2014 年 47 巻 6 号 p. 321-328
症例は42歳の女性で,健診の超音波検査で総胆管拡張を指摘され受診した.MRCPで総胆管は30 mmと拡張し,ERCPで主乳頭から造影される腹側膵管は盲端であった.副乳頭からは副膵管および背側膵管が造影され,拡張した総胆管と合流していた.腹側膵管と背側膵管の間に交通は見られなかった.膵・胆管合流異常と完全型膵管癒合不全の合併例と診断し,肝外胆管切除・肝管空腸吻合術を行った.病理組織学的検査所見上,悪性所見は認められなかった.発生論上胆道系は腹側膵原基と結合して生じるため,背側膵原基由来の副膵管とは交通しえない.何らかの理由で副膵管と胆道系が交通した場合でも,主膵管とも交通を有する例がほとんどである.器官形成時期に完全型膵管癒合不全が生じるとともに背側膵管と総胆管の交通が生じ,主膵管と交通する胆管が退縮途絶し,背側膵管と交通する胆管が残存した結果,自験例のような走行形態が形成されたと考察した.
膵胆管合流異常の分類は本邦でもいくつか提唱されているが1)2),しばしば複雑な走行を形成し診断に苦慮することがある.発生論上,胆道系は腹側膵原基と結合して生じるため,背側膵原基由来の副膵管とは交通しえない3).しかしながら,今回,我々は総胆管は副膵管とのみ合流し,かつ完全型膵管癒合不全を合併し主膵管と副膵管が交通していないという,極めて特殊なケースの膵胆管合流異常症の1切除例を経験した.文献的考察とともに自験例の発生機序を推測し報告する.
患者:42歳,女性
主訴:特になし.健診で異常を指摘された.
既往歴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2012年2月,会社の健診で総胆管の拡張を指摘され,精査目的に当院受診した.
生活歴:喫煙歴なし.飲酒は機会飲酒のみであった.ペット飼育歴なし.海外渡航歴なし.
受診時身体所見:身長152 cm,体重45 kg,体温36.1°C.
眼瞼結膜貧血なし.眼球結膜黄染なし.表在リンパ節触知せず.皮疹なし.腹部は平坦軟,腸蠕動音減弱なし,圧痛なし.肝臓・脾臓は触知せず.下腿に浮腫なし.
受診時血液検査所見:血算は白血球数4,260/μl,赤血球数430.0×104/μl,ヘモグロビン14.1 g/dl,ヘマトクリット41.5%,血小板数18.2×104/μlと全て正常範囲内であった.生化学検査,凝固系検査も異常値は認められず,腫瘍マーカーはCEA 0.9 ng/ml,CA19-9 26.6 U/mlであった.肝炎ウイルスはHBs Ag(–),HCV Ab(–)で全て異常値は認められなかった.
MRCP所見:内部の濃度は不均一なものの,総胆管の囊腫状の拡張が認められた(Fig. 1).
Abdominal MRI shows cystic dilatation of the common bile duct (arrows).
ERCP所見:ファーター乳頭から主膵管を造影すると,主膵管は副膵管と交通せず膵頭部内で盲端となっており,完全型膵管非癒合が示唆された.ファーター乳頭の口側に副乳頭が開口しており,造影すると長い導管の末梢に拡張した総胆管と胆囊が描出された(Fig. 2).膵管は膵尾側まで造影され,副膵管−背側膵管と判断した.
ERCP findings: (a) the main pancreatic duct connects to the major duodenal papilla, but with the cecum in the pancreatic head (arrows). Complete pancreatic divisum is suggested from this finding. (b) The cystic-dilated common bile duct and the gallbladder are revealed through a narrow communicator of a markedly long common channel by cannulation into the minor duodenal papilla which was located at the oral side of the major duodenal papilla.
経皮的胆管造影検査(PTC)所見:ERCPと同様の胆管・膵管の走行形態が示唆された.胆道系は副膵管とのみ交通していた.胆汁内のアミラーゼ濃度は139,800 U/lと高値であった(Fig. 3).
PTC findings. The distribution of the common bile duct, the accessory pancreatic duct and the long common channel are revealed clearly. The findings are similar to those of ERCP. The main pancreatic duct is not detected.
以上の所見より,本症例は先天性胆道拡張症であり,主膵管と副膵管の間に交通がない完全型膵管非癒合を合併し,かつ総胆管が主膵管とは交通せず副膵管とのみ合流する膵胆管合流異常を合併したものと診断した(Fig. 4).肝外胆管切除および肝管空腸吻合術を行った.
The schema of the distribution of the bile duct and pancreatic ducts in the present case. The common bile duct was remarkably dilated and connects solely to the accessory pancreatic duct without any junction with the major pancreatic duct. Moreover, this case seems to be combined with the complete pancreatic divisum without any connections between the major pancreatic duct and the accessory pancreatic duct.
手術所見:著明に拡張した総胆管周囲は,高度の炎症性癒着を伴い剝離に難渋した.膵内胆管は膵実質内を可及的に追求し,膵管との合流部を同定しその直上で結紮離断した.胆管断端を術中迅速病理組織学的検査に提出し,異型細胞が見られないことを確認した.胆囊管分岐部より肝側で総胆管を内腔より観察すると,肝管は左枝+前区域枝と後区域枝の2枝になっており,肝外胆管切除および胆囊摘出後,2穴で挙上空腸と吻合した.
病理組織学的検査所見:肉眼的に総胆管の拡張は高度であるが(Fig. 5),顕微鏡的に総胆管上皮には著変は見られなかった.胆囊粘膜は過形成性変化を伴っていたが,異型や腫瘍性増殖は認められなかった.
The findings of the resected common bile duct and gallbladder. The common bile duct is remarkably dilated.
術後経過:術後経過は良好で,術後第11日目に退院した.
膵胆管合流異常は「解剖学的に胆管と膵管が十二指腸壁外で合流する形態異常」と定義される.発生学的に,膵臓は内胚葉由来の腹側膵原基と背側膵原基が胎生期7週頃に癒合することによって形成される.背側膵原基が膵頭部の上部と膵体尾部を形成する一方で,腹側膵原基は左葉と右葉から成り,左葉がやがて退縮して右葉が時計方向に180°回転することで背側膵原基と癒合し,膵頭部下部と鈎状突起を形成する4).膵胆管合流異常の発生原因については諸説あり,何らかの原因で腹側膵原基左葉の膵管が開存を維持する状態を原因とする説,総胆管末端部の退化とそれに伴う腹側膵原基左葉膵管の再開通を原因とする説などがある4)~6).また,胆道の囊腫状拡張を伴う合流異常と伴わない合流異常は発生学的由来が異なるとし,前者は総胆管末端部の形成不全に腹側膵の形成不全が関与した状態であり,後者は胆道系はほぼ正常で腹側膵の形成不全が原因であるとする説もある6)7).
膵管癒合不全は背側・腹側膵原基が癒合する際の形成異常であり,背側膵管系と腹側膵管系に交通が見られない状態である7).背側膵管と腹側膵管が完全に分離している場合を完全型といい,背側膵管と腹側膵管の合流部に先天的な狭窄がある場合や,両者が分離しているが細い分枝で交通を有する場合を不完全型という5).これら膵胆管合流異常と膵管癒合不全は,ともに胎生8週以前の発生過程で生じる形成異常であり,両者の合併は発生論上矛盾しないと考えられる.
前田ら4)が報告した症例および,「膵胆管合流異常」と「完全型膵管癒合不全」,「完全型膵管非癒合」をキーワードにして1983年から2013年5月までを医学中央雑誌で検索したところ,膵胆管合流異常と完全型膵管癒合不全をともに満たす症例は,本邦では本症例を含めて9例の報告のみであり,極めてまれといえる4)~11).発生学的に,胎生4週に肝憩室と背側膵原基が,前腸・十二指腸原基から相対して発生し,その後肝憩室から腹側膵原基と胆囊管および胆囊の原基が突出する.原始総胆管は,腹側膵原基と背側膵原基が癒合する際に腹側膵原基とともに回転し,主膵管と合流し十二指腸に開口する12).副膵管は背側膵原基由来であるため,腹側膵原基と起源をともにする胆道系とは交通しえないと考えられる.しかしながら,土岐ら13)は背側膵管が胆道系と交通している走行形態を特殊な合流形態として分類しているほかに,実際に胆道系と副膵管の交通が見られた症例が本邦で本稿を含めて10例の報告がある(Table 1)14)~21).そのうち副膵管と胆管が直接合流する例は自験例を含めて5例認められた.自験例以外の報告は全て,胆道系は副膵管のみではなく主膵管とも交通しており,副膵管とのみ交通を有する点で本症例は極めて特異的である.
No. | Author/Year | Age/Sex | Symptoms | Maljunction | Biliary dilatation | Schema | Operation | Malignancy |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Kusukami15) 1983 |
21/F | Epigastralgia | APD joins CBD in high confluence. | Type Ia, saccular | ![]() |
CC, CD, CJ | None |
2 | Kusukami15) 1983 |
22/F | Epigastralgia | MPD flows into APD, then APD flows into CBD. | none | ![]() |
Follow-up | unknown |
3 | Kobayashi16) 1989 |
35/F | Jaundice | CBD connects APD. | Type Ic, fusiform | ![]() |
CC, CD, Rt. HJ Lt. hepatic lobectomy | none |
4 | Kamisawa17) 1990 |
35/F | Rt. hypochondralgia Nausea, vomit | CBD connects APD through a communicator. | Type Ic, fusiform | ![]() |
CC, CD, HJ | None |
5 | Matsuo19) 1996 |
42/M | None | APD joins the point of pancreaticobiliary ductal union. | Type Ic, fusiform | ![]() |
CC, CD, CJ | None |
6 | Toyokawa20) 1998 |
51/F | Epigastric discomfort | APD connects MPD through a thin communicator. | Type Ia, saccular | ![]() |
CC, CD, HJ | None |
7 | Tanaka18) 2002 |
42/F | None | CBD connects APD through a communicator. | Type Ic, fusiform | ![]() |
CC, CD, CJ | None |
8 | Ohno21) 2004 |
61/F | Epigastralgia | APD communicates both with CBD and MPD. | Type Ia, saccular | ![]() |
CC, CD, CJ | None |
9 | Ito14) 2007 |
49/F | Epigastralgia | APD joins lower CBD. | none | ![]() |
CC GBC | |
10 | Our case | 42/F | None | APD joins lower CBD and flows into mDP. MPD was isolated from CBD. | Type Ia, saccular | ![]() |
CC, CD, HJ | None |
Biliary dilatation type: According to Todani’s classification. PBM, pancreaticobiliary maljunction; APD, accessory pancreatic duct; MPD, main pancreatic duct; CBD, common bile duct; CC, cholecystectomy; CD, choledochectomy; CJ, choledochojejunostomy; HJ, hepatocholangiojejunostomy; mDP, minor duodenal papilla; GBC, gallbladder cancer
自験例のごとく特殊な走行形態を生じた形成機序を推測する.胎生5週頃には腹側膵原基は左右二葉に分かれている.本来なら胎生7~8週頃,背側膵原基と癒合する際に腹側膵原基左葉由来膵管は退縮する.自験例ではこの際に何らかの理由で完全型膵管癒合不全がおき,同時に腹側膵原基左葉由来膵管は残存することによって背側膵管と総胆管の交通が生じた.完全型膵管非癒合となった状態では,膵管系の主導管は背側膵管すなわち副膵管であるといえ,主膵管の流量は乏しく狭小化すると考えられる.自験例のごとく胆道系が背側膵管と交通を有すると,主膵管と合流した胆管は退縮消失し胆道系と主膵管の交通が途絶される.背側膵管の膵液が流入する胆管は拡張残存し,結果,自験例のような走行形態が形成されると考えられた(Fig. 6).
Diagram of the speculated development in this case. (a) The dorsal pancreatic duct seems to drain the majority of the pancreas because of the complete pancreatic divisum. (b) The connection between the bile duct with the dorsal pancreatic duct occurred due to the left ventral rudimentary presence. (c) The predominant drainage of the dorsal pancreatic duct resulted in the bile flowing to thea dorsal pancreatic duct rather than the ventral duct. Finally, the connection between the biliary system and the main pancreatic duct was interrupted because of the terminal bile duct regression.
古味ら22)は膵胆管合流異常を詳細に検討し分類している.しかしながら,自験例はそのいずれにも分類不能な「特殊型」といえる.時に膵管・胆管系は発生論上説明しがたい複雑な走行形態を呈することがある.発生理論上矛盾なくその形態異常を解釈するためには,主・副膵管の導管や総胆管との結合枝の詳細な検討が必要であり,形態異常の精査に於いては主膵管・胆管のみならず副膵管の走行にも留意すべきであると思われた.本症例において反省すべき点は,術前検査で診断をつけながらも,術中に用手的に胆囊に圧力を加え十二指腸内視鏡で副乳頭からの胆汁流出を確認することなどによる手術所見における確認作業を行わなかったことである.自験例のような希有な形態異常を慎重に精査・検討し,詳細な発生学的考察を集積していくことが,合流異常や膵管非癒合などの発生異常の解明に重要であると考えられた.
利益相反:なし