2014 年 47 巻 6 号 p. 329-336
膵癌に併存する囊胞性病変は多くの場合,術前にその成因を確定することが比較的容易である.今回,囊胞の成因の鑑別が困難であった大型の多発囊胞性病変を伴う膵体部癌の1例を経験したので報告する.症例は76歳の女性で,CTにて膵体部の結節性病変と,それに接して存在する大型の多発性囊胞性病変を認めた.結節性病変は生検にて腺癌の診断を得たことから,囊胞性病変は大型化した癌性腺管あるいは貯留囊胞の可能性が考えられたが,確診には至らなかった.切除標本の病理組織学的検索では管状腺癌が隣接する囊胞壁に浸潤し,さらに連続して尾側の囊胞壁へと進展していた.囊胞内腔の大部分は腺癌細胞により裏打ちされており,膵癌が既存の多発囊胞の壁に浸潤し,囊胞腺癌のごとく内腔を裏打ちし,次第に増大したものと考えられた.囊胞性病変を伴う膵癌の切除時には癌の囊胞内進展の可能性も考慮に入れ,囊胞の取扱いを極めて慎重に行うべきと考えられた.
通常型膵癌は約8%に囊胞性病変が併存し,膵管閉塞による腺管拡張や貯留囊胞などを伴うとされている1).しかし,膵臓の囊胞性腫瘍としては膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)や粘液性囊胞腫瘍(mucinous cystic neoplasm;以下,MCNと略記),漿液性囊胞腫瘍(serous cystic neoplasm;以下,SCNと略記)の頻度が比較的高く,これらのうち前二者が癌化した病変とも鑑別する必要がある2).これらの囊胞性疾患は近年の高解像度の診断機器の普及に伴い,ほとんどの例で診断が可能であり,手術適応の決定にも画像診断所見が用いられる.一方,膵癌に随伴する囊胞は原発巣との位置関係や,その形態などにより比較的容易に鑑別診断が可能であるが,今回,術前診断が困難であった巨大な多発囊胞を伴う通常型膵体尾部癌の1例を経験したので報告する.
患者:76歳,女性
主訴:体重減少,背部痛
既往歴:2003年より器質化肺炎(bronchiolitis obliterans organizing pneumonia;以下,BOOPと略記)に対しプレドニゾロン10 mgを内服中であり,2005年より糖尿病に対しインスリン使用中であった.
現病歴:2008年頃より体重減少を認め,2010年10月頃より左側腹部から背部にかけての疼痛を自覚していた.2011年,BOOPに対する定期受診時に施行した胸部単純CTにて撮像範囲下端に含まれた膵臓に囊胞性病変を指摘され,精査目的に当院へ紹介となった.
入院時血液検査所見:CA19-9 103.4 U/ml,Span-1 70.6 U/mlと高値を認めた.その他特記すべき所見を認めなかった.
腹部超音波所見:膵体部から尾部は複数の囊胞性病変によって占められ,体部の一部に充実性部分を認めたが,囊胞内には隆起成分を認めなかった.
腹部造影CT所見:超音波所見と同様に,膵体部から尾部にかけて大小さまざまな囊胞性病変を多数認めた.囊胞は無秩序に配列し,全体を被覆する被膜様構造を認めず,いずれの囊胞内腔にも結節性病変を認めなかった.頭部寄りの囊胞に囲まれた膵体部には,膵頭部の実質と比較して動脈相で造影効果に乏しく,平衡相で弱く造影される約3 cm大の充実性腫瘤を認め,通常型膵癌と矛盾しない所見であった(Fig. 1).膵頭部の主膵管拡張は認めず,体部より尾側の膵管走行は認識できなかった.腫瘤から連続する陰影は腹腔動脈・脾動静脈・左副腎に近接しており,特に脾動脈には壁不整像を認めたため,悪性腫瘍の浸潤が疑われた.明らかなリンパ節腫大や遠隔転移を示唆する所見は認めなかった.Retrospectiveに過去の肺疾患に対する経過観察目的のCTをみると,2003年時は明らかな病変を指摘しえなかったが,2005年時(Fig. 2a)は膵体部に約0.5 cm大の低吸収域を認めていた.2007年時(Fig. 2b)には同病変は約1.8 cmに増大し明瞭化していたが,単純CTのみの撮像であったため,質的診断は困難であった.

Localized in the pancreatic body and tail, a solid tumor 3 cm in diameter was not enhanced in the arterial and portal phases but slightly in the equilibrium phase (arrows).

Previous CT shows no lesions in the pancreas in 2003, but a low density area is localized in the pancreatic body in 2005 (a; arrow) and enlarged in 2007 (b; arrows).
腹部MRI所見:全ての囊胞性病変はT2W Iで高信号を呈し,内腔に隆起性病変を認めなかった.また,体部の充実性部分はT1W Iで低信号を示し,T2W Iで軽度の高信号を示した.
EUS-FNA所見:体部の充実性腫瘤はEUSにて低エコー域として認識可能であり,同部位からの吸引生検による組織診,および隣接する囊胞内容液の吸引による細胞診はいずれもadenocarcinomaの診断であった.
以上の結果から,本例は膵癌(ductal adenocarcinoma,Pbt,TS4,CH(–),DU(–),S(+),RP(+),PVsp(+),Asp(+),PLspa(+),OO(–),T4N0M0,cStage IVa)が隣接する貯留囊胞に浸潤を来したか,あるいは囊胞性病変が巨大な癌性腺管である可能性を考え,尾側膵切除術,左副腎および左腹腔神経節合併切除,門脈合併切除再建の適応と判断した.
手術所見:肝臓や腹膜に転移を認めなかった.囊胞性病変を含んだ膵腫瘍は門脈左縁にかかるように存在し,門脈右縁のレベルで膵実質切離を行う尾側膵切除術を施行した.左副腎・左腹腔神経節もen blocに合併切除し,門脈は約1.5 cmを楔状切除して直接縫合を行った.手術時間は5時間2分,出血量は570 mlであった.
病理組織学的検査所見:腫瘤および全ての囊胞を含めた病変の大きさは約10.0×5.0×4.0 cmであり,充実性病変は7.0×2.5×2.5 cmで最大径8.0 cmの大小さまざまな囊胞性病変に囲まれるように存在した.腫瘍から離れた部位にも囊胞がみられたが,いずれの囊胞にも内腔に隆起性病変を認めなかった.周囲の正常と思われる膵実質との境界は比較的明瞭であった(Fig. 3).主病巣は蜂巣状を呈し(Fig. 4a),腫大した核を持つ異型細胞が大小さまざまな異型管状腺管構造を呈して増殖しており,中分化型管状腺癌の組織像であった(Fig. 4b).また,軽度の静脈侵襲,脾動脈神経叢浸潤,主膵管内進展を認めた.主腫瘤近傍の囊胞壁はPanIN-3相当の異型上皮により裏打ちされ(Fig. 4c),部分的に異型のない上皮から高異型度上皮へ変化する部分がみられた.主病巣から離れた囊胞壁には正常上皮も認め,囊胞壁全体の約30%であった(Fig. 4d).囊胞周囲に卵巣様間質は認めなかった.また,囊胞上皮が丈の低い立方上皮主体であったことや,上皮の乳頭状増殖・壁在結節形成や,癌細胞が膵管周囲の弾性線維を破り間質へ浸潤する像を認めなかったこと,免疫染色検査ではMUC1,MUC2は陰性,MUC5AC,MUC6はごく一部に陽性を示したことから(Fig. 5),IPMN由来の浸潤癌は否定的であった.以上より,病理組織学的に浸潤性膵管癌がその周囲から尾側に向かって進展する過程で併存する貯留囊胞に浸潤を来した,特殊な進展様式をとったものと考えられた.

The solid lesion (arrowheads) is surrounded by cystic lesions of various sizes.

The tumor forming a honeycomb-like pattern was diagnosed as moderately differentiated tubular adenocarcinoma (a). The inner surfaces of the cysts are lined by atypical epitheliums diagnosed as PanIN-3 (c), while normal epitheliums can also observed partially in the cysts located distally from the main tumor (d).

The atypical epitheliums lining the inner surfaces of the cysts are partially stained by MUC5AC.
膵癌取扱い規約第6版による最終診断は以下のように確定した.
Pbt,TS4(8.0 cm),infiltrative type,tubular adenocarcinoma,moderately differentiated,int,INFβ,ly0,v1,ne2,mpd(+),pT4,pS(+),pRP(+),pPV(–),pA(–),pPLspa(+),pOO(–),pN0(0/17),pStage IVa,pPCM(–),pDPM(–).
術後経過:術後第1病日より経口摂取を開始した.経過良好であったが独居のため自宅退院への不安を訴え,第16病日に療養のため他院へ転院となった.術後3か月目より補助化学療法としてGEM 1,000 mg/bodyを開始し,2コース目に副作用と思われる肝機能異常のため補助療法を中止したが,術後26か月現在,無再発生存中である.
膵癌に併存する囊胞性病変としては,拡張した癌性腺管や腫瘍の囊胞変性,貯留囊胞,腫瘍随伴膵炎に伴う仮性囊胞が挙げられる1).また,これらはIPMN,MCNなどの囊胞性膵疾患の癌化したものとの鑑別も必要になる2).
自験例では術前画像検査において多数の囊胞性病変を認めたが,画像診断上,MCNやIPMNに特徴的な所見を認めなかった3)~5).しかし,浸潤型IPMNの場合,gastric typeであれば免疫染色検査においてMUC5ACが陽性で,MUC6も部分的に陽性となるため2)4)6)7),自験例はgastric typeの浸潤型IPMNの可能性も否定できなかった(Table 1).しかし,囊胞を裏装する上皮にMUC5AC陽性細胞は全体的に乏しく上皮の乳頭状増殖や壁在結節を認めず,浸潤癌と膵管内病変との関係が不明瞭であるため,IPMN由来の浸潤癌は否定的であると判断した.
| Gastric type | Intestinal type | Oncocytic type | Our case | |
|---|---|---|---|---|
| MUC1 | – | – | + | – |
| MUC2 | – | + | – | – |
| MUC5AC | + | + | + | ± |
| MUC6 | + | – | + | ± |
囊胞性病変を伴う膵腫瘍を調べることを目的として,医学中央雑誌(1983年から2012年まで)で「膵腫瘍」,「膵囊胞」,「鑑別診断」をキーワードとして検索した文献116編のうち,自験例と関連性があると考えられた49編を抽出し,さらにその引用文献を含めて考察した.Kosmahlら1)は38例の囊胞形成を伴う膵癌を検討し,囊胞性病変を拡張した癌性腺管,腫瘍の囊胞変性,貯留囊胞,腫瘍随伴性膵炎による仮性囊胞の4タイプに分類した(Table 2).このうち拡張した癌性腺管である場合が約60%と最も頻度が高く,組織学的所見の特徴としては腫瘍内に直径2.0 cm以下の囊胞を多数含み,囊胞壁は膵管癌に典型的な粘液産生上皮で裏打ちされる.また,腫瘍の囊胞変性は低分化や未分化の膵管癌にみられ,囊胞内部に出血壊死組織を含むとされている.貯留囊胞との鑑別は,後者の囊胞壁は異型のない扁平な腺管上皮に覆われるため,組織学的な診断は容易である.
| Large gland feature | Degenerative cystic change | Retention cyst | Pseudocyst | |
|---|---|---|---|---|
| Frequency | 63% | 21% | 11% | 5% |
| Diameter of cyst | 0.5–1.8 cm | 1.0–6.0 cm | 0.5–1.5 cm | 4.0–4.5 cm |
| Features | forming a honeycomb-like pattern with large-gland features and small cysts | contained hemorrhagic necrosis at the inner surface of the cyst undifferentiated or premorphic carcinoma | lined by flat ductal epithelium without atypia | no epithelial lining surrounded by inflammatory tissue |
自験例では囊胞内部に壊死組織を認めず,囊胞壁に上皮を認めたことから腫瘍の囊胞変性は否定的であった.さらに,浸潤癌である主腫瘍近傍の囊胞性病変の内腔面に腺癌の裏打ちを認め,腫瘤から離れた尾側の囊胞では一部に正常上皮も認めることから,膵管癌が貯留囊胞に進展しながら尾側に向かって進展していったことが示唆された(Fig. 6).一方で,主腫瘍に認める蜂巣状構造は,大小に拡張した癌性腺管と考えられた.胸部検査用の単純CTのreviewからは,膵臓にわずかな異常所見を認めてから約6年が経過しており,本例は通常の膵管癌としては奇異である.病理組織学的検査所見と併せて考えると,PanIN病変などによる膵管閉塞が貯留囊胞を形成し,膵管癌が形成されていく長期の過程で貯留囊胞壁へ浸潤を来しながら発育し,粘液産生などで囊胞自体の拡大を伴いながら特異な形態を呈した可能性が考えられた.

The cancer cells infiltrate the inner surfaces of the retention cysts (arrows), whereas the proximal epitheliums are poorly atypical (arrowhead).
膵癌に併存する貯留囊胞はその成因から,主に腫瘍の近傍から下流側に形成される.本例の囊胞性病変は膵体部癌に伴う貯留囊胞であり,全てが切除範囲に含まれることから囊胞の遺残や切除時の損傷が起こりにくい状態であった.しかし,膵頭部癌で同様の進展を来した場合,膵実質切離部位に貯留囊胞が存在する可能性がある.この囊胞に癌浸潤が起こっていれば癌の散布を来す可能性があり,腫瘍から十分に距離を置いた位置で切離すること,そのためには術中超音波を用いた切離位置の決定など,囊胞の取扱いには十分注意する必要がある.
大型の多発囊胞を伴い特異な進展を来した膵体部膵管癌の1例を経験した.囊胞性病変を伴う膵癌の診断の際には,本例のごとく囊胞内への癌の進展も考慮し,切除にあたっては囊胞の不用意な取扱いにより癌の遺残や播種を起こすことがないよう,十分な注意が必要であると考えられた.
利益相反:なし