP | 7.8 g/dl | pH | 7.183 |
| RBC | 4.59×103/mm³ | Alb | 3.9 g/dl | pO2 | 62.8 mmHg |
| Hb | 15.8 g/dl | T. Bil | 0.7 mg/dl | pCO2 | 21.5 mmHg |
| Ht | 47.8% | ALP | 232 U/l | HCO3 | 22.7 mM/l |
| Plt | 19.3×103/mm³ | AST | 38 U/l | SBE | –4.5 mM/l |
| PT | 10.8 sec | ALT | 21 U/l | ||
| APTT | 28.7 sec | γGT | 21 U/l | ||
| BUN | 23.1 mg/dl | LDH | 283 U/l | ||
| Cre | 0.97 mg/dl | CRP | 0.01 mg/dl | ||
| Na | 137 mEq/dl | AMY | 106 U/l | ||
| K | 3.2 mEq/dl | Glu | 241 mg/dl | ||
| Cl | 102 mEq/dl | CK | 211 U/l |
胸部単純X線検査所見:左横隔膜が著しく拳上し,挙上したスペースに消化管の存在が疑われた(Fig. 1).

Chest X-ray shows the remarkable elevation of left diaphragm.
腹部造影CT所見:小腸の拡張と腸間膜血管の巻き込みを認め,小腸全体で造影効果が低下していた.左横隔膜は著しく拳上し,拡張した胃や小腸が一塊となって頭側へ突出していた(Fig. 2, 3).

Abdominal CT shows the dilated small intestine and the rolled mesenteric vessels (arrows).

Abdominal CT (coronal image) suggested that the stomach and small intestine were elevated into the left thorax (arrows).
経過:上記診察・検査所見より,横隔膜ヘルニア,絞扼性イレウスの術前診断で,緊急手術を施行した.
開腹し腹腔内を観察すると混濁した腹水の貯留を認め,拡張した小腸は暗赤色を呈していた.横隔膜ヘルニアは認めなかったが,左横隔膜は弛緩し著しく拳上していた.小腸は上腸間膜動脈を中心として180°時計回転し,一塊となって弛緩した横隔膜のためにできた大きな左横隔膜下腔へ向かって捻転していた.胃は左横隔膜下腔へ偏位していたが,捻転はしていなかった.小腸の捻転に伴って回盲部は正中へ偏位していた(Fig. 4).捻転を解除すると次第に小腸の色調は改善したため,腸管切除は行わず,再発予防のために回盲部の外側漿膜を右下腹部後腹膜に縫着固定した.

Operative findings show the clockwise twist of the small intestine around the SMA.
術後経過は良好であり,術後10日目に自宅退院となった.
小腸軸捻転は,腸回転異常や腸間膜固定不全(総腸間膜症など)による先天性小腸軸捻転症,術後癒着や腫瘍など後天的素因による二次性小腸軸捻転症,基礎的疾患や解剖学的異常を伴わない原因不明である原発性小腸軸捻転症に分類される2).藤田ら1)は原発性小腸軸捻転症本邦64例についてその臨床的特徴を報告しているが,それによると平均年齢は57歳(11~92歳),性別では男性に多く(男性38例,女性26例),開腹歴は12例に認められた.初診時ショック状態にあったのは12例,CTで小腸軸捻転症に特徴的とされるwhirl signを認めたのは25例(39.1%)であった.術前診断は小腸捻転24例,絞扼性イレウス21例,イレウス9例,急性腹症4例,汎発性腹膜炎3例,上腸間膜静脈閉塞1例,腸間膜動脈閉塞1例,腸管虚血症1例であった.術式は腸管切除を要した症例は44例,整復のみは18例であった.捻転方向は41例が時計回転で,最大で1,080°捻転していた症例も認めた.死亡例は6例,死亡率は9.3%であったと報告している.
原因が特定されない原発性小腸軸捻転症の発症機序として松尾ら3)は,通常でも比較的硬い食物が大量に空腸に入ったとき,食物塊を下部小腸に送るため腸蠕動が亢進し,しかも右上腹部に向かって時計軸方向に回転しながら移動していくため,解剖学的素因と食事内容によっては180°以上の通常の回転範囲を逸脱し,原発性小腸軸捻転を発症してくるのではないかと推測している.
小腸軸捻転症の治療はその発生機序にかかわらず,絞扼性イレウスへの進展の危険性を考慮しての緊急手術である.捻転を解除し,小腸虚血が可逆的であれば腸管切除なし,不可逆的であれば腸管切除が必要となる.しかし,小腸軸捻転症には特徴的な症状はないため3)画像診断に頼るところが大きく,開腹してみると術前診断と異なる所見(機械的イレウスや上腸間膜動脈閉塞症など)を得ることがある1).よって術中所見に応じた術式の検討を要する.
横隔膜弛緩症は,横隔膜筋層の萎縮や菲薄化に伴って横隔膜の緊張が欠如し横隔膜が伸展拳上した状態である.病因的には先天性と後天性に分類されており,後天性発生は外傷や手術による横隔神経損傷,呼吸器感染,あるいは腫瘍などによるものとされている4).横隔膜拳上に伴い,胃軸捻転症,逆流性食道炎,イレウス,S状結腸捻転などを合併した報告もあるが4)~7),横隔膜弛緩症に伴った小腸軸捻転は,1983年から2012年の医学中央雑誌で「横隔膜弛緩」,「小腸軸捻転」をキーワードに検索した結果これまで報告はなく,本症例が本邦初めての報告である.横隔膜弛緩症で胃軸捻転は誘発されやすく,田辺8)は横隔膜弛緩症123例中40例に胃軸捻転症を認めたと報告しており,逆に森本ら9)は成人胃軸捻転症61例のうち横隔膜弛緩症に起因したものが12例であったと報告している.
本症例では以前より左横隔膜拳上を指摘されていたが無症状であり,先に述べたような外傷や腫瘍性疾患の既往歴はなく,先天性横隔膜弛緩症の罹患を背景にもっていたものと考えられる.それにより腹腔内に余剰空間が確保され,食塊の通過時に起こる小腸蠕動が軸捻転を誘発した可能性がある.さらに,本症例は術中に回盲部が正中へ偏位していることが確認されたことから総腸間膜症の合併が疑われた.それによる小腸軸捻転発症の可能性も考えられたことと再発予防のために,術中に回盲部の後腹膜への固定処置を行った.しかし,十二指腸の固定は通常通りであり,本症例では総腸間膜症の合併は否定的である.
なお,小腸軸捻転症の開腹下整復術後に再発した例はこれまで3例報告されており10)~12),1例は整復と壊死腸管の切除,2例は整復と腸間膜固定術を施行していた.本症例では再発防止の観点から,回盲部を後腹膜へ縫着固定した.現在術後半年間以上再発なく経過しているが,このような固定術の有用性はいまだ確立されておらず,今後の検討が待たれる.
利益相反:なし